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悪役令嬢、断罪まであと7日 〜RTA開始、攻略対象は王子ではなく王国です〜  作者: 3色あんこ


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8/12

第8話 断罪前夜



王都は静かだった。

明日に控えた建国記念祝賀会。

貴族たちは華やかな宴の準備に追われ、街には祝祭の飾り付けが並ぶ。

誰も知らない。

その宴が、一人の公爵令嬢を断罪するための舞台になることを。


そして誰も知らない。


その舞台が、すでに別の形へと組み替えられていることを。



◇


王城。

国王アウグストは、一枚一枚、報告書へ目を通していた。


「……全員、配置についたか」

「はっ」


影が膝をつく。


「証人、商会、教会、司法卿。すべて予定通りでございます」


国王は静かに頷く。


「そうか……」


その隣で王妃ヘレナは、窓の外を見つめていた。


「明日で終わるのですね」

「いいや」


国王は首を横に振る。


「終わるのではない、始まるのだ」


新しい王国が、そう小さく呟いた。



◇


一方、王立学園。

生徒会室には重苦しい空気が流れていた。


「……本当に大丈夫でしょうか」


シャーリーが不安げに尋ねる。

レナードは腕を組み、苛立ちを隠さない。


「問題ない」


そう答えるものの、その声には以前のような自信がなかった。

証人は減った。

協力者も減った。

令嬢たちの視線も冷たい。

それでも。


「私は王太子だ」


その言葉だけを、自分自身へ言い聞かせていた。



◇


夜。

カルメネール公爵家。

広い屋敷は、静まり返っていた。

執事たちも、侍女たちも皆が明日に備えて早く休んでいる。

フランシスカの部屋だけに、まだ灯りがともっていた。

机の上には革手帳。

びっしりと書き込まれた予定。

一つ、また一つ。

赤い丸で埋められている。

残る予定は、あと一つだけ。


断罪


「……終わるのね」


小さく呟く。

その声は、どこか力がなかった。

窓の外には、満月。

前世もこんな夜だった。

処刑を言い渡される前夜。

誰にも信じてもらえず、父も母も涙を流し。

自分はただ、首を横に振ることしかできなかった。


『違います』

『私はやっていません』


何度叫んでも誰も聞いてくれなかった。


「お嬢様」


静かなノック。


「マリアです」

「……入って」


侍女のマリアが、温かなミルクティーを運んできた。


「お休みになられないのですか?」

「もう少しだけ」


マリアは何も言わず、カップを置く。

その優しさに、フランシスカは小さく微笑んだ。


「ねえ、マリア」

「はい」


少しだけ沈黙が流れる。


「私は……」


言葉が止まる。

喉の奥が締め付けられる。


「私は、どこで間違えたんだろうね」


その一言は。

この一週間で初めて聞く、弱々しい声だった。

マリアは驚かなかった。

静かにフランシスカの隣へ膝をつく。


「お嬢様」

「……」

「お嬢様は、どこも間違えてなどおりませんわ」

「そう、かしら……」

「そうですよ、幼い頃から毎日お勉強をされて。領地のことも学ばれて。使用人一人ひとりの名前まで覚えてくださって。孤児院へ通われ。奥様のお手伝いもなさって。雨の日には、ご自身の傘を平民の子へ差し出されて」


