怒れる巨人
石畳の上で顔面から突っ込んだ幸彦はムクリと立ち上がった。
額から血を流し、転んだ時の勢いを現すように腕から血がにじんでいる。小さいながら突き刺さった矢が痛々しい。
当然痛かった。痛くない訳が無い。全速力を出して転んだのは小学校以来である。
それでも確認しないと行けない事が合った。
動けば皮膚が引きつり額の怪我に痛みが走る。それでも城の城壁を飛び越えて、幸彦は地面に丸くなっているダウンジャケットへと急いで歩み寄る。
くるまったそれを丁寧にほぐす。
その中で金髪の小さな美しい妖精が大きく目を見開いていた。
「……ここは天国でしょうか?」
その気の抜けた言葉を聞きながら、幸彦はさっと妖精の全身を眺めて、怪我が無い様子である事を見て取る。
「怪我はないか? 痛いところは?」
「な、無いです。元気です」
そう言って、リリィがにへらと力の籠ってない笑顔を浮かべた。怖かったのだろう、口元が微妙に震えている。それでも無事である事を認識すると幸彦の中の堪忍袋の緒が切れた。
「この」
「はい?」
「ばかやろうが!!!」
「ひぃい!」
顔を真っ赤にして吠える幸彦に、惚けていたリリィは悲鳴を上げる。それに構わず幸彦は怒りで顔を真っ赤にする。
頭に血が上ったせいなのか、額の怪我から勢いよく血が滴り落ちる。
「ゆ、幸彦様。怪我が、血が」
「こんなもん、唾つけとけばなんとでもなる! この馬鹿!!」
「ひぃ」
「責任って何だ!? 謝罪って何だ!? 飛び降り自殺なんてなに考えてんだ! 誰がなにに、どうだってんだ!! ああんっ!?」
「そ、そのぉ。ふぇえ」
烈火の如く怒鳴る幸彦に、ダウンジャケットに包まれているリリィは萎縮し、目元には涙が溜まって行くが、幸彦はそれで引いたりはしなかった。
幸彦の中でリリィのやった事は泣いてる許される問題ではないのだ。
「いいか! 誰がなんと言おうとだ! そんな謝られ方が合ってたまるかってんだ!」
「で、でも、その誠意」
「誠意ならこっちの胸くそが悪くなる手段をとるんじゃねぇ!! 返事は!?」
「でも」
「返事はどぉおしたぁ!!!」
歯を向いて怒鳴られて、リリィはもう半泣きである。
怖いとか、恐ろしいとか、疑問やら、悲しさやら、なにがなんやらわからず、目から涙が出てくるのだが、幸彦はそれでも容赦はしなかった。
有無を言わせぬ怒りの炎を宿した目でリリィを睨むのである。
「ご、ごめんなさい」
「わかったかどうかを聞いてるんだ、俺は!!」
「わ、わかりましたぁ」
「良し!! だが許さん!」
「ふえ」
「泣いても、ぜぇったいに勘弁しないからな!! 昨日も思ったが、いのちをなんだと思ってるんだ! 生け贄だぁあ!? あほか、ばかか! このばか!!」
とにもかくにも怒鳴り続ける幸彦に対して、武装した妖精達は武器を手に持ったまま周囲を囲む。囲んだものの、巨人はそんな事に気がついた様子も無く、とにもかくにも怒鳴りっぱなしである。
しかも言っている事は生け贄の拒絶であり、命の尊さを問いかけである。
そして姫は命を投げ出してみせ、そうした理由は巨人への謝罪の為だと言う事も、先ほどの姫の放送で推測することが出来た。
妖精に取って命を対価にした中でも最大の誠意の見せ方……それは飛びおり自殺である。自らの命を持って、意志を示す。その中でも妖精は羽ばたけば空が飛べるにもかかわらず、それをせず、自らの命を絶つのだ。
だがそうして失おうとしていた命を助けたのはその謝罪を受け取るべき巨人である。
しかもその謝罪方法がまったく気に食わない様子であり、姫は泣いている様子だ。
「いいか、皆を助けたいって考えるのは上等だ! ああ、良いことだ! だがな、自分の命を軽んじて良い訳が有るか! 自己犠牲にも限度ってもんがあるだろうが!」
「で、でも誠意には」
「誠意の答えが自殺なわきゃねぇだろうがぁ! わかってないみたいだな! この馬鹿!」
「ば、馬鹿って言わないでくださいぃ」
「いいや、馬鹿だ。俺の言いたい事が何にもわかってない!」
巨人の怒鳴り声はますますヒートアップする。
