第5話 能力再配分
「本当に分かるんだ。キミがボクの主人だって」
そう思おうとしたわけではない。
誰かに言い聞かされたわけでもない。
ただ、それが事実なのだと知っている。
そのこと自体に違和感はあるのに、認識そのものを疑うことはできなかった。
「不思議な感じだよ。頭では何も変わってないつもりなのに、そこだけは最初から知ってたみたいだ」
「他は?」
「今のところは平気」
リーゼは自分の手を握り、開いてみる。
思った通りに動く。
考えも記憶も、何も失ってはいない。
少なくとも、すぐに自分ではなくなってしまうようなことはなかった。
もう一度グレンを見る。
今度は、いつもの調子に戻して言った。
「それで?」
「ん?」
「見えるようになったんだろう?」
口元に小さな笑みを浮かべる。
「ボクが、どんな人間なのか」
冗談めかした言い方だった。
だが、グレンはすぐには答えなかった。
《飼育》を通して、リーゼという一人の人間について、膨大な情報が一気に認識へ上ってくる。
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【リーゼ・アルヴェイン】
【飼育状態】
充足度 42 / やや低い
成長効率 やや低下
【身体状態】
健康 61 / こめかみに裂傷、左肩に打撲、右脇腹に裂傷、左足首に軽度の捻挫あり
活力 34 / 強い疲労あり
満腹 46 / 軽度の空腹
休息 23 / 著しい休息不足
【欲求】
接触 38 / 主人との接触をやや求めている
食事 44 / 軽い空腹あり
睡眠 76 / 睡眠欲求が強い
称賛 43 / 主人からの肯定をやや求めている
発情 6 / ほぼなし
排泄 37 / やや高い
【対主人】
信頼 96 / 主人を極めて強く信頼している
親愛 95 / 主人への親愛が極めて強い
忠誠 36 / 主人に自発的に従い、仕えようとする傾向は弱い
依存 15 / 主人への依存はほとんどない
【基礎能力】
筋力 16 /資質D
耐久 22 /資質C
敏捷 39 /資質A
技巧 42 /資質A
感覚 34 /資質B
魔力 31 /資質B
【技能】
剣術 76 /資質A
体術 28 /資質B
登攀 21 /資質A
探索 19 /資質B
交渉 18 /資質B
隠密 16 /資質B
舞踊 14 /資質A
騎乗 13 /資質B
水泳 12 /資質B
野営 12 /資質C
応急手当 10 /資質C
短剣術 9 /資質B
投擲 8 /資質C
採取 7 /資質C
罠対処 6 /資質C
解体 5 /資質D
料理 5 /資質C
弓術 4 /資質C
槍術 2 /資質B
盾術 2 /資質C
……
【魔法】
強化魔法 60 /資質C
光魔法 8 /資質D
風魔法 6 /資質D
火炎魔法 5 /資質E
水魔法 4 /資質D
土魔法 2 /資質E
治癒魔法 1 /資質E
……
【固有スキル】
《案内》 熟練度74
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グレンは、流れ込んできた情報をひとつずつ確かめていった。
《飼育》が発現したとき、小動物を相手に一度だけ試したことはある。それでも、人間一人となるとまるで違った。把握できることの多さも、その細かさも、比べものにならない。
その中で、ふと二つの数字に意識が止まる。
信頼96。
親愛95。
「…………」
思っていた以上に高い。
真正面から受け取ると、妙に気恥ずかしかった。
グレンは意識を切り替える。
今はそれより、ここから出る方法だ。
まず目についたのは剣術だった。
能力値76。資質A。
強いことは知っている。これまで隣で何度も剣を振るう姿を見てきたのだから、今さらそこに驚くことはない。
それでも数値として捉えると、リーゼがどれほど高いところまで剣術を磨いてきたのかが改めて分かる。
そして、もう一つ。
強化魔法。
能力値60。
それだけでも相当に高い。
だが、グレンが気になったのは、その資質だった。
C。
「……よく、ここまで鍛えたな」
「何がだい?」
「強化魔法。資質はCだ」
リーゼが眉をひそめる。
「それ、褒めてる?」
「かなり」
資質が低ければ、それだけ同じ水準まで能力を伸ばすのに時間がかかる。
Cという並の資質で、60まで。
そこへ至るまでに積み上げてきたものは、能力値だけから受ける印象よりずっと大きい。
だが、それも今は後回しだった。
グレンが知りたいものは、そこにはない。
空間魔法。
その分野へ意識を向ける。
能力値のない分野は普段ならほとんど意識に上ってこない。だが、求めれば確認することはできた。
そして――。
空間魔法 0 /資質E
「…………」
グレンは思わず黙った。
「その顔は、あまりいい結果じゃなさそうだね」
「資質はE。残念だけど、空間魔法にはほとんど向いてない」
リーゼは目を閉じ、それから小さく肩をすくめた。
