妖精の後悔は夢の中で
もやもやとした意識の中で、リリィはうなされていた。
思い出すのは母の顔である。
「リリィ! 貴方はほんとにまったくもう!」
思い返せば、母はいつも怒っていたように思う。
「おとなしくなさい」
「ゆっくり行動しなさい」
「もう少し考えなさい」
とにかく、思い返せば怒られていた。
なぜ怒られていたのかは今になってわかる。
自分は……その……少々考えが足りない事がある。
とにかくなんでも知りたかった。花畑を走り回った記憶がよみがえる。
ぐわんぐわんと揺れる意識の中で、母に変わって現れたのは教育係のシゾ先生だった。
「何も考えては行けません」
今思えば、あの先生のアドバイスはむちゃくちゃだった。でも正しかった。
ひたすら椅子の上に座らされたり、頭に本を載せて歩いたり、コルセットで腰を締め付けられたり、今はなんと言う事は無くなったけれど、当時はよく泣いていた。
なぜ? どうして?
わからない事は、誰に聞いてもよくわからなかった。
伝統と、周りの目線がしてよい事とだめな事を決めていた。
「何も考えては行けません」
シゾ先生からの答えはそれだった。
やらねばやらぬ事をやるのに、なぜやらねばならないのかは考えては行けない。
もやもやと頭の中が渦巻く。考えては行けない事が、疑問に残る。
「今年の日照りはこれまでの比ではない」
そんな噂はずっと言われてきていた。
雨が降らなければ、花は育たない。そうなれば飢饉になる。
それに対して取られた政策は貧困層への締め上げと、富裕層への援助だった。
「そんな暴利が許される訳が無いでしょう!?」
そう言って怒った自分をリリィは何とも言えない目で見るしかない。
あの頃の怒りはまだ胸の中にある。そんな事が許されないとも思う。
けれども議会は王のためのもの。王の周りは富裕層で固められ、貧困を知るものは居ない。
民の為の国、その為の貴族、そして王でありましょうに!
納得できていない自分をあざ笑うかのように、命じられた仕事。
それが巨人への生け贄だった。
祖父母の代よりも昔、巨人が現れて妖精と小人達を導いた。そんなお伽噺……。巨人が現れたという洞窟の奥で生け贄を捧げ、もしもその生け贄が巨人のお眼鏡に叶ったなら、どんな願い事でも叶えてもらえるという伝説。
けれども巨人が現れることはなく、願いが叶った事は無い。
「巨人のお眼鏡にかなわなかったのだ」
そう言って終わる意味の無い儀式。
腹の痛まぬ、援助。信じても無い神に、痛まぬ腹を捧げてみせる。
王家の血筋から生け贄を出した。王はこの現状を嘆いている。”採取”は致し方ない事だ。しかし王は憂いておられるのだ。
そんな言葉は詭弁ですら無いと私は思う。
明日の糧を奪われたものは、寒い冬を越せるはずも無い。
それは死ねと言うのと何が変わるというの?
鬱屈とした気持ちを胸に護衛の兵に連れられてこられた村では、そこで住む者達が濁った目で私を見ていた。これから迎える冬の蓄えを奪われ、こけた頬で助けてくださいという震えた声で私に救済を求めるのだ。
「これでは冬が越せません」
悲鳴に近いその言葉になんと答えれば良いのか。王が決めたのだ、だから死ねと言えようはずも無い。
哀れな民を護衛の兵は散らすように剣を振る。
救う方法は無い。自分には課せられた使命である祈る事しか出来ない。
惨めだ。
そして何より、その暴利を享受する立場にある自分。
それを否定している自分。
否定をしてもそれを享受する事しか生き方を知らない自分。
出来る事と言えば祈る事だけ。
道化だわ。こんなこと……、誰も幸せにならない、ごまかしてすらいない。
やれる事はやった。
信じても居ない巨人に、娘の一人を捧げてみせて。父である王はそう言うのだろうか?
