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悪役令嬢、断罪まであと7日 〜RTA開始、攻略対象は王子ではなく王国です〜  作者: 3色あんこ


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第7話 断罪まであと2日



朝の陽光が、公爵家カルメネールの応接間を柔らかく照らしていた。


「お嬢様」


執事アルフレッドが静かに一礼する。


「王太子殿下がお見えです」


フランシスカはティーカップを静かに置いた。

向かいに座る人物もまた、音もなくカップをソーサーへ戻す。


「予定通りね」

「はい」


アルフレッドは苦笑する。


「よくお分かりになりましたね」


フランシスカは向かいの人物へ穏やかな笑みを向ける。


「少々、お待たせしてしまいますわ」

「構いません」


短く返されたその一言は、驚くほど落ち着いていた。

フランシスカは静かに立ち上がる。


「さあ、参りましょうか」



◇


応接間。

扉が開いたと同時に中に居る人物からの怒号が聞こえてきた。


「フランシスカ!」


怒気を孕んだ声、レナードだった。

その後ろにはシャーリー。

そして側近のカイルとディラン。

フランシスカは気にする素振りを一切見せずに、美しく一礼する。


「ようこそお越しくださいました、レナード殿下」


その落ち着きが、かえってレナードを苛立たせた。


「白々しい!貴様、一体何をした!」

「何のお話でしょう?」

「とぼけるな!」


拳が机へ叩きつけられる。


「商会も!教会も!教師も!皆、お前の肩を持つ!何を企んでいる!」


フランシスカは静かに首を傾げる。


「肩を持つ……ですか?」

「違うのか!」

「ええ」


その声は穏やかだった。


「私は誰にも、私の味方になってくださいとはお願いしておりません」

「ならば何をした!」

「困っている方を、お助けしただけです」


一瞬、部屋が静まり返る。

レナードは眉を寄せる。


「……何?」

「ベルフォード商会には、投資のお話を。教会には孤児院への支援を。ローベルト先生には、妹君の治療のお手伝いを。それだけです」

「嘘だ!」


レナードは吐き捨てる。


「見返りがあったはずだ!」

「いいえ」


フランシスカは真っ直ぐ彼を見た。


「ありません」

「そんな馬鹿な話があるか!」

「ございます」


フランシスカはゆっくりと言葉を紡ぐ。


「人は、助けられたら恩を返したいと思う生き物です。私は、その方々が困る前に手を差し伸べただけ。だから皆様が私へ親切にしてくださるのは、私がお願いしたからではありません。皆様ご自身がお決めになったことです」


