第4話 断罪まであと5日
「本日はお招きいただき、誠にありがとうございます」
伯爵家の庭園に、澄んだ声が響く。
色とりどりの薔薇が咲き誇る庭園には、王都でも名高い令嬢たちが集っていた。
主催は伯爵令嬢セレスティア・エーデル。
学園でも屈指の名門令嬢であり、礼法の模範と称えられる少女だ。
「フランシスカ様、お越しいただけて嬉しいです」
「こちらこそ、お招きいただき光栄ですわ」
優雅なカーテシー。
その一つ一つの所作に、一切の乱れはない。
それを見ていた令嬢たちは、小さく目を見合わせた。
(噂とは違う……)
(悪役令嬢とは思えない)
(いつもこんなに美しい方だったかしら?)
フランシスカはそんな視線にも気付いていた。
表情には出さない。
ただ静かに席へ着いた。
その時だった。
「殿下~!早く早く〜!」
明るい声と共に、一人の少女が庭園へ飛び込んできた。
シャーリー・ローズ。
その後ろには、当然のようにレナード王太子がいる。
招待されていたのは令嬢のみ。
事前の連絡もなく、王太子本人が姿を現したことで、参加者全員が驚きの表情を浮かべた。
すぐにその驚きは、戸惑いと呆れへと変わる。
「皆さん、お待たせしました!」
シャーリーは屈託なく笑うと、レナードの腕へ自然に抱きついた。
その瞬間、茶器を持つ令嬢たちの手がぴたりと止まる。
誰も何も言わない。
空気が変わった。
婚約者がいる男性へ、公衆の面前で腕を絡める。
平民ならまだしも、ここは貴族の社交の場。
決して褒められる振る舞いではない。
セレスティア伯爵令嬢が、穏やかな笑みを浮かべたまま口を開く。
「シャーリー様。その前に、一つよろしいでしょうか?」
「はい?」
「本日のお茶会は、令嬢方のみをご招待しております。王太子殿下がお越しになるのであれば、事前に一報いただくのが礼儀でございますわ」
別の令嬢も静かに続ける。
「護衛やお席の準備もございますもの。王族がお越しになるとなれば、お迎えする側も相応の支度が必要になりますわ。このような形で突然お迎えするのは、あまり前例がございません」
責める口調ではない。
しかし、誰の耳にもそれが社交界の常識を説いていることは明らかだった。
シャーリーはきょとんと目を丸くする。
「え?殿下は私と一緒だから、大丈夫だと思ってました。ね、殿下?」
「そうだな」
レナードもあっさり頷く。
「私が来るくらいで、そこまで気にする必要はないだろう」
その言葉に、令嬢たちは思わず息を呑んだ。
王族だからこそ、礼節を重んじるべきだというのに。
そんな中、一人だけ柔らかな笑みを崩さず口を開いた者がいた。
レナードの婚約者であるフランシスカだ。
「まあ、よろしいではありませんか」
穏やかな声音だった。
「きっと、お二人の周囲には、そのような礼儀をお教えくださる方がいらっしゃらなかったのでしょう。
存じ上げないのでしたら、これから覚えていけばよろしいだけですもの」
庭園の空気が、一瞬だけ凍りつく。
令嬢たちは視線を伏せ、扇子で口元を隠した。
あまりにも上品で、あまりにも鋭い皮肉。
誰もがその意味を理解した。
だが──
「そうそう!」
シャーリーは嬉しそうに何度も頷く。
「私、貴族のことってまだ全然分からなくて!」
レナードも苦笑しながら肩を竦めた。
「確かに、細かい作法など私はあまり気にしたことがないからな」
「ほら、やっぱり!」
シャーリーが満面の笑みを浮かべる。
フランシスカは一瞬だけ目を瞬かせた。
そして、にこりと微笑む。
「……そうでございましたか」
それ以上は何も言わなかった。
言わずとも、この場にいる令嬢たち全員が理解していたからである。
王太子と、その隣に立つ少女。
二人は、皮肉すら皮肉として受け取れないほど、社交界の常識からかけ離れているのだと。
「それとシャーリー様」
セレスティアは負けじと声をかける。
より良くして貰いたいが為の言葉だ。
「はい?」
「その……殿下とは、少し距離を置かれた方がよろしいかと」
シャーリーは首を傾げた。
「どうしてですか?」
「殿下は婚約者がおられますから」
「でも、好きな人と一緒にいるのって普通ですよね?」
その一言で庭園から音が消えた。
令嬢たちは顔を見合わせる。
誰も返事ができない。
セレスティアが困ったように微笑む。
「もちろん、お慕いするお気持ちは自由です。ですが、それと礼節は別のお話ですわ」
「礼節?」
「ええ。王族のお立場は、ご本人だけのものではございません。王家全体の品位にも関わります」
リリアは困ったように笑った。
