返事は矢で
叩き付けられるような咆哮に幸彦は思わず後ずさっていた。
幸彦は明確に格闘技経験はない。
小さい頃にそれなりに喧嘩していたのを見て、親がこれ以上暴れん坊になっては良くないと格闘技を習わせなかったからだ。
だが、たとえ習っていたとしてもその本気の咆哮を受けて怯まなかったかどうかはわからない。
その声は単に大きな声ではない。もっと大きな意思がそれこそ何十にも編まれたその声の束は戦場のそれであり、現代日本では聞く事は出来ない。
いや、現代においてはどこに居ても聞く事は出来ない。
それは剣と弓が主力であった過去にしかない人の声の届く範囲が戦場であった時代のものだ。
まず、幸彦の本能は逃げる選択肢を一番に上げた。後ずさった幸彦の足はそれが瞬間的に現れた結果だった。
さながら熱いものを触ったときに、反射的に手を引くのと等しい動き。
しかしそこから身を翻さなかったのは、ここに居る理由があったからだった。自分の安全の為ではなく、リリィの安否を確かめなければならないという使命感が幸彦の動きを止めた。
だがそれでも。
『武装、構えぇ!』
その声と共に、町を囲んでいる壁の至る所から兵士が現れ、武器を構え始めれば話は別だった。
視力が良いのは幸久の自慢でもあったが、初めてそれを後悔する。銀色の矛先が自分に向けられていた。それは今朝方に自分を襲ってきた妖精達を思い起こさせるには十分だった。
内心で油断してダウンジャケットなどを脱いだ事を後悔する。一応ゴーグルは付けたままだが、帽子も、マフラーも、手袋だって離したままだ。
油断……したぁ。
けれども、やはり引くわけにはいかなかった。とりあえず、手に持っていた虫取り網を敵意がないと示す為に地面に転がす。
「聞いてくれ! 俺は別に攻撃する気なんかない!!」
幸彦はそう言って、両手を大きく広げてそう言った。
「敵意はない! 人を、リリィって妖精を探してるだけだ!! 話を聞いてくれ!」
小さく、だが波紋のように動揺が広がってゆく。
「攻撃なんかしない! 聞いてくれ! リリィって妖精を探してる! 誘拐されたんだ!」
幸彦としては叫ぶしかない。どうか聞いてくれと祈りながら、全力で叫ぶ。
「聞いて。ごほっごほっ! 攻撃はしない!!」
叫びすぎて喉が痛い。それでも叫ぶ。
その様子にザワザワと動揺が大きくなってゆく。
やった! 何とかなるかも。
幸彦がそう思って足を一歩進ませた瞬間だった。
『放てぇ!!』
怒声に近い声が響き、矢を構えていた兵達は一斉に弓を引く。放たれた矢はまるでゆっくりとした雨のように大量に飛んできた。ギョッと幸彦が足を止めたところで、降り注いだ矢が固く成らされた街道の上を弾け飛んだり突き刺さったりする。
その降り注ぐ矢は一本も幸彦まで届きはしなかったが……これから幸彦が進もうとする道には無数の矢の山が出来上がっていた。
ごくりと自然に唾を飲み込む。
怖かった。怖いというか恐ろしかった。馬鹿かと、あほかと。
矢の一本一本は縫い針くらいの大きさでしかない。幸彦は昨日リリィの為に針山から針を抜いていたからなおの事はっきりとそう感じていた。
それが飛んでくる。実際大した事はないのかもしれない。目にでも刺さらない限りは大丈夫だし、目はゴーグルで守られている。
だがそれと怖くない事は別だ。そしてケガを……大けがではないかもしれないが、体がハリネズミみたいになると思えば、萎縮もする。
「て、敵意はないんだってば!」
幸彦は妖精の国に向かって、悲壮な表情でそう叫んでいた。




