第10話 真実を語る者
王城、大広間。
「証人、前へ」
レナードの号令に従い、一人の男が中央へ歩み出る。
王立学園教師。
ローベルト・エインズ。
「エインズ先生」
レナードは勝利を確信したように微笑んだ。
「貴方は見ましたね?フランシスカがシャーリーへ危害を加えるところを」
会場中の視線が集まる。
静寂。
ローベルトはゆっくりと顔を上げた。
その視線は、王太子ではなく──
玉座の国王へ向いていた。
「陛下、発言をお許しいただけますでしょうか」
「許す」
国王は短く答える。
ローベルトは深く一礼した。
そして震える声で口を開く。
「私は……この場で、カルメネール公爵の令嬢、フランシスカ・カルメネール公爵令嬢に不利な証言をするよう依頼を受けておりました」
その瞬間、会場がざわめいた。
「なっ……!」
レナードが目を見開く。
「エインズ!」
しかし教師は続ける。
「私は妹の治療費に困っておりました。その弱みにつけ込まれ、もし証言すれば、援助すると」
ローベルトはゆっくりとフランシスカを見る。
「ですが、フランシスカ公爵令嬢は、事情を何も聞かず、ただ妹を救ってくださいました。見返りなど、一切求めなかったんです」
拳を強く握る。
「私は、教師です。教え子を陥れる嘘など、二度と口にはできません」
深々と頭を下げる。
「私が見た真実を申し上げます」
会場が静まり返る。
「階段で転倒されたのは、シャーリー様ご自身です。フランシスカ公爵令嬢は、転ばれたシャーリー様へ駆け寄ろうとなさいました。危害など、一切加えておりません」
沈黙。
誰も声を出せなかった。
レナードは拳を震わせる。
「……貴様!裏切ったな!」
ローベルトは静かに首を振る。
「違います。ようやく、教師へ戻れただけです」
「ふざけるな!」
レナードは怒鳴る。
「証人は他にもいる!ベルフォード商会会頭!」
グレゴール・ベルフォードが姿を現した。
「会頭」
レナードは安堵したように笑う。
「公爵家の財政は悪化しているな?だから婚約維持のため、不正を──」
「いいえ」
即答だった。
「ありません」
「なっ!」
グレゴールは国王へ向き直る。
「陛下、私は商人です。数字だけを見ます。カルメネール公爵領は、この5年で税収が1割5分増。孤児院支援。街道整備。治水工事。いずれも適切です」
一枚の帳簿を掲げる。
「不正会計は一件も確認できません」
商人らしい鋭い目でレナードを見る。
「むしろ、公爵令嬢の提案により、我が商会は港町の火災被害を最小限に抑えることができました」
会場がざわめく。
「なんと……」
「未来を見越していたのか?」
「偶然ではあるまい」
グレゴールは静かに続ける。
「商人は利益だけでは動きません。信用で動きます。フランシスカ公爵令嬢は。地理やその地に住む人々の生活を見て危険を察知し、できる限りの手を尽くして我々に事前に危険を知らせてくださいました。とても信用できるお方です」
「ま、まだだ!」
レナードは叫ぶ。
「教会はどうだ!」
白い法衣を纏った司祭が歩み出る。
「司祭」
「フランシスカは王家の名を使い、教会を私物化していたな!」
司祭は穏やかに微笑む。
「いいえ、むしろ逆です。フランシスカ公爵令嬢殿は。寄付金へご自身のお名前を一度も記されませんでした。全て匿名、救われた子供たちは、恩人のお名前すら知りません」
司祭は静かに目を伏せる。
「善行を誇らぬ方を、私どもは悪人とは呼べません」
空気が変わる。
誰の目にも分かった。
先ほどまで優勢だった王太子が。
少しずつ。
追い詰められていく。
ヴァルデマールは、その様子を静かに見つめていた。
(なるほど、これが彼女の戦いか)
一度も。
「私を信じてください」
とは言わなかった。
助けた人々が、自らここへ来て、自ら真実を話している。
ヴァルデマールは思わず笑みを漏らす。
「兄上」
「何だ」
「フランシスカ嬢は……」
少し間を置く。
「王国へ投資していたのですね」
国王も静かに頷く。
「ああ、金ではなく。人へ、だ」
その時だった。
「……まだ終わっていません」
小さな声。
シャーリーだった。
涙を浮かべながら、一歩前へ出る。
「私は怖かったんです。フランシスカ様に嫌われて……だから……」
その言葉を聞いた瞬間。
貴族席から、一人の令嬢が立ち上がった。
セレスティア・エーデル伯爵令嬢。
「恐れながら、陛下。私にも発言の機会をいただけますでしょうか」
国王はゆっくりと頷く。
「許す」
セレスティアはフランシスカを見つめる。
そして、シャーリーへ視線を移した。
その瞳には、怒りではなく──深い悲しみが宿っていた。
「シャーリー様。私は、何度も貴女へ手を差し伸べました。礼法も、社交も、王太子妃として必要なことを、ご一緒に学びませんか?と。ですが貴女は、『恋ができればそれでいい』と仰いました」
