第5話 断罪まであと4日
公爵家の執務室には、書類の山が積み上げられていた。
その中央で、フランシスカは一枚の羊皮紙を静かに見つめている。
そこには一人の名前。
王立学園教師 ローベルト・エインズ
「……先生」
前世の記憶が蘇る。
断罪の日。
彼は王太子側の証人として証言した。
『私はこの目で見ました。公爵令嬢フランシスカ嬢がシャーリー嬢を階段から突き落とすところを』
もちろん、嘘だった。
シャーリーは自分で転んだ。
だが、その偽証一つで会場の空気は決まった。
(どうして先生は嘘をついたの……?)
前世では最後まで分からなかった。
しかし、ゲームの資料集には、たった一行だけ書かれていた。
“王立学園教師ローベルト。妹が重い病を患っている。”
フランシスカは小さく息を吐いた。
「アルフレッド」
「はい、お嬢様」
「馬車を、王立学園へ向かいます」
◇
放課後。
生徒たちの姿がまばらになった校舎。
教員室の隅で、ローベルトは深いため息をついていた。
机の上には請求書。
薬代。
診療費。
入院費。
どれも高額だった。
「……足りない」
教師の給金だけでは到底払えない。
借金も限界。
妹の病は日に日に悪化していく。
「失礼いたします」
穏やかな声が響く。
顔を上げると、そこにはフランシスカが立っていた。
「カルメネール嬢……?」
「少々、お時間をいただけますか」
◇
ローベルトは緊張した面持ちで紅茶を前に座っていた。
「今日はどのようなご用件で?」
フランシスカは一枚の紙を差し出す。
「こちらを」
「これは……」
王立病院。
そして王都でも最高峰の医師の紹介状。
「エインズ先生の妹さんを診ていただけます」
ローベルトの手が止まる。
「……え?」
「費用は私が負担します」
「なっ……!」
椅子から立ち上がる。
「な、なぜです!なぜそこまで!私はあなたに何も──」
フランシスカは静かに微笑んだ。
「先生、生徒を助けるのが教師なら。教師に恩を返すのが生徒の役目です」
ローベルトは絶句した。
「ですが……そんな大金……」
「投資です」
「投資?」
「はい」
フランシスカはまっすぐ彼を見た。
「先生は、正しい方です。だから私は、先生が苦しさのあまり、誤った選択をする未来を見たくありません」
その言葉にローベルトは、心臓を鷲掴みにされたような衝撃を受けた。
まるで全てを見透かされているようだった。
「先生、お願いがあります」
「……何でしょう?」
「建国祝賀祭の夜会」
ローベルトの肩がびくりと震える。
「その日、先生は何を見たか。それだけを、お話しください」
「…………」
「嘘はいりません。真実だけを」
長い沈黙。
やがてローベルトは立ち上がり、深く頭を下げた。
「……私は」
声が震える。
「教師でありながら。妹を救うためなら、何でもするつもりでした。ですが……」
涙が、一滴落ちる。
「あなたは……その私まで救ってくださるのですね」
フランシスカは何も答えなかった。
ただ、優しく微笑む。
それだけで十分だった。
◇
公爵家への帰り道。
馬車の中でアルフレッドが尋ねる。
「お嬢様」
「はい」
「もし先生が裏切ったら?」
フランシスカは窓の外を見たまま答える。
「構わないわ」
「え?」
「人を助ける時に、見返りを期待したことはないもの」
アルフレッドは思わず笑った。
「……敵いません」
「でも」
フランシスカは小さく笑う。
「先生は裏切らない」
「どうしてそう言い切れるのです?」
その問いに。
フランシスカはゆっくり目を閉じた。
「先生は、悪人じゃないから。ただ、追い詰められていただけ」
◇
その夜、王立学園。
一人残ったローベルトは、机の引き出しを開けた。
中には封筒。
送り主の名はない。
ただ、一枚の紙だけが入っている。
──────────
断罪の日、証言していただきたい。
妹君の治療費は用意する。
──────────
王太子派から届いたものだった。
ローベルトは震える手で封筒を見つめる。
そして、静かに暖炉へ放り込んだ。
炎が全てを飲み込んでいく。
「私は……教師だ。」
小さく呟いたその声は、誰にも聞かれることはなかった。
◇
夜更け。
静寂に包まれたアルヴェイン公爵邸では、廊下に灯されたランプだけが柔らかな明かりを落としていた。
寝る前の身支度を整えていたフランシスカのもとへ、控えめなノックが響く。
「お嬢様」
「入りなさい」
アルフレッドが一礼し、一通の報告書を差し出した。
「港町レイヴンより急報でございます」
フランシスカは受け取ると、静かに目を通す。
──────────
港町レイヴン、倉庫街にて火災発生。
出火元はライヤナ商会所有の倉庫。
延焼により、隣接するベルフォード商会所有の倉庫も全焼。
ライヤナ商会はベルフォードの助言により商品を移送途中だった為、倉庫内に残っていた4分の1を焼失。
ベルフォード商会も商品の全てを事前に移送済みだったため、倉庫以外の損失は免れた。
──────────
読み終えたフランシスカは、静かに報告書を閉じた。
「……そう」
アルフレッドはわずかに微笑む。
「お嬢様のおっしゃった通りになりましたね」
「ええ」
「見事なご判断で」
「ありがとう、ベルフォード商会の倉庫は各地にあるけれど、レイヴンの倉庫が一番大きい。しかも、一番売れ筋の看板商品を保管している場所ですもの。それが失われてしまうのは惜しいでしょう?」
「ああ……」
アルフレッドは納得したように頷く。
「あの、インクを補充しない羽根ペンでございますね」
フランシスカの表情がふっと和らぐ。
「そう、私も愛用しているのよ。
書き心地はとても良いし、頼めば軸の装飾まで好みに合わせて仕立ててくださるの」
少し考えるように視線を上げる。
「そうだわ。今度、アルフレッドのお誕生日に贈ってあげる。持ち運びも便利だし、きっと役に立つわ」
「……お、お嬢様」
珍しくアルフレッドが動揺した。
「そのような高価なお品、滅相もございません。お気持ちだけで十分でございます」
フランシスカはくすりと笑う。
「私からの厚意は、気が変わらないうちにありがたく受け取っておきなさい?」
「ですが、お嬢様……これ以上は……」
「ふふ」
楽しそうに微笑みながら、人差し指を口元へ添える。
「誕生日、覚悟しておくのよ」
アルフレッドは困ったように肩を落とした。
「……承知いたしました。覚悟しておきます」
その返事に、フランシスカは満足そうに微笑む。
先ほどまで政治と商いの話をしていたとは思えないほ
お金は人を追い詰めますからねぇ、エインズ先生の妹さんもこれで救われると万々歳!
あとフランシスカの言う通りに火災が起きたのでベルフォード商会はフランシスカを全面的に信頼する事になりましたね、フランシスカ陣営が固まりつつあります
本作品はカクヨム、アルファポリスにて同時投稿をしております。
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