マリアは、少しだけ頬を膨らませた。


「そんな完璧なお嬢様にケチをつけるなんて」


腕を組む。


「王太子殿下のお目々が節穴だっただけですわ」

「……ぷっ」


思わずフランシスカは吹き出した。


「ふふっ……」


肩を震わせながら笑う。


「節穴って」

「だってそうでしょう?」


マリアは真剣そのものだった。


「王国中、いえ、世界中探したって、お嬢様より素敵な令嬢なんておりませんもの」

「ふふ、マリア」

「はい」

「ありがとう」


その笑顔は。

この一週間で、一番自然な笑顔だった。

マリアは静かに立ち上がる。


「お嬢様。明日は、私たち使用人全員がお嬢様の味方です」

「ええ」

「旦那様も奥様もアルフレッド様もみんな、お嬢様が歩まれた17年を知っております」


マリアは深く頭を下げた。


「だから、どうか胸を張って、行ってらっしゃいませ」


フランシスカはゆっくりと頷く。


「ええ、行ってくるわ」



◇


マリアが部屋を後にしてしばらくすると、再び控えめなノックが響いた。


「フランシスカ」


聞き慣れた父の声だった。


「お父様?」


扉が開き、公爵ディミトリウス・カルメネールと、その隣には公爵夫人エミリア・カルメネールが立っていた。


「少しだけ、時間をもらってもいいかい?」


フランシスカは微笑みながら頷く。


「もちろんです」


二人は向かいへ腰を下ろした。

しばらく誰も口を開かない。

静かな沈黙だけが流れる。

やがて、公爵がゆっくりと口を開いた。


「フランシスカ」

「はい」

「王から王子の現在もお前が置かれてる状況も聞いてる。もし明日、お前が耐えられないと思ったなら」


その声は公爵のものではなく。父親のものだった。


「逃げてもいい」


その一言に、フランシスカは目を見開く。


「お父様……」

「王太子との婚約も、公爵家の立場も、私はどうでもいい」


公爵は娘を真っ直ぐ見つめる。


「私にとって一番大切なのは、お前や家族だ。父として、お前を守る。だから、逃げてもいい」


フランシスカは唇を噛んだ。

胸の奥が熱くなる。


「……ありがとうございます」


小さく笑う。

けれど、その瞳は真っ直ぐだった。


「ですが、逃げません」

「フランシスカ」

「私は逃げたら、一生後悔します」


静かに首を横へ振る。


「明日は、私自身のために参ります。17年間積み重ねてきたものを、私自身が否定したくありません」


その言葉を聞いた公爵は目を閉じ、小さく笑った。


「そうか、強くなったな」


隣に座るエミリアが、そっと娘の手を包み込む。


「フランシスカ、怖いですか?」


その問いに、フランシスカは少しだけ黙り込んだ。

そして。


「……怖いです」


初めて、本音を口にした。


「誰にも信じてもらえなかったらと思うと。大切な人を悲しませてしまったらと思うと……」


声が震える。


「怖くて、たまりません」


エミリアは何も言わず、娘を優しく抱きしめた。

幼い頃と変わらないように。


「大丈夫」


母の声は、とても穏やかだった。


「明日は、あなた一人じゃない。お父様も、私も。アルフレッドや、マリア、屋敷のみんなも、あなたが歩いてきた17年を知っているわ」


公爵も静かに頷く。


「だから胸を張りなさい」

「お前は、私たちの誇りだ」


フランシスカの瞳から、一筋だけ涙が零れ落ちた。

それは悲しみではなく。

支えてくれる人がいるという安堵の涙だった。

その時コンコン、と扉が叩かれる。


「失礼いたします」


アルフレッドだった。


「王城より、お嬢様宛てにお手紙が届いております」

「王城から?」

「はい」


差し出された封筒には、王家の紋章。

封蝋には、王妃ヘレナの印章が押されていた。

フランシスカは丁寧に封を開く。

中には、便箋が一枚だけ。

整った文字で、綴られていた。



──────────────

フランシスカ嬢


明日は王妃としてではなく、あなたの成長を10年間見守ってきた一人の大人として、その場に立ち会います。

あなたが積み重ねてきた努力を、私は知っています。

どうか胸を張って、前を向いて歩いてください。


あなたが真実を語るその時、私は最後まで、あなたの言葉を聞き届けます。


  ヘレナ・デ・アルフォード

──────────────



読み終えたフランシスカは、そっと便箋を胸へ抱き寄せた。


「……ありがとうございます」


誰に向けた言葉なのか、自分でも分からなかった。

父か。

母か。

王妃か。

それとも、ここまで歩いてきた自分自身へなのか。


窓の外では、満月が静かに夜空を照らしている。

もう迷いはなかった。

明日は、自分の足で歩く。

そして、自分の言葉で未来を切り開く。

そう心に誓いながら、フランシスカは静かに便箋を手帳へ挟み、大切に閉じた。



◇


そして、同じ満月を見上げながら、王城の回廊ではヴァルデマールもまた眠れずにいた。

静かな夜風が長い回廊を吹き抜け、窓辺から差し込む月明かりが石畳を淡く照らしている。


「……明日か」


誰に聞かせるでもない呟きが、静寂へ溶けていく。

脳裏に浮かぶのは、一人の少女。


フランシスカ・カルメネール。


藤色の輝く髪に湖面を映したような水色の瞳。

芯の通った佇まいは一種の絵画のように美しい、我が甥であるレナードの婚約者。

国王にも王妃にも臆する事なく進言できる心の強さを持っている。

数手先を読む頭の回転の速さと思慮深さ。

その姿は一朝一夕で出来上がるものではない。


もし万が一にも。

彼女の積み重ねてきた17年が、理不尽に踏みにじられるようなことがあれば──


ヴァルデマールは静かに拳を握り締めた。


「その時は」


新緑の瞳に、迷いのない光が宿る。


「私は、君を守ろう」


それが王族としてなのか。

一人の人間としてなのか。

まだ、自分でも分からない。

ただ一つだけ確かなことがあった。

彼女のような人を、理不尽に失ってはならない。


王国のためにも。


そして──自分自身のためにも。


「何があろうと」


その声は、静かでありながら強い決意を帯びていた。


「私は君の味方でいる」


月明かりの下、一人の王弟は胸の内に芽生えた想いへ、まだ名前を付けることはできなかった。


けれどその決意は、誰にも揺るがされることなく、静かに彼の心へ刻まれていた。


一人の令嬢の運命が決まる日。


いや──


王国の未来が決まる日。

その幕が、静かに上がろうとしていた。

フランシスカには使用人たちも、両親も、王妃も見方してくれます!


本作品はカクヨム、アルファポリスにて同時投稿をしております。

気が向いたらいいね、ブクマ、よろしくお願いいたします。

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