8.ポストマン
城門の悲鳴に何事かと駆けつけてみれば、ハイジが腰を抜かしていた。村長の孫娘だ。
その前で慌てた様子のスケルトンを見て、大体の状況は察した。
出迎えのスケルトンを見てびっくりしたんだろう。無理もない。
俺もレイスを初めて見た時、心臓が止まるかと思ったし。
なお、城門の両脇に立った動く鎧はハイジを脅威だと思わなかったのか微動だにしていなかった。
彼らが動いたらハイジはどんな反応をするだろうか。
「あー、どうやら城の者が驚かせたようですまないな」
「骸骨……! 骸骨が!」
どうやらこの世界でも骨が勝手に動き回るのは一般的ではないらしい。
声の出ない口でカタカタとこちらに訴えかけているスケルトンが不憫になって、そっと肩に手を置く。
仕方ない。君、恐いんだ。
ハイジが連れて来たらしいロバは、手綱を引っ張られて迷惑そうな顔をしている。
背中に満載された荷物を見ると、昨日言っていた食料を持ってきてくれたのだろう。
立ち話も何だが……今のハイジを城に入れたら気絶しそうだ。
城の中では絶賛不死者たちが徘徊中。みんな楽しく廃城の復旧作業を行っている。
仕方ないのでスケルトンを帰して落ち着くまで待つしかないか。
「あー、とりあえず、ああ見えて悪い骨じゃないんだ」
村娘、といった風情のハイジだが、村長の娘、というだけあって身だしなみは整っているように思えた。
刺繡の入った赤いワンピースに汚れのない前掛け。頭には頭巾。明るい栗色の髪は三つ編みにされている。
陽に当たって仕事をしているのだろう。頬にはそばかすが浮いているが、それもまた健康的に見えた。
そのうち、ゆっくりと歩いてきた白も合流した。俺の後ろに半ば隠れるようにして、ハイジの方へ顔を出している。
ハイジも、白の姿を見て少し落ち着いたようだ。むしろ少し呆けているようにも見えるが。
「あなたは……?」
「白。私の事は気にしないで」
端的な白の言葉にハイジも反応に困ったようだが、飲み込んだのが見えた。仕方ない。白は白だし。
白を見て呆ける気持ちもわかる。そこに存在しているのが嘘みたいな雰囲気をしているから。
「その、昨日言ってた食材などを持ってきたのですけれど……」
「ありがとう、助かるよ」
「いえ、そんな。魔物も倒してもらいましたから」
一度恐い思いをしてまだ少し動転しているのか、少し砕けた口調になったハイジだったけれど、むしろその方がありがたい。
ロバの背に乗せられた荷物を受け取っていく。麻袋に詰められた野菜や麦、豆などの保存の効くもの。
ミルクや、ハムかベーコンかという加工肉もある。それにいくらかの卵など。
中世の食卓というものにはそこまで詳しくはないのだけれど、田舎の農村にしては贅沢なものではないのだろうか。
この城で食事をするのは、いまのところ俺と白の二人だから、しばらくは困らなさそう。
「何か、村としては俺にやってほしいこととかないのかな」
もらってばかりというのも気持ちがよくない。というか、今の所、村の食料が生命線なのだ。良い関係を維持していきたい。
こういうのはやっぱりギブアンドテイク、というやつだろう。
お互いに得があれば、簡単に切ることはできないという打算。
「ええっと」
ハイジがとても困った様子を見せる。その困惑の様子を見ていると、思い出すことがあった。
取引先を前にして、自分の権限がない状態。勝手に決めていいものか? 正直に話すべきか? という疑問。
「ただの雑談だと思ってくれていいよ。そんなかしこまらないでくれ」
とは言っても、という感情は、口にせずとも伝わった。
領主と領民というのがどういう関係なのかはよくわからないが、お偉い社長さんを前に堅くなるな。というのも酷な話か。
下手すると、自分だけではなく村に害があるかもしれないとなると、責任も感じるだろう。
それでも、ハイジはなんとか切り替えた様子だった。
「ときどきで良いのですけれど、村の周りの魔物を狩っていただけるととても助かります」
聞けば、村の周りには度々、魔物、魔獣が出るらしい。ある程度は村の狩人たちが追い払っているらしいが、彼らには手の負えないものもいる。
あまりに強力な魔獣となると、冒険者を呼んで討伐を依頼するが、彼らがやってくるまでには時間もかかるし、お金もかかる。
「この前の熊みたいにか?」
「さすがにあんな魔物はなかなか出てこないですけれど……」
兎、鹿、狼、魔物にもいろいろといるらしい。普段は家畜が襲われたり、畑が食害にあったりといった被害が多いらしい。
それだけ聞くと害獣駆除という言葉が頭に浮かぶけれど。
「魔物を狩る。といってもどう探せばいい?」
「彼らは人と見ると襲い掛かってくるので、狩人さんは獣を探すより楽だなんて言ってます」
なら一人で山道を歩いていて大丈夫なのか? と思うのだけれど、熊出没注意。って書いてあっても山には入るか。
「まあ、気づいたら狩っておこうかな?」
熊の件を考えると、この体なら楽にこなせそうだし。
「他にも何か困った事があれば言ってくれ」
できるかどうかは分からないけれど。
「そうだ。魔物の件なのですが、昨日のテンペストベア? から取れた魔石も持って来たんです」
「魔石?」
受け取った魔石は、名前から想像したとおり、紫色の宝石のようなもの。日に透かすときらきらと輝く。
白に聞けば、ときおり魔物の体内で取れるもの。魔力の塊だという。貝からとれる真珠や、マッコウクジラからとれる龍涎香みたいなものだろうか。
「お肉の方は……その」
「あー、もしかしてそこも考えた方がよかったのかな」
肉を捌くときは内臓を破らないように。とどこかで聞いたことがある。
斜めにばっさりだったもんな。どうしようもなかったのだろう。
「いえ、いえ。魔物相手ですから!」
命がけでそんなことを考えている余裕もないだろう。
魔物の肉というのも珍味扱いらしい。というのも、それこそ人を食べているかもしれない獣の肉は拒否感もあるという話。
「領主さまこそ、何か村にご用命とか……ないのでしょうか?」
おそるおそる、といった風情でハイジが聞いてくる。
「ああ、そうだ。大事なことがあった」
「はい!?」
さきほどのドタバタで忘れていたが、飲み水の件を村人に聞こうと思っていた。
それだけのことだったのだけれど、ハイジの反応は想像していたものと少し違っていた。
なんかこう、ちょっと泣きそうな勢いの返事。
「いや……安全な飲み水がどこで取れるかなって話なのだけれど」
「それだけ……ですか?」
「いまのところそれだけなのだけれど」
何? 何かあっただろうか。
見るからに安心した様子のハイジだった。普段は村の井戸から水を取っているらしい。
川の水も飲めなくはないだろうが、上流に何があるか分からないから抵抗感はある。それから山の湧き水の場所。
聞いてみれば、簡単にことは済んだ。土地勘のあるハイジの存在はありがたい。
ひとまず要件は終わり、ということで、ハイジは帰り支度を始めた。
「その、すぐ食べられるようにとごはん作ってきたのですが」
ちらちらと白の方を気にしている様子。はて?
「よろしければお食べください!」
「お、おう、ありがとう?」
押し付けられるように食事の入った籠を受け取る。
「……何?」
「さあね」
去っていくハイジの背を見送りながら、白と一緒に首を傾げた。