レナードは言葉を失った。

静まり返った応接間。

その沈黙を破ったのは、意外にもフランシスカだった。


「一つ、お伺いしてもよろしいでしょうか?」

「……何だ」


レナードは険しい表情のまま睨み返す。

フランシスカは穏やかな笑みを崩さず、静かに尋ねた。


「そもそも、殿下は何故、方々へ協力を求めていらっしゃるのですか?」

「……っ」


その一言に、レナードの表情が強張る。

カイルとディランも思わず顔を見合わせた。


──断罪計画。


それは建国記念祝賀会で行う、極秘の計画だ。

王家にも正式な許可は取っておらず、まして婚約者本人へ話せるはずもない。


「そ、それは……」


レナードの口が止まる。

言えない。

言えば計画そのものが露見してしまう。

応接間に気まずい沈黙が流れた。

そんな彼らを見つめながら、フランシスカは小さく微笑む。


「まあ」


肩の力を抜くように、ふっと息をついた。


「殿下の突然の思いつきは、今に始まったことではございませんもの」


その言葉に、レナードは眉をひそめる。


「何だと?」

「きっと、また新しい事業か何かを思いつかれたのでしょう?」


フランシスカは責めるでもなく、淡々と言葉を続ける。


「ですが、そのような計画でしたら、まずは司法卿や政務局へご相談なさってくださいませ。

商会や教会、それに教師の方々まで巻き込んでから、『予算が足りませんでした』『場所が確保できませんでした』では、皆様に多大なご迷惑をお掛けしてしまいます」


一拍置き、ほんの少しだけ困ったように微笑む。


「その後の後始末まで、私一人ではさすがに引き受けきれませんわ」


その言葉には責める響きはなかった。

むしろ、これまで何度も婚約者として尻拭いをしてきた者だからこその、静かな忠告だった。


レナードは何も言い返せない。

過去にも思いつきで企画を立ち上げ、最後にはフランシスカが政務局や財務局へ頭を下げて回ったことは、一度や二度ではなかったからだ。


「…………」


重苦しい沈黙が流れる。

その空気の中、シャーリーがおずおずと口を開いた。


「……フランシスカ様」

「はい?」

「どうして……」


シャーリーは本当に分からないという顔をしていた。


「どうしてそこまで、他人に優しくできるんですか?」


その問いに、フランシスカは少しだけ目を細める。


「優しく、ですか?」

「はい……」

「私には、それが普通だからです」

「……」

「明日困る人がいると分かっているのなら、今日助ける。それだけです」


シャーリーは黙り込んだ。

その横顔には迷いが浮かんでいた。



◇


その頃──応接間に隣接する小会議室。


厚い扉一枚隔てた向こうから、レナードたちの声が僅かに聞こえてくる。

室内には二人だけ。


王弟ヴァルデマール・フォン・アルフォード。

そして王家直属の影だった。


ヴァルデマールは腕を組み、静かに耳を澄ませる。


『私は誰にも、私の味方になってくださいとはお願いしておりません』


壁越しでも、その落ち着いた声音はよく通る。

影が小さく口を開いた。


「殿下」

「何だ」

「本日、この場は国王陛下のご命令により、王太子殿下と公爵令嬢の対話を記録しております。一切の介入はいたしません」


ヴァルデマールは小さく頷く。


「承知している」


再び扉の向こうから声が響く。


『困っている方を、お助けしただけです』

『見返りがあったはずだ!』

『ありません』


ヴァルデマールは静かに目を閉じた。


(嘘ではない)


