エピローグ RTAのその後
この一年で、王国は大きく変わった。
建国記念祝賀会での断罪劇は、社交界に大きな衝撃を与えた。
証拠もなく公爵令嬢を断罪しようとした責任は重く、レナード・フォン・アルフォードは王位継承権第一位の座を返上。
王太子の地位も解かれ、一から王族教育を学び直すこととなった。
それは罪人として裁かれたわけではない。
王として国を導く資格を、改めて学び直すための処分だった。
国王はその裁定を下すと同時に、こう宣言した。
「今後の働きと、民そして貴族たちからの信頼を取り戻した暁には、改めて王位継承権を審議する」
その言葉に、貴族たちからは反対の声も上がった。
「処分が甘すぎる」
「王家だからこその温情ではないか」
そんな意見が相次いだという。
だが、その場で静かに立ち上がった人物がいた。
フランシスカ・カルメネールである。
「私は、陛下のご裁定に異論ございません」
その一言に、会議の場は静まり返った。
「レナード殿下は、確かに大きな過ちを犯されました。ですが、過ちを犯した者から未来までも奪うことが、正しい裁きだとは私は思いません。
罪を償い、学び直し、その先で信頼を取り戻せるかどうかは、ご本人の努力次第。
それこそが、この国の未来にとって最善だと信じております。」
最も傷つけられた当事者が、その裁定を受け入れた。
その事実を前に、反対していた貴族たちも、それ以上異を唱えることはなかったという。
一方、シャーリー・ローズは社交界から姿を消し、実家へ戻った。
今は家族とともに領地で静かに暮らしていると伝えられている。
◇
「ヴァルデマール殿下、お待ちください!」
役人が大量の書類を抱えて追い掛ける。
「まだ決裁が──」
「午後で構わない」
ヴァルデマールは軽く手を振った。
「今日は先約がある」
役人は苦笑する。
「またカルメネール公爵令嬢ですか?」
「当然だ」
その返事はあまりにも迷いがなかった。
◇
カルメネール公爵領。
孤児院。
「フランシスカお姉ちゃん!」
子どもたちが駆け寄る。
「今日はセレスティアお姉ちゃん来る?」
フランシスカが笑う。
「もうすぐ来るわ」
「誰がお姉ちゃんだって?」
ヴァルデマールが首を傾げる。
子どもたちは一斉に彼を指差した。
「違う!」
「ヴァルデマールお兄ちゃん!」
「未来のお兄ちゃん!」
ヴァルデマールは思わず笑った。
「これは一本取られた」
フランシスカも肩を震わせて笑う。
この一年でヴァルデマールは子どもたちともすっかり仲良くなっていた。
◇
夕方。
孤児院の帰り道。
2人は馬車ではなく、並んで歩いていた。
夕焼けが石畳を赤く染める。
「今日は楽しかったですね」
「そうだな」
少しだけ沈黙。
ヴァルデマールが珍しく言葉を探している。
「……フラン」
「はい?」
「一年前。私は返事は急がなくていいと言った」
「ええ」
「君もそんなに待たせるつもりはない、と言ってくれた」
フランシスカは少し恥ずかしそうに笑う。
「はい……言いましたね」
ヴァルデマールは立ち止まる。
少し照れくさそうに頭を掻いた。
外交ではどんな王侯貴族とも堂々と渡り合う男が、今だけは妙にぎこちない。
「だから……その、そろそろ」
深呼吸を一つ。
「入籍しないか?」
一瞬。
風だけが通り過ぎた。
フランシスカはぽかんとしている。
「……え」
「婚約して一年だ。互いの考え方も、仕事ぶりも、癖も、好きな食べ物も、寝不足になると甘い物が欲しくなることも、全部知った。だから……」
ヴァルデマールは照れ笑いを浮かべる。
「私は、もう待てない」
「……っ」
フランシスカの頬が一気に赤く染まる。
「そんな……そんな真面目なお顔で、言われたら……」
ヴァルデマールは少し焦る。
「嫌だったか?」
「違います!」
即答だった。
「違いますけど!心の準備というものが……!」
「一年あったぞ?」
「それとこれとは別です!」
ヴァルデマールは思わず笑う。
「ははは、君は本当に可愛いな」
「も、もう……!」
顔を真っ赤にして俯くフランシスカ
しばらくして、そっとヴァルデマールの袖を掴んだ。
「……お……お願い、します」
「え?」
「私と」
勇気を振り絞るように顔を上げる。
「家族になってください」
その瞬間ヴァルデマールは優しく彼女を抱き寄せた。
「こちらこそ、これから先もずっと隣にいてくれ」
「はい」
フランシスカは幸せそうに微笑んだ。
数か月後。
王都中の鐘が鳴り響く。
王弟ヴァルデマール・フォン・アルフォード。
そしてカルメネール公爵令嬢フランシスカ・カルメネール。
二人の結婚式は、王族や貴族だけでなく、平民たちまでもが沿道を埋め尽くすほど盛大な祝福を受けた。
「あっ!」
花束を抱えた子どもが声を上げる。
「フランシスカお姉ちゃん!」
「お幸せにー!」
「ヴァルデマールお兄ちゃんもー!」
二人は顔を見合わせて笑った。
王族と公爵令嬢ではなく。
肩書きを越えて、多くの人に愛される二人。
それこそが、7日間で築き上げた本当の財産だった。
その夜。
新しい屋敷。
フランシスカは机の引き出しから、一冊の革手帳を取り出す。
そこには、1年前の自分が記した予定が並んでいた。
断罪まで7日
王妃への謁見
商会との提携
教師を救う
教会への寄付
婚約見直し
断罪回避
名誉回復
フランシスカは羽ペンを取り、静かに最後の一行を書き足した。
──生き延びて幸せになる
その文字を見て、小さく笑う。
「これで、本当に終わり」
すると背後から、ヴァルデマールがそっと覗き込む。
「いや、まだ終わっていない」
「え?」
ヴァルデマールはいたずらっぽく笑った。
「これからは、二人で新しい人生を始めよう」
「新しい……?」
「幸せな家庭を作る人生だ」
フランシスカは思わず吹き出した。
「もう、ヴァルったら」
二人の笑い声が、春の夜に優しく溶けていく。
7日間で運命を書き換えた悪役令嬢。
その物語は終わった。
けれど──
二人の人生という、本当の物語は、ここから始まる。
これにて完結!
みんな幸せになった!と、思う!
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