グリーンパンプスの一撃
リリィは城内をふわりとスカートを翻しながら、先行するイグリゴッドを追いかけるように玉座へと進んでいた。
「どうして飛べるように広く作ってないのですか!」
リリィが思わずそう叫ぶ。答えたのはイグリゴットだった。
「敵兵に攻められたときに防衛しやすいようにです。姫」
「攻め込まれた時だけ小さく成れば良いのに!」
全く理不尽な事を言っているのはリリィ自身も自覚してはいた。それでも言わずにはいられない。
何はともあれ、王に話をしなければならないとリリィは玉座を目指していた。先行しているのは命じられたイグリゴットで、その後をリリィが。遅れてアンディとユフィが続いている。
「今現在、城は攻め込まれる危機下です」
イグリゴットの言葉にリリィはムッとした表情で答える。
「巨人は敵ではありません」
イグリゴッドの言葉に眉根を寄せるリリィに後ろから付いてきていたアンディは怒りを滲ませて口を開く。
「姫! ミルラは!」
「彼女は無事です。あの人はそんなことはしません!」
言い切るリリィにアンディはあんぐりと口を開ける。
「なんでそんなことがーー」
わかるのですか?
そうアンディが続けようとした時だった。
『止まれ、巨人』
響く声が窓をふるわせた。
「お父様の声!」
「この声の響き、三柱ですな……」
イグリゴットが呟いた三柱というのは王都に昔から建っている三つの巨塔のことだ。音声を拡大、王都中に響き渡らせる事が出来る魔法の設備だった。
いよいよ巨人が迫ってきて、警告を発したのだと言うのは明白だった。
それも王直々に……。
『警告する、このまま引き返したまえ』
再び王の声がした。イグリゴットは素早く分析する。王が直接話している。敵の姿が見える。同時に将軍等なども入れる場所というと広い城の中でも限られる。
「一番上のバルコニーです!」
「逆じゃないですか!」
悲鳴に近い声をリリィは上げる。玉座は城の奥にあるが、バルコニーは城の表面。それも一番上となると、ずいぶん高い。
「急ぎましょう!」
邪魔なスカートをひっくるめて、リリィは来た道を戻る。
「姫様! はしたないです!」
ユフィが悲鳴のような声を上げる。だがそんな事に構っている場合ではなかった。
『君は領地を侵している。即刻引き上げろ、さもなくば武力を行使せざるを得ない!』
王の恐ろしい言葉が響き渡る。武力? 武力と言った。
リリィだって知っているこの王都にどれだけの兵士が居るのかを。
これまではそれを心強く思っていた。訓練され、鮮麗され、自分たちを守るってくれる勇敢な兵達を国の誇りにすら思っていた。だがそれがあの心優しい巨人に牙を剥こうとしている。心臓がキュッと縮む。恐ろしいなどという事ではない。悪夢だ。
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
間があっての兵達の咆哮にリリィは反射的にびくりと肩が上がる。
反響した声は城自体をふるわせているようにも錯覚させた。
戦いの叫び……気勢を上げる為の雄叫び。自らの勇気を奮い立たせ、相手に畏怖の念を抱かせるその咆哮の恐ろしさに身がすくむ。
もうリリィは泣きそうだった、何がどうなってこうなったかはわからない。
このまま外へ? それでは遅い。階段で駆け上がるにも遅すぎる。
そのとき目についたのは、窓だった。
「開かない!」
手を伸ばすと窓には取っ手がない。それでもなんとか開こうとするリリィに対してユフィは名にそうな声を出す。
「姫様ぁ。その窓はハメ殺しですぅ」
「何ですかそれは!」
「ひ、開かない窓です。姫様」
アンディが狼狽えたような声を出す。リリィはじゃあ仕方がないと、直感的に履いていた靴を脱いだ。エメラルド色のパンプスだ。
そしてそれを窓の向かって全力で投げる。ベチンと音がして、靴が床に転がった。
「だ、だめだわ」
まさか窓を割るつもりだったのかとその場に居るリリィ以外の全員があぜんとする。
しかしリリィは構わず周囲を見渡した。
壷が合った。一抱えもありそうな大きな壷だ。
それを見ているリリィの視線を三人が追いかける。
「……騎士、アンディ。その壷を持ちなさい!」
「は、はっ、良いんですか」
「構いません! はやく!! 私もやります!」
そう言って腕まくりをするリリィにユフィは悲鳴を上げた。
「だ、駄目ですよ、姫様、そんなの野蛮で粗暴で品がないです! 騎士様! なにやってるんですか! 早くもってください!」
ユフィが顔を真っ赤にして騎士二人に壷を持つように叫ぶ。
この壷で窓を割れと言う事だが、ガラスは安い物ではない。躊躇う気持ちが無い訳ではないが、リリィの真剣な表情を見て二人は壷に手をかけた。
「アンディ、行くぞ」
「は、はい」
窓もそうだが、壷も高そうだ。いや安い訳が無い、なにせ城に飾られているのだから。
そんな気持ちを振り切って、二人は窓を壷で叩き割る。
甲高い音がして粉々になったガラスと壷が四散する。その光景は綺麗と言えば綺麗ではあった。だがパンプスを履き直し、割れた窓に足を掛け、入ってくる風に金色の髪をなびかせるリリィの方がその何倍も美しかった。
彼女の表情は決意で引き締まり、その目は覚悟で燃えていた。
体を窓から外に滑り落とし、リリィは背中の羽を震わせて素早く空中に浮かび上がる。
その動きに見ほれていた面々が慌てて後を追って窓から飛び出す。
残されたのは妖精ではないユフィ一人。
「——尖ったガラスで怪我したら大変ですよ!」
誰もいなくなったところでユフィがようやく声を出した。
しんとした廊下にその声がようやく響いたところで、後ろからばたばたと忙しない足音が聞こえていた。
ユフィが振り向くと、そこには槍を構えた彼女と同じ服装の侍女がたくさんいた。
その目が怪訝そうに自分と、割れた窓と、そして木っ端みじんになっている壷を見ているのに気がつき、ユフィの顔色が青ざめる。
「……ち、ちがいます! 私は無実です!! これは姫様が!」
その声を聞き、侍女の一人。年長者の女性が安心させるようにニコリと笑う。
ユフィもその笑みに引きつった笑いを返した。
だが発せられた悲鳴はユフィの意をくんだ物ではなかった。
「ユフィが乱心しました! 捕縛なさい!」
その声に後ろに控えていた侍女達がユフィに素早く詰めよる。
「いーやー!」
廊下に侍女の悲鳴が上がったが、現在王都は未曾有の危機の真っ最中。誤認逮捕に構うものは誰もいなかった。




