第3話 《飼育(ブリーディング)》
傷の手当てを済ませ、水と食料がどれくらい残っているかだけ確かめる。
それからは、本当にすることがなくなった。
無理に瓦礫を動かせば再び崩れるかもしれない。《案内》は地上へ続く道を示さない。大声を出してみても、石を打ち鳴らしてみても、誰かが応える気配はなかった。
あとは、待つしかない。
あれだけの崩落だ。
入口近くにいる待機組も、異変には気づいているはずだった。すでに誰かが街へ救援を求めに向かっている可能性も高い。
問題は、救援が来るかどうかではない。
この広大な遺跡の地下で、自分たちがどこに埋まっているのか、外から知る方法があるのかということだった。
「上、どうなってるかな」
「待機組は動いてると思う」
「ボクもそう思う」
リーゼは暗がりを見た。
「……でも、ここを見つけられるかな」
グレンは答えなかった。
それが一番の問題だった。
《案内》が何も示さない以上、普通に歩いてここまで来られる道はない。上から掘り進むにしても、場所を特定できなければどうにもならない。
崩落がどこまで続いているのかも分からない。
それでも最初のうちは、二人とも耳を澄ませていた。
何か聞こえないか。
瓦礫の向こうから声がしないか。
遠くで石を叩く音でも聞こえれば、それだけで状況は変わる。
何度か、そんな気がして顔を上げた。
そのたびに聞こえてくるのは、上から落ちる砂や、小さな石が転がる音だけだった。
時間の感覚が次第に曖昧になっていった。
「どれくらい経ったと思う?」
リーゼが尋ねると、グレンは考えた。
「三時間……いや、もう少しかもしれない」
「そっか」
思ったより短い。
もっとずっと長くここにいる気がしていた。
リーゼは膝の上に腕を置き、暗がりへ目を向けた。
救援が来たとして、ここを掘り当てるまでどれほどかかるのだろう。
そもそも、こちらが生きていると分かっている者はいない。
崩落した広間から、この場所までどれだけ落ちたのかも分からない。位置を突き止めるところから始めなければならないのなら、何日かかるのか想像もつかない。
考えれば考えるほど、都合のいい可能性ばかりが消えていった。
死ぬかもしれない。
その考えは、もう何度も頭をよぎっている。
冒険者をしていれば、死が遠いものではないことくらい知っている。危険な依頼へ出るたび、それなりの覚悟もしてきたつもりだった。
けれど、敵を前にしたときとはまるで違う。
剣を振ることもできない。
逃げることもできない。
どれだけ強くても、今は何の役にも立たない。
ただ待って、このまま何も起きなければ終わる。
そう考えた途端、胸の奥が冷えた。
リーゼは隣を見た。
グレンは壁に背を預け、黙って前を見ている。
時折、何かを考え込むように視線を落とす。
普段なら、その横顔を見ているだけで安心できた。
彼が考えているなら、何かあるかもしれない。
けれど今は、そう思うことさえ怖かった。
期待して、何もなかったときの方がつらい。
リーゼは視線を落とした。
こんなところで終わるのか。
そう思った瞬間、いくつものことが頭に浮かんだ。
まだ行きたい場所があった。
もっと強くなりたかった。
受けてみたい依頼も、見てみたい景色もある。
そして、そのどれよりも近くに、ずっと先延ばしにしていたことがあった。
隣にいる男へ、言えないままにしていたこと。
何度も機会はあった。
そのたびに、今じゃなくていいと思った。
もう少し先でいい。
二人でいる時間は、まだいくらでもある。
そう思っていた。
その先が、ないかもしれない。
胸が締めつけられた。
もし、このまま終わるなら。
何も言わないまま死ぬのだけは嫌だった。
グレンは知らない。
自分がずっと彼を見ていたことも。
一緒にいる時間を、他の誰といるより大切にしていたことも。
たった一言を言えずに、ここまで来てしまったことも。
リーゼは手を強く握った。
こんな場所で言うつもりではなかった。
もっとましな場所で、もっとましな格好をして、できれば気の利いた言葉を用意したかった。
今は髪も服も埃まみれで、身体中が痛む。喉も乾いている。
それでもいい。
言えるうちに言わなければ。
ゆっくり息を吸った。
鼓動がやけに大きく聞こえる。
顔を上げる。
グレンの横顔を見る。
今なら、言える。
そう思って口を開きかけた、そのときだった。
「リーゼ」
グレンが先にこちらを向いた。
呼吸が止まる。
彼の顔は、いつもと違っていた。
何かを決めたような、それでいて、まだ口にすることをためらっているような表情だった。
「聞いてほしいことがあるんだ」
リーゼは一瞬、自分が何を言おうとしていたのか忘れた。
「……何?」
短い沈黙のあと、グレンが口を開く。
「一つだけ、ここから出られる可能性がある」
リーゼは弾かれたようにグレンを見た。
「……本当に?」
思わず身体が前へ出る。
けれど、グレンはすぐに続きを話そうとはしなかった。視線を落としたまま、何かを決めるように黙っている。
その様子を見て、リーゼも姿勢を戻した。
どうやら、手放しで喜べる話でもないらしい。
やがてグレンが顔を上げる。
「その方法を話す前に、知っておいてほしいことがある」
一度、息を吐いた。
「俺には、固有スキルがある」
「……そうだったのかい?」
長く一緒にいるが、そんな話は一度も聞いたことがない。
グレンはその名を口にした。
「《飼育》だ」
リーゼの表情が変わった。




