10.未知との
「このお城ではお客さんが来たのにろくなお出迎えもないわけ~?」
押っ取り刀で玉座の間へと来てみれば、よく通る高い声が響く。目をやれば石造りの玉座に座っている少女がいた。
天井の木板は無残に破壊され、再び青空の覗くなか、スポットライトを浴びたような姿。
金髪のツインテール、吊り目がちな赤い目、ゴスロリ風といえばいいのか、ゴシックパンクと言うべきか、フリルに彩られた細い体躯。
「同族がいるみたいだから来てみたら、こーんなじめじめしたところなんて期待外れ」
ご丁寧なことに小さく黒い羽が生えた姿は、見紛うことなき吸血鬼の姿。
嗜虐的に笑みの形へ歪んだ口許からは、長い犬歯が見える。
「おにーさん、あなたがここの主? 冴えない感じ~」
くすくす、と笑う彼女は身を乗り出すと、赤い瞳をらんと輝かせこちらを真っすぐに見る。
「白、下がってて」
目は口程に物を言うとは言うけれど、彼女の態度は明らかに友好的ではなかった。
その瞳に確信した。彼女はこの前の熊とは違う。明らかな強者だ。
思わず刀の鞘を握る手に力が入った。
「客として来た者ではなさそうだけれど、何の用かな」
スケルトンのゲンさんが直してくれた天井も見ての通りに壊されているし、周りを見れば、動く鎧たちが転がっている。
数日だけとはいえ、我が家を土足で荒らすような行為には、怒りも湧いてくる。
「こわーい。私は~、お話に来ただけ」
「話? その段階は越えているようだが」
明らかに相手に害する行為をしておきながら、お話も何もないだろう。
俺もそれで済むならそうしたいところだが……。
「別に~、口でするだけがお話じゃなくない?」
動きは早かった。
玉座から飛び上がった彼女は、そのまま真っすぐにこちらへ向かってくる。
飛び上がったというのは比喩ではない。玉座からその下、俺の方まで弾丸のように宙を飛んできた彼女は、手を振り上げた。
その手の先には、目に見えるほどの魔力で作られた爪。
刀の鯉口を切って抜き放つ。体を守って横に構えたその上からの一撃。吹っ飛んだ。
「ぐっ!?」
あまりにも重い一撃。何とか態勢を立て直して地面に立つが、勢いがとまらずたたらを踏んだ。
白の方に行かれたらどうするか、と頭の一部で考えたが、そのつもりはないらしい。追撃のため吸血鬼の少女は向きを変えた。
踵が地面を削るほどの勢いでターンした彼女は、また正面から突っ込んでくる。速い。
さっきは右手。今度は左手。横薙ぎに振るわれる爪。
住む世界が違う。という言葉が脳裏をよぎったが、それはそのまま本当の事だった。
間合いが読めずに、大きく飛び下がって避けるしかない。
「逃げてばかりじゃ、つまらないよ」
サディスティックな笑顔を崩さないまま、少女は次の攻撃を繰り出してくる。
振りぬいた爪は、易々と石の床を切り裂いていた。
格闘の駆け引きなど許さない。吸血鬼の種族がそうさせるのだろう、能力を活かした飽和攻撃。
間合いなど一瞬で詰められ、息の切れる様子もなく、左右から繰り出される攻撃の手数には反撃の隙などない。
防戦一方では勝機もないということは、言われずとも分かってはいた。
ただ受けたのでは弾き飛ばされるだけ。少女が爪を振り上げた瞬間に、こちらから切り込んだ。
「やーっと、やる気になった?」
「不本意ながら、ね!」
軽く様子見に打ち込んだ一撃は、彼女の爪に阻まれる。
鍔迫り合いの様子から反対の手から攻撃が放たれる前に、刀を滑らせ、逆袈裟に切り上げた。
今度は、少女の方が飛び下がる側だ。
「あれー? 避けたつもりだったのに」
手加減などできない一撃。熊も一刀で切り伏せた力を考えれば、常人では避けることもかなわない剣だっただろう。