「まあ、そう都合よくはいかないか」
能力値が0なのは当然だった。
リーゼは空間魔法を学んだことがない。
問題は資質の方だ。
空間魔法そのものが希少なうえ、この資質では、普通に学んだところで高度な術まで辿り着くのはまず望めない。
だが、《飼育》の再配分なら話は別だった。
リーゼがこれまで身につけてきた能力から、そこへ費やされてきた成長を取り出し、別の分野へ回す。
投入された成長は、その分野の資質に応じて機械的に新しい能力へ変わる。
空間魔法の資質はE。
当然、効率はひどく悪い。
それでも、どこまで届くのか。
グレンはこの状況で使えそうな術を探った。
《転位》。
空間魔法の中では比較的低い段階にある術で、自分自身の位置を別の場所へ移す。
どの程度の能力があれば扱えるのか。
そこまで空間魔法を引き上げるには、どれだけの成長が必要なのか。
《飼育》を通せば、その見当もついた。
「……《転位》なら届く」
リーゼの表情が明るくなる。
「本当かい?」
「ああ。使えるところまでは届く。でも、今ここで使うのは危険だ」
「どうして?」
「今いる場所が分からない」
リーゼもすぐに意味を理解したらしい。
崩落前の位置関係は、もう当てにならない。
ここが地上からどれほど下なのか。
どちらへ、どれだけ移れば、安全な空間へ出られるのか。
何も分からない。
《転位》は場所を移す術であって、移動先の安全まで保証してくれるわけではなかった。
「適当に地上の方へ飛んで、岩の中に出たら終わりだ」
「……それは賭けとしても質が悪いね」
「それに、基本的には術者一人しか移せない」
リーゼの顔から笑みが消えた。
「だが、他に何もなくて、《転位》までしか届かないなら、お前だけでも――」
「……そんなこと言わないでよ」
強い声ではなかった。
けれど、グレンはそこで口を閉じた。
リーゼは眉を寄せている。
「言いたいことは分かるよ。でも、それを決めるのはまだ早いだろう?」
「……そうだな」
「二人で出られる方法を、先に全部探そう」
グレンは頷いた。
《転位》より上。
一人を移すのではなく、この場所と地上を直接つなげられるもの。
さらに探っていく。
やがて、一つの術に行き着いた。
「……《門》」
「門?」
「二つの場所を直接つなぐ術だ」
リーゼも思い当たったらしい。
「ああ……あれか」
「遺跡の入口付近は覚えてるだろ?」
「もちろん」
「なら、そこを向こう側に指定できる」
現在地が地下のどこなのかは関係ない。
ここから、記憶している地上の一点へ。
《門》を開く。
それさえできれば、二人とも通れる。
「それなら――」
「ああ。二人で出られる」
リーゼの顔に、はっきりと希望が浮かんだ。
だが、グレンはまだ喜べなかった。
《門》は《転位》より、はるかに高度な術だ。
しかも、空間魔法の資質はE。
リーゼがこれまで積み上げてきた成長を、どこまで回せば届くのかを確かめていく。
細かな技能や、触った程度の魔法では足りない。
結局、大きく削るしかないのは、剣術と強化魔法だった。
特に強化魔法には、Cという資質で60まで鍛え上げたぶん、膨大な成長が蓄積されている。
そこまで使って――ようやく届く。
「……いける」
リーゼが顔を上げた。
「《門》に?」
「ああ」
グレンは続けた。
「《門》までぎりぎり届くが、剣術も強化魔法も相当削る」
リーゼの表情が固くなる。
「どのくらい?」
「剣術はかなり落ちる。それでも剣士としては十分戦えるけど、今のお前とは比べものにならない」
「強化魔法は?」
「もっと落ちる。残るのは基礎的な強化くらいだ。今みたいな部位強化や全身強化は、ほとんど使えなくなると思ってくれ」
「……そこまでか」
「ああ」
リーゼは黙った。
腰の剣へ視線を落とし、その柄に指を添える。
何年もかけて磨いてきた剣術も、身体に馴染ませてきた強化魔法も、この先まで自分を支えていくものだと思っていた。
それを、一度に大きく手放すことになる。
「……まあ、死ぬよりはずっといいね」
やがてリーゼが言った。
口元には、いつものような薄い笑みが戻っている。
「惜しくないわけじゃないさ」
剣の柄を軽く握る。
「でも、それを命と比べて迷うほど、ボクも気取り屋じゃないよ」
それから、グレンを見る。
「ここで二人揃って死ぬよりは、ずっとましだ」
グレンはその顔を見て、一度だけ頷いた。
もう、止める理由はなかった。
「……ありがとう」
不意にそう言われて、リーゼが目を瞬く。
「なんだい、急に」
「今、言っておきたかった」
リーゼは黙ったあと、ふっと笑った。
「それなら、全部うまくいったら褒めてくれよ」
「分かった」
グレンも口元を緩める。
「これでもかってくらい褒める」
「ふふ。それは楽しみだ」
リーゼはグレンを見る。
「じゃあ、頼む」
グレンは頷き、《飼育》を通して再配分を行った。
「――っ!」
リーゼの身体が大きく震えた。