会場が静まり返る。
「フランシスカ様は、一度も貴女を悪く言いませんでした。それでも貴女は、フランシスカ様を恐ろしい人だと語り続けた」
セレスティアは静かに一礼する。
「私には、どちらが他者を傷つけたのか……もう分かりません」
シャーリーの肩が小さく震えた。
涙が一筋、頬を伝う。
それは悔しさか、悲しさか、それとも初めて自分の行動を省みた涙なのか。
まだ誰にも分からない。
王太子レナードは、なおもフランシスカを指差した。
「まだ言い逃れをするつもりか!シャーリーは、お前に怯えていた!それでも、お前は虐めていないと言うのか!」
静まり返る大広間。
これまで一言も反論しなかったフランシスカが、ゆっくりと一歩前へ出た。
「……発言を、お許しいただけますでしょうか」
国王は静かに頷く。
「許す」
フランシスカは優雅に一礼し、レナードへ向き直った。
「殿下。一つ、お尋ねしてもよろしいでしょうか」
「……何だ」
「誰が、草むらから突然飛び出した野うさぎを虐げようなどと思うのでしょう?」
「……は?」
広間に小さなざわめきが広がる。
シャーリーが目をぱちぱちと瞬かせた。
「の……野うさぎ……?」
貴族席のあちこちから、思わず吹き出す声が漏れる。
フランシスカは気にも留めず続けた。
「ええ。名も告げず、身分も明かさず、王太子殿下のお近くへ飛び出されたあの日の貴女は、まさに野うさぎのようでしたわ。
本来であれば……近衛騎士が剣を抜いても、誰も責められなかったでしょう」
シャーリーの顔がみるみる青ざめる。
「え……そんな……」
「ですが」
フランシスカは少しだけ微笑む。
「謝罪をなさり、敵意も見えませんでした。だから皆様も胸を撫で下ろしたのです。それを」
フランシスカは首を傾げた。
「何故、私が虐めなければならないのでしょう?
本来なら、2人で『危ないことでしたね』と笑い合い、その愛らしい野うさぎを愛でる場面ではありませんか」
「だから愛でていただろう!」
レナードが声を荒らげる。
フランシスカは淡々と返した。
「殿下がおひとりで、ですわ。私は愛でた覚えがございません。
私が何か申し上げようとしても、その都度、殿下は話を遮られましたもの」
貴族席から、小さな笑いが漏れる。
レナードの頬が赤く染まった。
シャーリーが涙目で言う。
「だって……フランシスカ様のお話し方、怖くて……それで……レナードさまぁ……」
レナードがシャーリーの肩を抱こうとした、その時。
フランシスカが軽くため息をついた。
「お二人の世界へ水を差すようで恐縮ですが」
広間が静まり返る。
「もし、私が本当にシャーリー様を排除したいと考えていたのであれば」
その声音は穏やかなままだった。
だからこそ恐ろしい。
「私は、もっと効果的で現実的な別の方法を選びます」
「……別の?」
「ええ、例えば……野うさぎ様のお父様のお勤め先を、王都から最も遠い辺境へ異動していただいて。
それから、お母様がお勤めのお店を商会を通じて買い取る。
そして、弟妹がおられるのでしたら、支援が打ち切られることもあるでしょうね?」
シャーリーは震え始めた。
「そ……そんな……」
「そして、貴女だけが王都へ残る。それが、本当の孤独ですわ」
大広間が静まり返る。
誰も口を挟めない。
「なっ!」
レナードが怒鳴る。
「それでは、お前がシャーリーを虐めていた証拠ではないか!」
フランシスカは静かに首を振った。
「ああ……やはり、お分かりになりませんのね」
その一言だけで、広間の空気が変わる。
「私は『できる』と申し上げました。『やった』とは、一言も申し上げておりません」
レナードは言葉に詰まる。
フランシスカは続ける。
「私は、誰かの人生を壊すために学んできたのではありません。守るために学んできたのです」
そして静かに王太子を見つめる。
「殿下は仰いました。『私が周囲を孤立させた』と。ですが、私が退けたのでしょうか?
違います。
皆様が、ご自身の意思で殿下から離れていかれたのです。私は、ただ、人との約束を守り続けただけ」
◇
この瞬間ヴァルデマールは息を呑んだ。
(……なんという人だ)
目の前の少女は、敵を追い詰めながら。
一度も敵を嘲笑わない。
振るえる力を誇示しながら。
最後まで振るおうとはしない。
その凛とした立ち姿から、ヴァルデマールは目を離せなかった。
胸の奥で、何かが静かに音を立てる。
(私はきっと──出会った時から、彼女に心を奪われたのだろう)
どんどんレナードの手札が無くなって行きますねぇ!
そしてフランシスカの手札が増えていく!
そしてヴァルデマールの心がどんどん惹かれて行きますねぇ!
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