「難しいことはよく分かりません。好きなら一緒にいたいだけなんです。恋って、自由じゃないですか」
また沈黙。
今度は少し長かった。
フランシスカは静かに紅茶へ口をつける。
一言も発さない。
(まだ)
まだ自分が話す場面ではない。
セレスティアの隣に座るガラテア侯爵令嬢のソフィアが優しく声を掛ける。
「シャーリー様。もしよろしければ、私どもと一緒に礼法を学びませんか?今後のためにも学園でも作法の先生をご紹介できますわ。学んで損はありませんもの」
「えぇ?」
シャーリーは露骨に顔をしかめた。
「お勉強ばっかりじゃつまらないですよ、そんな堅苦しいの嫌です。殿下もそう思いますよね?」
突然話を振られたレナードは笑う。
「ああ、シャーリーはそのままでいい。貴族らしく染まる必要なんてない」
その言葉に令嬢たちは静かに目を伏せた。
誰も反論しない。
反論する価値すら感じなくなったのだ。
その空気を感じ取ったのか、セレスティアが話題を変える。
「来月は王妃殿下主催の慈善茶会があります。皆様、ご参加なさいますか?」
「もちろんですわ」
「ええ」
「とても楽しみにしておりますの」
次々に返事が上がる。
セレスティアがシャーリーを見る。
「シャーリー様はいかがでしょう?」
「えっと……」
シャーリーは悪びれもなく笑った。
「その日は殿下と街へ遊びに行く約束なので!慈善活動より、そっちが楽しそうです!」
静寂。
風だけが薔薇を揺らした。
その時、フランシスカが口を開く。
「皆様」
柔らかな声だった。
「シャーリー様は、平民として育ってこられました。私たちとは学ぶ機会が違っただけですわ。どうか責めないで差し上げてください」
令嬢たちは驚いたようにフランシスカを見る。
彼女なら、婚約者を奪われた立場なら、ここで責めても誰も咎めない。
それなのに、庇った。
シャーリーも一瞬驚いたように目を丸くした。
しかしすぐに嬉しそうに笑う。
「そうなんですよ!だから私、こういう堅苦しいの苦手なんです!勉強とかマナーとか面倒で!殿下も、そんな私が好きって言ってくれて!」
レナードも誇らしげに頷く。
「その通りだ。古いしきたりに縛られる必要などない」
その瞬間だった、セレスティアが、そっとティーカップを置く。
「……そうですか」
その笑顔は、先ほどまでとは少し違っていた。
穏やかで、そして、どこか遠い。
「では、これ以上申し上げることはございません」
それだけ言って、彼女は話題を庭園の花へ移した。
もう誰も、シャーリーへ礼法を勧めることはなかった。
◇
茶会が終わり、夕暮れ。
馬車へ乗り込むフランシスカへ、セレスティアが駆け寄ってくる。
「フランシスカ嬢」
「はい?」
セレスティアは深く頭を下げた。
「……申し訳ございませんでした」
「何のお話でしょう?」
「私たち……」
少しだけ唇を噛む。
「学園で流れていた噂を、どこか信じてしまっていました。あなたがシャーリー様をいじめている、と」
フランシスカは穏やかに微笑んだ。
「噂とは、そのようなものですわ。どうかお気になさらないでください」
「ですが……」
「もし本当に私が噂通りの悪い人間でしたら」
フランシスカは小さく肩をすくめる。
「今日のお茶会が起こる前に手を打っておりましたわ。そうでしょう?」
セレスティアは目を見開いてから言っていることを理解し、思わず笑ってしまう。
「……敵いませんわ」
「いいえ、私はただお茶を楽しみに来ただけですもの」
夕日に照らされるその笑顔は、どこまでも穏やかだった。
セレスティアは、その後ろ姿を見送りながら静かに呟く。
「悪役令嬢……一体、誰がそんな噂を流したのでしょうね」
◇
同じ頃、王城。
王妃の前に跪く一人の影が、淡々と報告を終える。
「以上がお茶会での一部始終にございます」
王妃ヘレナは、しばらく目を閉じたままだった。
「……そう」
やがて静かに口を開く。
「フランシスカ嬢は、一度もシャーリーを責めなかったのですね」
「はい」
「むしろ終始、場が荒れぬよう取り計らっておりました」
王妃は窓の外へ視線を向ける。
沈みゆく夕日が、王都を赤く染めていた。
「レナード……あなたは本当に、大切なものを見誤っているのですね……」
その呟きは、誰の耳にも届くことはなかった。
フランシスカ公爵令嬢、セレスティア伯爵令嬢、ロディーナ侯爵令嬢、美女3人組です。
そんな美女達が集まる場にのこのこ現れるアホ王太子。
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