奔り出すものごと
「あのその、外に巨人が現れたんです」
ユフィの言葉に、その声を聞いた一同はしばらくポカンとしていた。
一番最初に動いたのはリリィだった。素早くユフィの体に飛びつくようにしてその肩をつかむ。長く細いその指先に込められた力にユフィは顔をしかめるが、鼻先に触れるような距離に迫ったリリィの眼力に別の意味で顔が引きつる。
「いまの話は本当!? ユフィ!!」
「はいぃ。姫様ぁ、本当ですぅ」
その真剣な表情にユフィは泣きそうな顔になる。
リリィ付きの侍女になってから、彼女はこんなに迫力のある姫の顔は今まで見た事がなかったのだ。
「泣かないで。ユフィ。大事な事なの。一言で答えて」
「はいぃ」
「巨人はどっちにいるの?」
「大街道ですぅ」
エグエグと泣きながら、ユフィはなんとか一言でそう答える。それを優しく抱きしめる。
「いい子だわ」
一言ユフィの耳元でそう囁きかけて、リリィは立ち上がる。
「ミルラの敵だ!!」
怒声まじりに駆け出すアンディの背にリリィはすっと短く息を吸込み、腹の底から声を出す。
「止まりなさい! 騎士アンディ!! 勅命です」
その言葉にアンディの体が止まり、振り返った表情には不満の色が合った。
しかしそれでも止まったのは若くても、彼が騎士だからこそだ。
その瞳を立ち上がり、リリィは正面から見据える。
かつての師は彼女に「何も考えるな」とアドバイスをしてみせた。
それは疑問に持つなという事だった。
長く紡がれた歴史と伝統の中で彼女が生きていく為には必要な知恵だった。
だがしかし、彼女が真に何も考えない時は、歴史や、伝統や、文化は何の障害にもならない。
「王のもとへ行きます! 騎士イグリゴッド、貴方も案内なさい!!」
堂々とそう言い放つリリィの表情に迷いはなく、イグリゴッドは反射的に踵をそろえ、合意の返事を短く返していた。
◆◇◆◇◆
「……巨人か。まさか本当に現れるとはな」
大街道が見えるバルコニーで妖精の国の王は準備されていた椅子に腰掛けていた。
細かな彫刻の施された重厚な椅子に浅く腰掛けるその身にくすんだ紅色の鎧を身にまとっていた。
緋色の鎧……かつてはそう呼ばれていた鎧も年数が裁つごとにその明るさは潜まり、それを着る王と同じように晩年へと近づきつつある。
だが年老いても、その体は大きく、紅色の鎧は若かりし頃の哀愁だけでなく、壮年の逞しさも漂わせるのに一役買っていた。
だが肝心の王も内心では度肝を抜かれた。
でかい。
見慣れた左手山から現れたその姿は巨大という他はない。尺度がおかしく感じる。
「城ほどの大きさはあるか?」
王がそう訪ねると、横に居た将軍が目を細めて頷く。
「ですな。丈はたいしたものです……」
王の周りには緊急事態の為に集まった大臣や貴族の重席がそろい踏みしていた。
「兵は?」
「万全です」
王の問いかけに将軍が答える。その返事に満足しつつ、王は椅子に座ったまま命令を行う。
「あの巨人に退避勧告を行う」
「はっ。巨人に対して退避勧告だ! マイクを持て」
「マイク。お持ち致しました」
「うむ」
兵士の一人が差し出してきた白い石のような棒を受け取る。
巨人の姿を見れば、ゆっくりと王都へと進んでいる姿が見える。
『止まれ、巨人』
鈍く響くような王の声が王都に響き渡る。
その声を聞いて、巨人はその歩みを止める。王の周りの者達が誰ともなく「おおー」と歓声を上げた。
巨人は左右を見渡して、後ろを振り向いたり、上を向いたりする。
「どうやらどこから声が聞こえたかわからんようですな」
誰かが呟いた声を聞きながら、王はマイクを構える。
『警告する、このまま引き返したまえ』
再び響き渡る声に、次は王城から声が聞こえたのだとわかったのだろう。巨人の顔がこちらを向く。
『君は領地を侵している。即刻引き上げろ、さもなくば武力を行使せざるを得ない!』
声が響く。その声に反応して兵士達が恐れを忘れるように雄叫びを上げる。
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
王都のあちらこちらで武装した兵士達が上げた声は反響し、王都全体を震わせる。
『武装、構えぇ!』
「弓隊、構え!」
「槍隊、構え!」
城壁に並ぶ兵隊は矢を構える。研ぎすまされた矢尻が光を照り返す。
構えた槍が巨人に向けられる。
『再度警告する。引き上げろ』
ブルブルと大気が震える。巨人は困惑した様子で視線を彷徨わせていた。




