第11話 7日間の答え
王城、大広間。
フランシスカの言葉が終わると、広間は水を打ったように静まり返っていた。
誰一人として口を開けない。
貴族たちは皆、理解してしまったのだ。
目の前の公爵令嬢は、王太子が思い描くような”悪役令嬢”ではない。
その気になれば相手を社会的に葬るだけの知恵も、人脈も、権力も持っている。
それでも彼女は、一度たりともそれを振るわなかった。
その沈黙を破ったのは、玉座から立ち上がった国王アウグストだった。
「──もう十分である」
低く、よく通る声が大広間に響く。
「陛下……!」
レナードが振り向く。
国王は玉座からゆっくりと降り、一歩一歩、中央へ歩み寄った。
その姿には王としての威厳が満ちている。
「レナード」
「はい……!」
「お前は先ほど、『シャーリーが泣いた』と言ったな」
「……はい」
「ならば問おう」
国王の鋭い眼差しが王太子を射抜く。
「泣いた者が正しいのか?」
「……」
「声の大きい者が正しいのか?」
「……」
「否」
その一言だけで、場の空気が凍りつく。
「王とは、貴族とは、感情で人を裁く者ではない。証拠と事実をもって裁く者だ」
国王はゆっくりと広間を見渡した。
「本日、この場で証言した者たちは皆、自らの利益を捨てて真実を語った。教師、商人、司祭、伯爵令嬢。誰一人として、カルメネール公爵令嬢の罪を証明できなかった」
国王は静かにフランシスカを見つめる。
「むしろ、その人格と功績を証明する結果となった」
ざわり、と広間が揺れる。
「よって、フランシスカ・カルメネール公爵令嬢への一切の嫌疑を棄却する。
また、1週間前に提出されていた婚約見直しの願いは、王家とカルメネール公爵家の合意により正式に受理されている。
これにより、王太子レナード・フォン・アルフォードとフランシスカ・カルメネールとの婚約は、本日をもって円満に解消されたものとする」
その宣言に、貴族たちからどよめきが起こった。
「1週間前……?」
「では、この断罪劇そのものが……」
「すでに意味を失っていたのか」
レナードは呆然と国王を見つめる。
「父上……」
国王は厳しい表情のまま続けた。
「レナードお前はフランシスカ嬢が、お前との婚約に執着していると思っていたのだろう」
「ですが違います」
今度は王妃ヘレナが前へ出る。
「フランシスカ嬢は最後まで、王家の名誉を守ろうとしていました。婚約を破棄してほしいとは一度も申しませんでした。
望んだのは、互いの将来を見据えた見直し。誰も傷つけず、誰の名誉も損なわない終わり方でした」
王妃は優しく微笑み、フランシスカへ頭を下げる。
「その誠実さに、王家を代表して感謝いたします」
王妃が一令嬢へ頭を下げた。
その光景に、大広間は騒然となる。
フランシスカは慌てて一礼する。
「もったいないお言葉でございます」
国王は静かに頷く。
「そして、ここにいる皆へ告げる。カルメネール公爵家は、これまでと変わらず王国の柱石である。
今後、この件を理由にフランシスカ嬢及び公爵家の名誉を傷つける者があれば、それは王家への侮辱とみなす」
その一言で、すべてが決まった。
フランシスカは、完全に名誉を回復したのだ。
その時だった。
静かな足音が広間に響く。
コツ。
コツ。
コツ。
王弟ヴァルデマールが、ゆっくりとフランシスカの前へ歩み出た。
「ヴァル?」
国王が少し驚いたように弟を見る。
ヴァルデマールは穏やかに微笑み、フランシスカへ向き直った。
「フランシスカ嬢」
「はい」
「先ほど、あなたは仰いました。『私は、誰かの人生を壊すために学んできたのではない。守るために学んできたのです。』と」
「……はい」
「私は、その言葉に心を打たれました」
ヴァルデマールは深く息を吸う。
「外交の場で、私は数え切れないほどの権力者を見てきました。力を誇る者、力を恐れる者、力を振りかざす者。ですが、あなたは違った」
その瞳には、真っ直ぐな敬意が宿っていた。
「あなたは、振るえる力があるからこそ、振るわなかった。その凛とした姿に、私は心を奪われました」
広間が静まり返る。
ヴァルデマールはゆっくりと片膝をついた。
「ヴァル、デマール様……?」
フランシスカが目を丸くする。
「兄上」
ヴァルデマールは国王を見上げる。
「一つ、お許しをいただきたい」
国王は口元を緩めた。
「申してみよ」
ヴァルデマールは再びフランシスカへ向き直る。
「フランシスカ・カルメネール殿」
「はい」
「断罪の最中……いえ、貴女と出会ってから、私は一つの決意をいたしました。貴女のような方を、一人で戦わせてはならないと」
フランシスカの瞳が揺れる。
「私は、王位継承権を放棄しております。ですが、この国を愛する心は、兄上にも誰にも負けません。そして、貴女もまた、この国を誰よりも愛している」
ヴァルデマールは右手を差し出した。
「どうか私と共に、この国の未来を歩んでいただけませんか?私の伴侶として、私の生涯ただ一人の人として」
広間が息を呑む。
フランシスカの頭は真っ白だった。
(え……?これ、ゲームになかった…どういうこと!?)
7日前。
断罪を回避することしか考えていなかった。
恋愛なんて、二度としないと思っていた。
それなのに目の前には、自分を一人の人間として尊敬し、隣を歩きたいと言ってくれる人がいる。
その優しい眼差しを見た瞬間。
張り詰めていたものが、ふっとほどけた。
涙が一筋、頬を伝う。
「……ずるいです」
小さく笑う。
「そんなことを言われたら……」
ヴァルデマールは優しく微笑む。
「返事は急ぎません。あなたの心が決まるまで、私は何年でも待ちます」
その言葉に、フランシスカはくすりと笑った。
「そんなに待たせるつもりはありませんわ」
ヴァルデマールの目が少しだけ見開かれる。
フランシスカは恥ずかしそうに頬を染めながら、そっとその手に自分の手を重ねた。
「……不束者ですが。どうぞ、よろしくお願いいたします」
その瞬間、広間は大きな拍手と歓声に包まれた。
国王は豪快に笑い、王妃は目元をハンカチで押さえる。
セレスティアたちは満面の笑みを浮かべ、マリアは「お嬢様ぁ……!」と感極まって泣いていた。
一方、レナードはその光景を見つめながら、静かに目を閉じた。
ようやく理解したのだ。
自分が失ったものの大きさを。
だが、それはもう取り戻せない。
だからこそ彼は、王太子として歩み直すことを心に誓う。
その決意を見たフランシスカは、ほんの一瞬だけ穏やかに微笑んだ。
それは過去への未練ではない。
未来へ進もうとする者への、静かな餞の微笑みだった。
こうして、7日間に及ぶ”悪役令嬢断罪回避計画”は幕を閉じた。
復讐のために始めた7日間は、いつしか多くの人の未来を救う7日間へと変わっていた。
そして、その7日間の先でフランシスカが手に入れたものは──
勝利でも、権力でもない。
「あなたは一人ではない」と、隣で手を取ってくれる人だった。
ついに決着!!
そして!ヴァルデマールの告白!
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