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11.巌流

 ここで終わりたくない。


 咄嗟に力を抜いた。

 踏み込みのために前に出ていた右足を、半歩の位置に踏みつけ、ブレーキにする。

 袈裟懸けに切りつけるはずだった刀をそのまま滑るように振り下ろした。


 少女、そして俺を切り裂くはずだった一撃は、その手前の空間をすり抜ける。


 勢い、体はそのまま近づく。間合い。


 吸血鬼の少女は右手を全力で宙へと振りぬいた姿勢から、体を捻り左手の振り下ろしへと切り替える。だが、遅い。


 振り下ろした刀、その手の内には力を入れていない。

 切るつもりであれば、手の内を絞めるのが当然。だが、それでは次の一撃は遅れただろう。


 更に、地面へと振り下ろした刀に込めた魔力を、地面に跳ねさせる。

 刀を地面につけるなど、当然褒められた行為ではない。だが、魔力ならば。

 地面にあたった魔力が小さく爆発し、刀を持ち上げる。


 手の内を返して、刃を宙へと振り上げる。逆袈裟の一撃。 


 意識するのも一瞬の事だった。


 吸血鬼としての肉体と、魔力の助けを得て、ようやく到達した伝説の剣豪の速度。

 燕返し。あまりにも有名な技。思えば、飛ぶ鳥を落とすのならば、これ以上はないだろう。


 切りつけた刀が、肉を切り裂く生々しい感触。


 初めて見た、少女の笑顔ではない顔。


 焦り、驚き、大きな目を零れんばかりに見開いた顔。


 絶体絶命。


 その瞬間でさえ、彼女は諦めなかった。


 魔力爆発。


 致命傷を避けたか。吹き飛んだ体が、玉座の間を転がる。

 大量の血が赤い線を描いた。


「まだ、やる?」

「もう無理~、降参だよ~」



※※※※



 胴体を半ばまで切り裂かれた吸血鬼の少女。

 普通ならば即死はなくとも失血で動くこともままならないだろうけれども、降参した。と手を挙げたあと、自分で治癒魔法を使い始めた。

 手を当てていくと見る見るうちに、とは言わないまでも、治っていく傷を見るのは不思議な気分。


「治癒魔法なんてあるんだ。便利な世界だな」

「え~? そんなことも知らないの~?」


 戦闘が終わった。と見て、その辺に転がっていた動く鎧が立ち上がって自分のパーツを拾い始めた。

 無事でよかった。というか、助太刀してくれても良かったのではないだろうか。


「回復したからってまた暴れないでくれよ」

「ムリムリ。もう魔力もカラッカラ。おにーさんに全部搾り取られちゃったよ」


 だからそのあぶないやつしまって。

 言われて、抜身のまま提げていた刀に目をやる。

 相変わらず血の一滴もついていない。目玉はなんだ? と言わんばかりに視線を返してくる。気持ちつやつやしているような。


「どうするかな。信用できるような態度でもなかったと思うんだけど?」

「そんなこと言わないで~。ほら、このあとなんでもしていいからさ~」


 ん? いま。


「えっへっへ~」


 大の字に寝転がりながら、嗜虐的、ではなく、今度は自然な笑顔で笑う。花が咲くような。と言ってもいいだろう。

 まぁ、いいか。別に刀を納めたからといって、打つ手がないわけではないし。


「それで、何のためにここに来たんだ?」


 戦う気をなくして油断したような姿を見ていたら、なんとなく毒気を抜かれて、ため息をついた。

 彼女から仕掛けて来たとはいえ、怪我をさせたのが自分だという負い目もある。

 少女の白い肌に走る傷跡はいかにも痛々しかった。


「んー、わたしの住んでるところの近くにお仲間が来たからご挨拶~って思ってたんだけど」

「それにしては最初から随分と好戦的だったけれど」

「舐められたら負けじゃない?」


 聞けば、彼女は俺たちより先に近場で君臨していた吸血鬼らしい。それがぽっと出の吸血鬼が何やら村を領地にした。と聞いて見に来た。と。

 要はうちのシマで何してくれんじゃ我。っていうことか。吸血鬼ってそういう思考回路してるの?


「どっちが上か教えてあげようと思ったら~、教えられちゃった~」

「上下関係とかどうでもいいけれど」


 干渉さえしてこなければ、今のところは別に彼女が何をしていようと止める理由もない。

 しかし、その答えはどうやら不服だったようで、大方の傷も癒えた彼女は立ち上がり、すり寄ってくる。


「えー、そんなこと言わないでさ~」


 いや、だって面倒くさい。この性格なら絶対なんかしがらみとかありそうだし。

 変なところで恨みを買って、面倒なことに巻き込まれるのは遠慮したい。


「つよつよな魔族の義務でしょ~? 眷属にしてよ~」


 眷属、というのが具体的に何なのか、というのがよくわからなかったが、要は部下とか傘下とかということらしい。

 廃城のスケルトンやレイスといった存在は、俺の眷属ということになるらしいということを、城の本を調べた白が教えてくれた。


「そんなことを言われても、魔族の常識とか知らないのだけれど」


 最近、目覚めたばかりだし。


「えっ、そんなんにわたし負けたの」

「何か言った?」

「う~う~ん? それなら~、わたしがしっかり教えてあげるから~」


 ふむ。確かに生きていく以上、外の世界との関わりを切ることはできない。

 下の村のこともそうだし、魔族側から何らかの接触があるかもしれない。


 下から見上げてくる吸血鬼の少女は、手を顎の下に丸めて、大きな目を瞬きさせる。まつ毛が長い。


 それこそ、今、かわいいポーズをして見せてる彼女のように、殴り込みにくるような相手もいるかもしれないし。

 話で済むなら話で済ませたいなぁ……。


「ね~」


 今が好機、と見たのか、少女はまたポーズを変えた。


「責任、とって?」

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