そんな空虚な弁解の為にしか動けない自分はなんと無力なのか。
ああ、でも、そうよ。あの人は……助ける事は正しいのだと言っていた。
疑問にも思わず、ただ助けるという選択肢を取った。
巨人の彼の姿を思い出す。
それに対して自分はどうだったかとリリィは思う。
人に尋ね、それが通らないと怒っただけ……ぐるぐると回る気持ちの中でリリィは思い出していた。
自分で何もせずに憤る事は偽善ではないのか?
自分で自分に投げかけた疑問符が胸の中に波を作る。
それは信じても居ない神に祈るのと何ら変わらないのではないか?
波は高くなってゆく。自分の気持ちが揺れてる。
そして神が助けてくれても、私たちは何も変わらない。進めない。
上に立ち、恩恵を授かり、そして何を返すのか?
ただ笑顔を奪い、それを当然とするのか?
ぐわりぐわりと世界が揺れる。リリィは惨めであるとすら思った。誰かにすがり、すがる相手が弱れば、また別の誰かにすがるなんて、そんなことは。
「姫」
かけられた声に目を覚ます。
リリィには現状が把握できない。さっきまで揺れていた自分はどこに行ってしまったのか。まるで悪夢を見た後の用な感覚に冷や汗が吹き出しているのを感じる。
「ああ、姫! お目覚めに成られましたか!」
自分の事を姫と呼ぶ侍女の姿に、リリィはなんと答えてよいかわからない。
「え、ええ。目が覚めました」
汗で額に張り付く髪を払いながら、体を起こす。侍女がそれに手を貸してくれる。
上半身を起き上がらせて、リリィは周囲を見渡した。
城の……私の部屋のようね。
軽くめまいがする頭の中で周囲を観察して、リリィは眠る直前何が合ったかを思い出そうとする。
「良かったですわ。お目覚めになられて。私、もう心配で心配で、神に何度祈った事か、姫様に何か合ったら私もう、本当に」
横で安心しているお付きの侍女がいつものように早口で喋る。
年が三つ離れたこの侍女は五年ほど前からリリィのお付きとなっていた。
妹のように思い、いつもなら笑って流すところだったが、なんだか今日は頭が痛む。
リリィは軽く額を押さえながら侍女の名前を呼ぶ。。
「……ユフィ」
「はい、ああ、もしや頭が痛むのですか? 騎士様も騎士様です。姫様に眠りの杖を使われるなんて、お美しい姫の頭が凹んでしまったらどうしようかと」
良く回る舌をうらやましく思いつつ、リリィは窓の外を見る。差し込んでくる明かりは強くまだ昼間にも入っていない様子だ。
「ユフィ、私はどうしたのですか?」
「どうと言われましても、姫様を騎士様が連れ戻してくださったのです。全く、巨人と来たら、姫様の体を対価に求めるなど、言語両断でございます」
頬を膨らませて怒るユフィの言葉に、額を押さえていたリリィはハッと目を見開いた。
「……! そうだわ。私」
「もう大丈夫ですよ! 巨人が来たって、このユフィ、姫様の為ならたとえ火の中、水の中! なんなら槍持ってえんとこしょ!」
持った事も無い槍を突く真似をするユフィに、リリィはいつものようには笑いかけられなかった。
耳の中では最後に聞いた騎士の言葉が蘇る。
『目を狙え!』
サァーと血の気が引いていくのがわかる。頭痛が何だという話ではない。
気絶したいが、そう言う訳にも行かないと、リリィは無理矢理ベッドを降りて立ち上がる。
「わ、わぁ! 突然起き上がっては駄目ですよ、姫様。す、すぐお医者様を」
「ユフィ。私を連れた騎士をお呼びなさい。早く」
立ち上がりフラついた体を支えるユフィにリリィは表情を険しくして命令する。
ただならぬ主人の様子に、ユフィはガクガクと大きく首を動かして返事を返す。
「で、では呼んできますからね。す、座って待っててくださいね。カーディガン置いときますからね」
リリィをベッドの脇に座らせて、掛けてあったカーディガンをその脇に置くとユフィは大急ぎで部屋を飛び出した。




