命、義理がために
町の中に声が響いていた。
『リリィ! なぜ来た!』
『なぜも、なにもありません!! お父様はなにをなされているのですか!』
目を細め、怒りの籠った声を発する王に、リリィは少しも引かず逆にさらに目を吊り上げてそう怒鳴り返した。
『お前を守る為だ!!』
返ってきた返事にリリィはカアッと頭に血が上るのを感じた。顔が赤くなり、髪の毛が逆立たんばかりに腹の底から怒りが吹き出してくる。
『なにを守る事がございましょうか!! 巨人は敵ではございません!!』
そう発したリリィの声が武装をした兵が待機している王都中に響き渡る。その声に困惑が広がった。
リリィは民衆に人気がある。兵士の中にも多くのファンがいる。おまけに今回は巨人が彼女を攫ったのだ。
それに対して姫自身が「敵ではない」と口にするとはどういう事だ?
困惑が兵の間に広がっていく。巨人へと向けられていた矛を握る手の力が自然と緩む。
リリィに遅れてバルコニーに着地したイグリゴットとアンディも王族同士の会話にあぜんとする。
『巨人など、信用できるものか!』
『王家の名に”ダイミョウ”の名があるのは、巨人の友好の証ではございませんか!」
『あれはお伽噺にすぎん!!』
『巨人は現にいます!! 過去の出来事はお伽噺では有りません!!』
『だ、だまれ!! お前は私に黙って従っておれば良い!!』
座っていた椅子をひっくり返すような勢いで立ち上がり、王は叫ぶ。
『いいえ、黙りません! 黙るわけにはいきません!!』
自分の父親に歩み寄り、彼女は叫んだ。
『巨人の優しさを知るわたくしが黙っている事など天が許しません!!』
堂々と言い放つ姿に、王の回りを囲んでいた周囲のものは目を白黒させる。
『礼を軽んじ、刃を向けるなど言語道断です!!』
『ではお前はあの巨人の慰み者に成るつもりか!? 冗談ではない!!』
『あの方の優しさをそのように口汚く罵るのは止めてください!!』
『この馬鹿娘が!! なぜわからん!!』
その怒鳴り声の後、大きな溜め息音が聞こえ、静かな怒りの籠った声が響く。
『もうよい。リリィ、王として命ずる黙れ』
何か不穏な空気が周囲に漂った。
しかしリリィはその空気を払うようにグッと胸を張る。その姿はまったく後ろめたい事がない事を体現しているかのように、イグリゴットやアンディには感じられた。
『ならば私は娘として言います!』
王の命令に背き、リリィは堂々と胸を張り、目を鋭くして言った。
『今すぐ、兵に武装を解かせるんです!』
王の命令に背いた。
彼女の背後でどよめきが起こった。
明るさを失った緋色の鎧を着た王はぶるぶると振るえ、目つきを怒りで鋭くする。
『姫を捉えよ!!』
そう命じて、王が背後の家臣達を振り返った。その瞬間にリリィは素早く動く。
父親が手に持っていた白い棒のようなマイクを奪い、背中の羽を翻して、バルコニーの手すりへ着地した。
手すりの向こうは地面しか無い。その高低差は身長の何十倍もある。
吹いた風がリリィの綺麗な金髪を舞い上がらせる。
バルコニーの手すりの向こう側へ背を向けて、リリィは自分の父である王を見据える。
『私にはあの巨人に礼を尽くす義務があります。それを父が、王が邪魔をすると言うのならば』
覚悟を秘めた目線でリリィは集まった家臣達を見渡し、口を開く。
『であれば、私は姫として。いいえ、生け贄として義理を通します』
『な、なにを言って——』
あぜんとする王の瞳に強さは無い。惚けたような表情でなんとか声を絞り出す。
『謝罪は、この命を持って』
そう言ってリリィは目をつぶる。
そして彼女は後ろ向きに、音も無く静かに飛び降りた。