周囲を取り囲む、兵士達もなんだか毒気を抜かれたような顔をし始めており、困惑が広がっていた。
多くの兵士が抱える気持ちを言葉にしてしまうなら。
どうすんだ、これ……であった。
おおよそ、言いようの無い雰囲気の中、怒れる巨人の頭上から声がかかる
「し、沈まれ。巨人よ」
その言葉に顔を上げた幸彦の表情は不機嫌な顔をして上を見上げた。
見上げてそこにいたのは褐色の鎧を着た妖精のお爺ちゃんである。
白髪に白い髭だが体格は良い。その後ろにこれ又鎧を来た妖精達がちらほらと集まっている。
「なんだよ。今、大切な話の真っ最中だ」
そう言われて虚を突かれた様子で、妖精の老人は目をしばたかせる。
なんと言ったものか、言葉が出てこないのだろう。しばらく口をぱくぱくさせてから、ようやく声を絞り出した。
「いや、こちらにも大切な話がある」
「……あとじゃだめか」
「あ、あとではだめだ」
間髪入れずにそう返されて、幸彦は目線を落とし、リリィを一睨みする。
「ちゃんと反省しろよ」
そう言って顔を上げると、白髪の老人を見上げる。
「その……余は妖精の王なんだが」
「……王様か」
なるほど、言われてみれば威厳の有りそうな顔をしているように思える。見上げる限り、褐色の鎧もなんだか手が込んでいる様子で高そうだ。
いや、王様と言う事はさっきまで止まれとか、出て行けとか言っていたのはこの妖精なのだろうか? だとすると、リリィのお父さんと言う事になる。
「リリィのお父さんか?」
「そうだ。リリィは私の娘だ」
その肯定に、幸彦の目つきが鋭くなる。
「じゃあ、リリィをこっちにつれて返したのは」
「……余だ」
一瞬の沈黙が合っての肯定。
「……正直、言いたい事は山ほど有る」
幸彦は不機嫌な顔をしたまま、そう口を開く。
「でもな。飛び降りるってのは当たり前なのか?」
「当たり前なものか! 自殺が当たり前な訳が無い!!」
そう話す王様の声に憤りがあるのを感じて、幸彦の肩にこもっていた力が抜ける。
「じゃあ、いい。邪魔した。俺は帰る」
幸彦はそう言ってスクリと立ち上がった。
その身長は城のてっぺんよりわずかに低い程度で、改めてその大きさに妖精達は圧倒される。
「ほら、どけ。いいか、二度と自殺なんてするなよ」
ダウンジャケットの中でリリィが頷くを見て取って、幸彦はよしと頷く。
しかしそのままの姿勢で待てど、リリィが動く様子が無く、幸彦はイライラとした口調で訪ねる。
「どうしたんだ。早くどいてくれ」
「えっと、あの……腰が抜けてしまいまして」
「ああ、もうめんどうだな!」
幸彦はそう言ってダウンジャケットからリリィを優しい手つきで抱えると、そっと地面に置いた。
「じゃあ。さいなら」
そう言って幸彦はダウンジャケットを片手に持って、城の前の城壁をまたごした。
「ちょ、ちょっとまて!」
「ああん?」
思わず呼び止めた王はなんと言ったものか悩み、そして口を開く。
「リリィを連れ返しにきたのではないか?」
その言葉に幸彦の顔色が再び怒りで赤くなる。
「いきなり、連れ去られたから心配で探しにきたんだ! 誘拐だと思ったが、家につれて帰るなら一言言って行け!」
幸彦は腹の虫がおさまらないといった様子で、肩を怒らせながら今度こそ城の城壁をまたごすと、のしのしと大通りを歩いて行く。
「あ、あの。このまま見逃してよろしいので?」
唖然としていた王はその言葉にハッとはしたものの、なんと言って呼び止めて良いかもわからず。かと言って攻撃する事も出来ない。
「放っておけ!」
王はそう命じて、血を滴らせながら町の入り口の城壁をまたごして去って行く巨人見送る。
(あれは……単に娘を心配して町に踏み込んだのか? ただそれだけで、矢を受けて城壁の中に飛び込んだ?)
矮小な妖精を嘲ったとは思えない。城前で立ち止まった巨人の顔には恐怖が合った。
であれば……恐怖を胸の内に秘めてもなお、あの巨人は娘の為に踏み込んだ事になる。
(娘を失う事に恐怖した余が、娘を追いつめ、その元凶に娘を救われるとは……)
その皮肉な結果に、王は言葉も無く、深く溜め息を吐き出した。




