第3話 断罪まであと6日
「ようこそお越しくださいました、公爵令嬢殿」
王都最大の商会『ベルフォード商会』。
会頭グレゴールが深々と頭を下げる。
「本日はどのようなご用件で?」
フランシスカは席へ着くなり、一枚の地図を机へ広げた。
「港町レイヴン」
「……レイヴン、ですか?」
グレゴールが身を乗り出す。
地図の上には倉庫街が細かく描かれており、フランシスカの指先が海沿いの一角を静かになぞった。
「こちらが、ベルフォード商会の倉庫」
「はい」
「そして、その隣がライヤナ商会の倉庫ですね」
「その通りですが……」
フランシスカは視線を上げる。
「グレゴール様。レイヴンの倉庫街では、夜間に煙草の横流しが行われているという話をご存じですか?」
グレゴールの表情がわずかに変わる。
「……どこで、その話を」
「耳にしただけです」
穏やかな笑みを崩さない。
「もっとも、違法な煙草そのものではございません。ですが、人目につきにくい場所で受け渡しが行われるため、荷の確認を待つ間に喫煙する者も少なくないとか」
グレゴールはゆっくりと頷いた。
「確かに、そのような噂はございます。取り締まりを求める声もありますが、港の管轄ですので、私どもの口出しできることではありません」
「ええ」
フランシスカも頷く。
「ですから、取り締まりについて申し上げるつもりはございません。私がお伝えしたいのは、その先です」
地図の一か所を、指先で軽く叩く。
「ライヤナ商会の倉庫は木造建築」
「はい」
「港町でも最も古い倉庫の一つでございます。もし……」
フランシスカは静かな口調で続ける。
「煙草の不始末が一度でも起これば、火は一気に燃え広がります」
グレゴールは息を呑んだ。
「そして、その隣には──」
「我が商会の倉庫……」
「そうです」
フランシスカは静かに頷く。
「ベルフォード商会は各地に倉庫を所有されています。ですが、レイヴンの倉庫は別格です。国内最大規模。さらに、一番の売れ筋である看板商品を集中して保管しておられる」
「ええ、その通りです」
「だからこそ」
フランシスカは真っ直ぐグレゴールを見据えた。
「私は、それを失ってほしくありません」
部屋が静まり返る。
「在庫の大半を、内陸の倉庫へ移してください。全部ではなくても構いません。少なくとも、看板商品だけは必ず」
グレゴールは腕を組む。
「ですが、それほど大掛かりな移送となれば費用もかかります。何も起きなければ、大きな損失です。」
「承知しております」
フランシスカは穏やかに微笑んだ。
「ですから、これは忠告です。信じるかどうかは、グレゴール様にお任せいたします」
そう言うと、一枚の契約書を差し出した。
「もし移送によって損失が出た場合、その負担は私が負います。ですが、危険を回避できたなら。今後の事業への投資を、私にもお任せください」
グレゴールは契約書とフランシスカの顔を何度も見比べた。
この令嬢は、未来を知っているわけではない。
そう思いたい。
しかし、その説明はあまりにも筋が通っていた。
煙草の横流し。
木造倉庫。
海風。
そして、隣接する自社の倉庫。
どれか一つなら偶然だ。
だが、すべてが重なれば、それは偶然では済まされない。
(……この方は)
未来を予言しているのではない。
起こり得る危険を、誰よりも早く見抜いている。
グレゴールはゆっくりと契約書を手に取った。
「分かりました。公爵令嬢様のお言葉、信じましょう」
その決断が、2日後にベルフォード商会を救うことになるとは、この時の彼はまだ知る由もなかった。
◇
屋敷へ戻る馬車。
アルフレッドが小さく尋ねる。
「本当によろしいのですか?」
「何が?」
「火災の件です。もし外れれば……」
フランシスカは小さく笑う。
「外れないわ」
「……」
「だから投資するの」
未来を知るということは。
未来へ投資できるということ。
これは賭けではない。
確定利益。
「商会はこれで貸し一つ」
フランシスカは手帳を開く。
細かな文字で予定が並んでいた。
──王妃 済
──執事 済
──商会 済
その横へ綺麗な丸を書き込む。
「次は教会。その次は司法卿。夕方には騎士団長へ手紙。今日は忙しいよわよ」
アルフレッドはその手帳を見て、思わず苦笑した。
「まるで…戦の作戦書ですね」
「ええ」
フランシスカは窓の外を見つめた。
「実際、戦争よ。剣は抜かないけれどね」
◇
一方、その夜。
王城。
国王の執務室へ、一人の影が跪いていた。
「報告いたします」
「申せ」
「本日、公爵令嬢。ベルフォード商会へ多額の投資。教会へ寄付。司法卿へ面会。さらに孤児院へ匿名で薬品を寄贈しております」
国王は腕を組む。
「……ふむ、どう見る?」
王が尋ねる。
影は少し考えてから答えた。
「人脈を作っております。露骨なほどに」
「見返りは?」
「要求しておりません。借りだけを作っています」
国王は思わず笑った。
「末恐ろしいな、17歳の娘とは思えん」
王妃も静かに頷く。
「だからこそ、レナードとの差が、あまりにも……」
そこまで言って口を閉ざした。
王として、母として。
その差を認めることが、どれほど辛いか。
誰よりも分かっていた。
◇
同じ頃。
王太子はまだ知らない。
自分が失っているものを。
商会。
教会。
司法。
王妃。
国王。
そして、貴族たちの信頼。
それらは誰にも見えないまま、一つ、また一つと、静かにフランシスカの側へ集まり始めていた。
グレゴールはちゃんと人を見るタイプの誠実な商会会頭さん。
人気商品はフランシスカも愛用しているものがいっぱいなので、無くすのは惜しいのでここで救えるなら救っちゃおうって魂胆です。
本作品はカクヨム、アルファポリスにて同時投稿をしております。
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