第7話 資質S
「ボクを育てるなら、どうする?」
グレンがこちらを見た。
口にしてから、少しだけ大仰だった気がした。
「……いや、もし仮にだよ?」
「分かってる」
グレンはそう返し、紙へ目を落とした。
「軸になるのは変わらず剣術だと思う。44もあれば立派なものだし、資質もAだ。ここを捨てる理由はない」
「うん」
「体術は28でB。短剣と槍もBだけど、今からそっちへ寄せる意味は薄いな」
「登攀はAだけど?」
「それで戦う気か?」
「まさか」
リーゼは笑って肩をすくめた。
グレンの視線がその先へ進む。
舞踊A。騎乗B。ほかにも向いているものはいくつかあるが、今ほしい答えとは遠い。
「こうして見ると、ボクって多才だね」
「そうだな」
「もっと感心してくれてもいいんだよ?」
「戦闘に使えそうなのを見てるんだろ」
「それはそうだけどさ」
軽く返してから、リーゼも紙へ目を戻した。
強化魔法12。
指先が、その数字の横で止まる。
「……まあ、ここは結局、また積み直すしかないか」
「ああ」
グレンの返事も短かった。
それ以上、二人とも何も言わなかった。
幼い頃から身体へ馴染ませてきた魔法だ。
失ったのなら、また覚える。
前と同じところまで戻りたければ、そのぶんだけもう一度積み上げる。
できないわけではない。
ただ、それを今から始めるところを想像すると、ひどく遠く感じた。
リーゼは指を離した。
「空間魔法は?」
「使えるなら、使った方がいいと思う」
「そこはボクも同意だね」
能力値55。
資質E。
今のリーゼが持っている魔法の中では、強化魔法よりずっと高い。
「位置取りには使える。間合いを外したり、逆に詰めたり。慣れれば、今までとは違う戦い方もできると思う」
「ああ」
「でも――」
リーゼは自分の腕を見た。
「これで身体が強くなるわけじゃない」
「そうだな」
「剣を振る力が増えるわけでもないし、打たれ強くなるわけでもない」
便利なのは間違いない。
あの地下から二人を生きて帰した魔法だ。使い道が少ないはずもない。
けれど、強化魔法の代わりにはならなかった。
リーゼは椅子へ少し深く座り直した。
「じゃあ、剣はこのまま。空間魔法を使えるところで使って、強化は少しずつ鍛え直す」
「今あるものだけなら、それが一番無理はないと思う」
「だよね」
予想していた答えだった。
悪い答えでもない。
今の自分にできることを使いながら、失ったものを少しずつ取り戻していく。
それでいつかは、以前に近いところまで戻れるのかもしれない。
リーゼは紙を机へ戻した。
「……まあ、そんな都合よくはいかないか」
口元だけで少し笑う。
グレンは何も言わなかった。
机の中央では、《恩寵の魔王》の本が開いたままになっていた。
しばらく、誰も頁をめくらなかった。
リーゼは椅子の背に身体を預けたまま、開かれた本を眺めていた。
何気なく追っていた文字の中に、少し前に読んだ記述が目に入る。
「……そういえば」
「ん?」
「この本、使ったことのないものまで資質を調べてたよね」
「ああ」
再配分を行う前に、それまで触れたことのない技能や魔法まで洗い出していた事例がいくつもあった。
リーゼは机の紙へ目をやる。
「ボクも見られる?」
「見ようと思えば」
「じゃあ、一応見てみようか」
そこまで期待して言ったわけではなかった。
グレンも特に何も言わず、リーゼへ意識を向ける。
しばらくして、眉がわずかに動いた。
「……結構あるな」
「何が?」
「資質の高いやつ」
「へえ」
リーゼが少しだけ身を起こした。
「曲芸、資質A」
「……大道芸人にでもなれと?」
「編み物、A」
「それは老後に取っておきたいね」
「養蜂、A」
「ハチミツは嫌いじゃないけどさ」
「穴掘り、A」
「地下はもう懲りたよ」
「歌唱、E」
「……次」
即答すると、グレンの口元が少しだけ動いた。
「自分で気づいてない才能って、色々あるもんだね」
「使ってないだけで、向いてるもの自体は結構あるらしいな」
「ありがたい話だけど、今ほしい才能とはだいぶ方向が違うね」
リーゼは本へ頬杖をつきかけ、肩の痛みを思い出してやめた。
「全部聞いてたら日が暮れそうだ。戦いに使えそうなのだけでいいよ」
「ああ」
武器なら、もう剣がある。
グレンはそこを飛ばし、魔法へ意識を絞った。
先ほどまでより少し長く沈黙が続く。
リーゼはその間に、また本へ視線を落としていた。
何か一つでも使えそうなものがあれば、それで十分だった。
そんなことを考えていたところで、
「……重力魔法」
グレンが言った。
リーゼが顔を上げる。
「何それ」
「資質S」
反射的に返しかけた言葉が止まった。
「……S?」
「ああ」
グレンも、今度はすぐに続けなかった。
「ちょっと待ってくれ。そんな魔法聞いたこともないんだけど」
