目覚めと、心配と、覚悟
リリィは侍女のユフィに渡されたカーディガンを着込みながら考えていた。
おおよそ、彼女自身にも考えてもどうにもならない事は察しがついていたが、考えずにはいられない。
自分がここに居ると言う事はつまり連れ戻されたと言う事だとリリィは理解していた。
「幸彦様が事情をわかってない事は確実だわ」
ああ、どうしましょう。恥の上塗りとはこの事だわ。いや、危害を加えていたら? 目なんて武器で突かれたら、見えなくなってしまうかも。でも巨人様だし、ああ、でも私でも小さな針で目を突かれたら……。
考えられるだけ悪いことを考えると、切りがない。
「ほんと、ああ。もうほんと、どうしたら……?」。
リリィはそう呟くと両手で顔を覆って深い深いため息をつく。
「ああ、何かを考えたからこんなことになったのですか、シゾ先生」
今は隠居してしまった師に訪ねてみるが答えはない。
だがしかし、考えなくてどうにかなったとは思えない。
言ってみれば、当事者にはならなくて済んだかもしれない……けれども、それが良いとは思えない。
「ああ。でも怪我でもさせていたらなんて言っていいものか」
ひとえに気になるのはその一点だけだ。
もしそうであれば、誤って許してもらえるとは思えない。誠意に対して悪意を返した事になる。
もしそうなっていても出来る事と言えば、頭を下げて誠心誠意謝る以外には無い。
無論、賠償を請求されればそれに答えるように働きかけるつもりだが、巨人が必要とするものがこの国にあるのだろうか?
誠意を受け取ってもらえるかもわからない。いや、謝るだけで済むものではない。
頭を上げたリリィは窓の外を見た。
妖精の中で最大限の責任の取り方の作法がある。
地上人が誠意の形で腹を切ってみせる事があるように、羽の生えた妖精にもそうした謝罪の方法がある。
高いところから羽を使わず、誠心誠意の現れとして抵抗せずに———。
ぎゅっとリリィは手を握りしめる。固く固く、強く強く。
———そうなれば、次は逃げだしはしない。
そうリリィが覚悟を決めたときの事だった。
部屋の外からドタドタと急ぎ足の足音が聞こえてくる。その後、コンコンと部屋を叩く音が響いた。
その音を聞き、ベッドに腰掛けていたリリィは立ち上がり、椅子へと腰掛け直して返事を返した。
「入りなさい」
「失礼します」
白銀色の鎧を着た騎士が二人姿を見せ、踵をそろえて敬礼する。鎧は身に纏っていたが朝見たときとは違い、ヘルメットは付けていなかった。
「呼び寄せに馳せ参じました」
リリィはそう言って敬礼する騎士の姿に覚えが合った。先日、リリィを城から村へ護衛を行った隊長イグリゴットに間違いない。
その事を改めて確認しながら、リリィは口早に言葉を出す。
「ご苦労様です」
「はっ、この度は緊急とはいえ、姫様には大変失礼な事を」
眠りの杖で叩いた事を謝罪しているのだろうとリリィはその問いかけを流す。
「それは良いです。聞きたい事があります。あなた方に私を助け出すように命じたのは誰です」
「王であります。姫」
イグリゴットは直立不動でそう答える。その答えはリリィが予測していた答えそのままだった。
「……貴方は私が巨人に自主的について行ったのをご存知のはず」
リリィのその問いかけに、イグリゴットは困惑の表情を浮かべてみせた。
精悍な顔つきの彼にその表情はまるで似合っていない。
「あなたは昨日のことを王に正しく伝えましたか?」
その問いかけは詰問に近かった。露骨に言って非難している声色だった。
リリィの真剣な表情は途方もない威圧感を放っている。
イグリゴッドはなんと答えて良いものかわからない。
「姫。これは王の命令です」
そう言って口を挟んだのは横に居た別の妖精だった。
鳶色の髪に青い瞳を持つ鼻の頭に小さな傷を持ったその妖精は童顔で声色もまだ若い。
「アンディ!」
隊長と呼ばれた小麦色の妖精が諌めるようにその妖精の名前を呼ぶ。
しかしアンディとよばれた若い騎士は悔しそうな顔でイグリゴッドに振り向いた。
「隊長! でも、俺たちは王様の命令で危険承知で行ったんです! ミルラの奴だって……それで」
言葉尻が濁り、彼の目には涙が滲んでいく。それを見せないようにするようにアンディは上を向きそう口を開いた。
その声に反応したのはリリィだった。
「ミルラに何か合ったんですか!?」
「彼女は……囮に。士気も高かった為、自ら名乗り出たかと」
「あいつ、言ってました。姫を守る為ならどんな事でもするって」
イグリゴッドとアンディはそう悔しそうな言葉が重ねる。
リリィ自身もミルラが自分を慕ってくれているのは知っていた。彼女は若くして才能あふれる女性騎士。年が近い事もあり、護衛にはほぼ専属という形で着いてくれていた。リリィとしても年の近い彼女には親近感を持っていたし、実力で名を轟かせている事に関しては尊敬もしていた。
「俺たちは命令に従いました」
その声は少し涙ぐんだ、悔しさが隠しきれていない声だった。その様子にイグリゴッドはそれ以上、何も言わずに隊長としてリリィに頭を下げる。
それを受け止めて、リリィは額に手を当てる。
ぐわんぐわんとめまいがする。
それでも訪ねねばならない。
青ざめた顔でリリィは顔を覆っていた手を下ろし、イグリゴッドの目を再び見据えた。
「訪ねます。答えてください。うそ、いつわりなく。正直に」
「はっ、なんなりと」
「巨人に危害を加えましたか?」
「……不明です。姫を連れて離脱する事が目的でしたので」
その言葉に多少は安堵する。同時に胸から離れない不安が心の柔らかい部分を締め付ける。
恩人と友人。双方がケガをしているかもしれない。
それも行き違いと誤解の何の意味もない事が原因で……。
何にしても王に——父に話を聞かなければ。
リリィは何はともあれ、それをしなくてはならないと立ち上がったときだった。
「ひ、姫様ぁ!! あでし!」
声を上げて部屋に駆け込んできたユフィが転んで悲鳴を上げる。
「ああ、どうしましょう。失礼します。姫様、ああ、本当に、どうしたら良いの神様!」
元気良く立ち上がったユフィが混乱した表情のまま、口早に喋る。
兵士二人は面食らった様子で、それを見たユフィが癇癪を起こしたように叫ぶ。
「騎士様、何をしておられるのです!! チクノ王国の存亡の危機だというのに!」
「ユフィ、どうしたのですか?」
ただならぬ様子の侍女にリリィはそう声をかける。それに対してユフィはリリィの手にすがりつくようにして口を開いた。
「ああ、姫様。ああもそれはそれは大変で。もう挙動天地で、私ったら本当にもう」
「落ち着きなさい。ユフィ」
「聞いてください。姫様、本当に大変で」
手をばたばたさせながらユフィがそう言うが、主語がないのでまったく何が言いたいのかがわからない。
「何があったんです?」
「あのその、外に巨人が現れたんです」
ユフィのその言葉にその場に居た全員が固まった。