少女には有効な一撃にはならなかったようだが、浅く、わずかに肌を切り裂いていたようだ。
頬から流れる赤い血。
それを見た俺は――。
「女の子の顔に傷をつけるなんて悪いおにーさん」
くすくすと笑う少女だったが、その瞳の奥に灯る暗い光は、楽しい、という感情とは無縁に思えた。
「油断しすぎたかな? でも、こうでなくっちゃ、楽しくないよね!」
隔てた距離を、再び詰めるように彼女は飛び上がった。
感慨に浸っているような時間はない。しかし、彼女の言うように気持ちの高ぶりを感じているのもまた事実だったかもしれない。
爪と刀が幾度かふれあい、弾きあう。相手の力量を見定めるような打ち合い。そして、また互いに離れて目を合わせた。
一秒たりとも相手から目が離せない。命のやりとりの実感が、重い攻撃を受けた手から伝わるようだった。
「楽しいけどー、疲れちゃったー」
ぷらぷらとこわばりを取るように少女は手を振る。先ほどの打ち合いで二、三本、切り飛ばしたようで、指先からは多少の血が流れていた。
しかし、それも一瞬で再生した。魔力だろう。彼女が手に力を巡らせれば、赤く塗られた爪が生え直す。
先ほどまでの無造作な姿勢を改めて、吸血鬼の少女は体を低く力を溜める。
「次で、終わらせよっか」
今までになく強い踏み込み。これまでにない勢いで少女が迫る。
襲い掛かる彼女の姿を見ながら、次の手に考えを巡らす。
迷いというのは、切り合いの場には邪魔だ。それは隙と同じ。
いちいち考えて次の手を打つよりも、拙くても早く打ち込む方が良い手、ということは多々ある。
その場で考え込むなど愚かなこと。だから、事前に体の使い方を染みつかせる訳だけれど。
しかし、剣術の中に、空を飛ぶような相手に対するような技があるだろうか?
人間の殺し合いに特化した剣は、長い時間をかけて研ぎ澄まされている。
その端にでも手を触れれば、知識を得られるものだ。だが、目の前に迫るのは、慮外の化け物。
しかし、斬れないことはない。
彼女の流した血を見て、そう思えば少しは考えも固まった。
相手が駆け引きを許さないのなら、こちらも攻撃の意志を強いる。
ぐっと刀を肩に担ぐ。
上段に構える。などというのは下策だ。攻撃の選択肢を自ら減らし、無防備な体を晒すこと。
八双、あるいは蜻蛉、と呼ばれる構えは、上段に近いがもっと柔軟な構えだ。
しかし、今はそんな剣の理は関係ない。剣を肩に担いだのは、ただ次に袈裟に切る。その前段階。
彼女の爪撃を見て、刀を幾度か振るったおかげで、自身の間合いも読めてきた。魔力だろう。刀の見た目よりも伸びる。
自身の血肉が通ったように、切っ先まで感覚が通っているようだった。
狂気さえ見えるような吸血鬼の少女の笑い顔。
果たして、自分はどんな顔をしているだろうか。あるいは、同じような顔だったかもしれない。
切り伏せる。
左足の踏み出し、右足の踏み込み、体重の移動。剣先は右上から左下へと弧を描く。
まるで目の前に相手がいないかのように、型通りに空を切るように、素振りをするような全力の剣。
少女もまた、右下からえぐり取るように、体の旋回を混ぜた全力の一撃を繰り出す。
地面を這うように右下から左上へ。逆袈裟に切り上げる爪。
不思議と恐れはなかった。
この一撃は互いに交わらない。つまり、邪魔されることなく、お互いの体に届く。
予想される未来と言うのは、相打ちだ。
さきほどまでの打ち合いから分かっていることだが、互いの攻撃は致命傷に十分だろう。だが、殺せる。
過熱した思考は、それで構わないと囁く。
良いだろう。こんな撃ち合いができたのだ。ここで終わるのも――。
「 」
――白が、名を呼ぶ声が聞こえた気がした。