「俺も詳しくは知らない」
そう言いながら、グレンの視線が机の上の本へ移る。
「でも、……どこかで見た気がする」
「この本?」
「かもな」
分厚い頁を何枚かまとめて送り、途中で止まる。
一度戻って目録を確かめ、今度は後ろの方へ進んだ。
リーゼも隣から覗き込む。
やがて、グレンの指が一つの見出しで止まった。
「……あった」
そこには確かに、《重力魔法》と記されていた。
術式。
基礎理論。
習得の段階。
さらに、その先で扱える現象まで順にまとめられている。
リーゼは椅子を少し寄せた。
初歩では、自分自身や手にしている物へ働く重力を変える。
身体へかかる力を弱める。
武器へ働く重力を変える。
先へ進めば、強さだけでなく力の向きそのものにも干渉できるようになるらしい。
さらに後の項目には、他者や物体、一定の範囲へ作用させた記録もあった。
「……自分と武器にかかる重力を変えられるのか」
「ああ」
リーゼはもう少し先まで目を走らせた。
「剣術とも相性よさそうだね」
「少なくとも、お前の速さや技巧とは噛み合いそうだ」
「うん」
リーゼは頁を一枚めくった。
そこにも術式が続いている。
ただ現象について書かれているだけではない。
最初に何を感覚として掴むのか。
どの段階で次の術へ進むのか。
実際に習得させた際の訓練手順まで残されていた。
ついさっきまで聞いたことさえなかった魔法だった。
それでも、少なくとも試すところまでは行ける。
リーゼはもう一度、頁の見出しへ視線を戻した。
《重力魔法》。
その横に書かれているわけでもないのに、さっきグレンが口にした評価が妙に頭に残っていた。
資質S。
「しかも、これがSなんだよね」
「ああ」
リーゼは見出しから目を離さないまま続けた。
「……実際、どのくらい違う?」
「資質が?」
「うん。高い方が伸びやすいのは分かってるけど、どのくらい変わるものなのかはまだよく分からなくて」
グレンは少し考えた。
「俺が自分の資質を見た中だと、一番高いのはAだ」
「Sはない?」
「ない」
グレンは開いた本へ視線を落とした。
「この本でも、Sはほとんど出てこなかった」
「魔王があれだけ人を飼ってても?」
「ああ」
リーゼも本へ目を落とす。
資質についてまとめられた箇所では、Sは《天賦の才》と記されていた。
それより下とは明確に分けて扱われている一方で、実際の記録となると該当する者はごくわずかしかいない。
「だから、Sが実際どれくらい伸びるのかは俺にも分からない」
「そっか」
「ただ、資質は一つ上がるだけでも全く違う。伸び方も、同じだけ鍛えた時に返ってくるものも」
「キミの実感として?」
「ああ」
リーゼは少し黙った。
「じゃあ、Aのさらに上となると」
「……相当だとは思う」
断言ではなかった。
けれど、その言葉を聞いてから、リーゼはもう一度《重力魔法》の頁を最初から追った。
資質S。
《天賦の才》とまで評される適性。
具体的な術式があり、訓練の手順も残っている。
何より、自分の剣術とも噛み合いそうだった。
強化魔法を失う前と、まったく同じ戦い方にはならないだろう。
けれど、同じ場所へ同じ道を辿って戻る必要もないのかもしれない。
リーゼの指が、頁の端で止まった。
さっきまでとは、少しだけ見え方が変わっていた。
今まで一度も触れたことのない魔法。
それなのに、自分には滅多に現れないほどの資質がある。
リーゼは何も言わず、その先の訓練手順へ目を移した。
最初は、ごく弱い作用を自分の身体へかけるところから始まっている。安定して維持できるようになれば対象を増やし、強さを変え、さらに次の段階へ進む。
頁の端には、それぞれに要した期間や、途中で見られた停滞についても書き込まれていた。
そこを読んでいるうちに、リーゼの目が止まった。
「……あ」
「どうした?」
「いや」
少し考えてから、顔を上げる。
「これ、キミが《飼育》で見ながらやったらどうなる?」
グレンの表情がわずかに変わった。
「ボクがちゃんと伸びてるか、キミには分かるんだろ?」
「ああ」
「途中で止まったら、何が引っかかってるのかもある程度は見られる」
「そうだな」
リーゼは開かれた本へ目を戻した。
資質S。
訓練法も残っている。
そのうえ、成果まで確かめながら進められる。
「だったら……かなり早くいけるんじゃないか?」
言葉にしてみると、自分でも急に現実味が増した。
「強化をまた積み直すより、こっちを伸ばした方がずっと早いかもしれない。それをキミに見てもらえれば――」
「……それはちょっと待ってくれ」
途中でグレンが言った。
リーゼが顔を上げる。
「何が?」
「重力魔法を試すのはいい。練習にも付き合うよ」
「うん」
「でも、《飼育》を使うかどうかは別だ」




