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9.ころころ

 さて、食料事情もとりあえず安定してきた。相変わらずまだ雨は降らないけれど、数日が経ったところ。

 レイスたちの尽力もあり、今日も洗い立てのシーツがベッドには張られ、埃っぽかった部屋もすっきり片付けられていた。

 スケルトンたちの工事の音は今も響いている。玉座の間の天井も元通りの石造りという訳にはいかないけれど、木が打ち付けられて青空玉座からは脱出していた。

 なんということでしょう。


 しかし、屋根の上を巨大な蜘蛛が這っている姿を見た時には悲鳴を上げそうになった。いや、上げたかもしれない。

 結論から言えば、廃城の仲間たちの一人だったわけだけれど、苦手なのだ。脚の多いのは。

 相変わらず言葉は発しないけれども話は分かる相手だと知って接して見れば、意外と愛嬌はあるのだけれど。屋根の雨どいの修理をしてくれていたらしい。

 もふもふしているといえばもふもふしているのだろうか……。その様子を見ていた白には仕方ないね。といった生温かい視線をもらっていた。むしろ慰められた。

 蜘蛛たちのあの複眼で見つめられるのはちょっとご遠慮いただきたい。もうしばらく。

 他にも大きな蝙蝠とか。これも逆さまにぶら下がっているのとうっかりご対面するとかなりびっくりする。

 小さくても鼠に被膜の羽が生えた姿はすこし不安になるけれど、大きくされるとなおのことだ。よっぽど吸血鬼みたいなフォルムをしている。


 なんだここはホラーハウスか。そうだった。


 そんな今、俺が何をしているかといえば、パンケーキ作りに苦戦していた。


「そんなこと気にしなくていいのに」


 と、窓辺に座った白は本から目を上げて言う。

 仕方ないのだ。放っておくと白が適当なスープと硬いパン。豆のスープ、麦の粥。そんな食事で済ませてしまう。


 質素な食事が悪いとは言わない。素材さえあればレイスたちが食事を作ってくれるもので、不満があるわけではない。

 しかし白の食生活を見ていると、これではいけない。と思ってしまうのだ。

 これが……父性? などと考えていると、白が若干冷めた目でこちらを見ていた。口に出ていたか。


「あなたは父親、って感じではないけれど」


 はい。


「ところで、ベーキングパウダーっていったい何なんだ」


 パンケーキというかホットケーキのなりそこないを作りながら気づいたことがある。

 ホットケーキミックスって優秀なんだ。


 途中であきらめて作ったパウンドケーキを机に置くと、白も本を閉じて向き合ってくれる。

 パウンドケーキは単純。バターと小麦粉、砂糖が同量。それから卵。砂糖がないのでどうしても蜂蜜風味になるのだけれど。

 がんばってかき混ぜてオーブンに突っ込めば形にはなる。これもちょっと焦げ付いたし、ねっとり食感になってしまったけれど。蜂蜜が多すぎたか。


 下の村は乳製品は意外と豊富で、生クリームはたっぷりと添えられる。

 なんだかんだといいつつ、白も甘味が嫌いという訳ではなく、いつもの食事より手が伸びるのが早かった。

 口の端が少し持ち上がっているのを指摘すると拗ねそうなので言わないことにする。


「何?」

「いや、喜んでくれると嬉しいなーって」


 別に、喜んでいないわけではないし。という言葉はツンデレに入りますか。


「ちゃんと美味しいよ。ありがとう」

「おお……白が素直だ」


 いつも素直だと言えば素直なのだけれど。あまり感情が表に出てこないというか。クーデレというか。

 いや、デレ成分がそんなにあったか? なんだかんだと信頼は感じるのだけれど。布団にもされたし。


「何か変なこと考えてない?」

「いや別に」


 甘いものを食べていると、お茶が欲しくなる。今度ハイジにハーブか何かがないか聞いてみるか。

 紅茶はあるのかな。中世っぽいファンタジー世界だけれど。


 中世ファンタジーではよく、ジャガイモ問題というのが話題に出る。

 新大陸、つまりアメリカ大陸原産のジャガイモが中世の世界にある訳がない。というやつだ。

 紅茶、茶というのも、中世ヨーロッパ世界にはなかったはずで……。

 現実世界と全く違う歴史を歩んでいるだろうし、あるいはここがアメリカ大陸だというオチがあってもおかしくはない。


「それなら自由の女神像が埋まっていてもいいんじゃない?」


 ふふっ、と笑いながら白が言う。遥か未来の地球の可能性、ね。


「それで、ベーキングパウダーだけれど、重曹だね」

「重……曹……?」


 重曹というと、掃除に使う……間違えて口に入れたことがあるけれど、食品とは思えないものだった記憶。

 聞けば、加熱すると二酸化炭素が発生するから、その発泡でふわふわとさせるのがベーキングパウダー。もちろん重曹単品ではない。

 そういえばカルメ焼きって砂糖と重曹から作るのだったか。


「……重曹って、どうやって作るんだっけ?」

「化学的には塩化ナトリウム溶液を電気分解して……」


 現代知識チート、道が厳しくはないか? ベーキングパウダーは意外と新しい技術だったようだ。


「要はアルカリ性の粉末だから、自然にはトロナ鉱石とか」

「よっぽどファンタジーみたいな名前だ」


 食品の話をしているとは思えない話題となってきた。


「重曹を使わないでふわふわにしたいならどうすればいいのかな?」

「酵母発酵か、お菓子ならメレンゲをしっかりたてるのが昔からのやりかたみたいだね」


 根性で卵白をかき混ぜろ。という話だ。がんばれ人力ミキサー。


 と、パンケーキ作りの未来を憂いていたら、レイスの一人が大慌てで駆け込んでくる。

 足がないから走っている訳ではないのだけれど。


「ミタさんが焦ってるなんて珍しいね。どうしたの?」


 最近、レイスの見分けがうっすらつくようになってきた。レイス代表的な立場のこの人はミタさん。勝手にそう呼んでいる。

 普段は用件のあるときでも穏やかに一礼してから始めるのだけれど。普段は優雅な物腰の彼女は、今はパタパタと声ない声で訴えている。

 よっぽどの非常事態か。と、思っていると、城全体が揺れるような衝撃があった。


「これは」

「玉座の間の方だね」

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