外交官として八年間、多くの人間を見てきた。

王族。

貴族。

商人。

軍人。

嘘を吐く者は、必ずどこかに歪みが生まれる。

声。

呼吸。

言葉を選ぶ間。

視線。

だが彼女には、それがない。


「……不思議な方ですね」


思わず独り言が漏れる。

影も小さく頷いた。


「私どもも、同じ見解でございます。調査を始めた当初は、悪評の裏付けが取れるものと思っておりました。

しかし現在まで確認できた事実は、以前ご覧頂いた内容そのままでございます」


ヴァルデマールは目を伏せる。

思い出すのは国王から見せられた報告書の冊子。


『孤児院への匿名寄付。

教師家族への支援。

商会への投資。

災害被害の事前回避。

使用人への待遇良好。

領民からの嘆願書、感謝多数』


「逆に、悪評を裏付ける証拠は一件も確認できませんでした」

「一件も?」

「ございません」


ヴァルデマールはため息をついてから窓の外を見る。

綺麗に手入れをされた薔薇の庭園。

色とりどりの薔薇の花を見てふっと口元を緩めた。


「それでは、社交界で流れている噂は……」

「誰かが意図的に流した可能性が高いかと」

「候補は」

「現時点では断定できません」


その時、再び扉の向こうからシャーリーの声が聞こえた。


『どうしてそこまで、他人に優しくできるんですか?』


続いて、フランシスカの静かな返答。


『明日困る人がいると分かっているのなら、今日助ける。それだけです』


部屋が静まり返る。

影ですら、思わず言葉を失っていた。

ヴァルデマールは苦笑する。


「兄上が『面白い娘だ』と言っていた意味が、ようやく分かりました」

「面白い、では済まされませんね」

「ええ」


影も珍しく表情を和らげる。


「我々も10年以上この職に就いておりますが、このようなお方は初めて拝見いたしました」


ヴァルデマールは窓辺へ歩み寄る。

庭園では風に揺れる白薔薇が陽光を浴びている。


「彼女は」


ぽつりと呟く。


「誰かを味方につけようとしているのではない。人が、自ら味方になりたいと思ってしまう」


外交でも、それは最も恐ろしい力だった。

武力ではない。

権力でもない。

金でもない。

信頼。

それは一度築かれれば、簡単には崩れない。


「だから、レナードは勝てないのか」


誰に聞かせるでもない独り言。

影は静かに一礼した。


「恐れながら、殿下」

「何だ」

「本日、王太子殿下は23名へ協力を要請しております」

「結果は」

「承諾者1名、保留3名、辞退19名」

「……そうか」

「一方、公爵令嬢は」


影は報告書へ視線を落とす。


「協力を要請した記録は、一件もございません。全て、自発的な協力によるものです」


ヴァルデマールは静かに息を吐いた。


「なるほど」


その新緑の瞳に、静かな感嘆が宿る。


「彼女は人を動かしているのではない。人の心を動かしているのか」


その言葉を最後に、小会議室は再び静寂に包まれた。

扉の向こうでは、まだレナードとフランシスカの会話が続いている。

しかしヴァルデマールの胸の内では、すでに一つの結論が形になり始めていた。


──噂は、人を正しく映さない。


ならば私は、自分の目で彼女を見よう。

その小さな決意が、やがて二人の運命を大きく動かしていくことを、この時のヴァルデマールはまだ知らなかった。



◇


その夜。

王弟ヴァルデマールは、王城の長い回廊を一人歩いていた。


夜風が開け放たれた窓から吹き込み、銀色の月明かりが石床を淡く照らしている。

頭に浮かぶのは、昨日出会った一人の少女。


フランシスカ・カルメネール


「……」


自然と、その名を心の中で呟いていた。

婚約を見直す誓約書へ迷いなく署名した姿。

レナードから理不尽な怒りを向けられても、一切取り乱さなかった姿。

誰かを責めることなく、ただ静かに言葉を紡ぐ姿。

そして。


『明日困る人がいると分かっているのなら、今日助ける。それだけです』


あの言葉が、何度も胸の中で繰り返される。


「……分からないな」


思わず苦笑が漏れた。

外交官として8年間、多くの人間と向き合ってきた。

損得で動く者。

名誉を求める者。

権力を望む者。

善人を演じる者。

そうした人間なら、いくらでも見抜くことができた。

だが、彼女だけは違う。


何を望んでいるのか。

何のためにそこまで動くのか。

どこへ向かおうとしているのか。

何一つ読み切れない。

それなのに不思議と、もっと知りたいと思ってしまう。


「これは……困った」


小さく笑う。

相手のことが分からない、だから知りたくなる。

外交では当然の感覚だ。

それなのに今回は、どこか違っていた。


昨日の昼間、王の執務室でほんの一瞬だけ交わった水色の瞳。

静かな湖面のように澄んでいるのに、その奥には誰にも見せない深い孤独が沈んでいるように見えた。


「あの瞳は……」


胸の奥が僅かに疼く。

誰にも頼らず。

誰にも弱音を吐かず。

ただ一人で、何かを背負って歩き続けている。

そんな風に見えてしまった。


「君は、一体……」


何を知っている。

何を失った。

何を守ろうとしている。

問いは次々と浮かぶのに、答えは一つも見つからない。

月明かりの差し込む窓辺で足を止め、ヴァルデマールは夜空を見上げた。


「君は何を背負っているんだ」


その呟きは夜風に溶け、誰の耳にも届かない。

だが、一つだけ確かなことがあった。

帰国するまでは、王都で気になる人物など一人もいなかった。


それなのに今は。

気付けば彼女のことを考えている。

その理由を、まだヴァルデマール自身も知らない。


それは恋と呼ぶには、まだあまりにも小さな感情。

けれど確かに、彼の心はフランシスカ・カルメネールという一人の少女へ、静かに惹かれ始めていた。

王弟殿下が少しずつ興味そそられちゃってるねぇ〜!

フランシスカも引きずり込むのなら、堂々と呼んじゃえと、ヴァルデマール殿下をレナード突撃訪問の現場に同席してます、策士ですねぇ


本作品はカクヨム、アルファポリスにて同時投稿をしております。

気が向いたらいいね、ブクマ、よろしくお願いいたします。

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