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12.クロエ

 反省。反省。


 朝、同じベッドに眠る吸血鬼の少女を置いて、部屋を出た。

 結局、昨晩は彼女に迫られて、その押しに負ける形であまり眠れていない。反省だ。

 昨日、切り合ったばかりの相手と何をしているのか。こんなにも節操というものがないのか。

 そんな後悔めいたことを考えるが、それはそれで失礼な話か。

 朝の光が目を刺すようにまぶしく、世界を照らしている。


「おはよう」


 と、声をかけてくる白に、なんとはなしに後ろめたさを感じて目を合わせられなかった。


「……どうしたの?」

「いや、何でもないよ。おはよう、白」


 首をこてん、と傾げた白は、分かっているのか知らないのか。

 白に言うことではもないような気がして、すこしギクシャクとした朝食の時間になった。

 俺が黙っていると自然と静かな食卓になる。

 光に透ける白い髪、すこし伏し気味の青灰色の瞳。血の通っていないかのように白い肌に桜色の唇。朝日の中で見る白の姿は、なお清いものに見えてまぶしい。

 反省だ。


「何?」

「あ、ごめん」


 気付けば長い時間、じっと見つめていたようだ。別に嫌じゃないけれど。と白は言うけれど。

 何を食べたものか。上の空の食事を終えると、レイスのミタさんが呼びに来た。


「私はまた、書庫に行ってるね」


 足音もなく白が去っていく。なんとはなしに呼び止めようとして、理由がないことに気付く。

 ため息をついてミタさんの方に向き直る。今日はいつもの様子だ。


「領主さま、おはようございます」

「ハイジか。いつもありがとう」

「ハイジ?」


 城門に向かうと、村から食料を運んできてくれたハイジが立っていた。

 そういえば名前も聞いたことないままだったっけ。


「今回はこの前狩っていただいた魔獣のお肉も入ってます。ありがとうございました」

「いやいや、良いよ。言うほどのものでもなかったし」


 先日、水を取りに行くついで、出会った鹿の魔物を仕留めたのだ。

 語るほどのものでもないというのは本当で、正面から突っ込んできたのをさくっと仕留めた。

 立派な角は刺されると痛そうだったけれど、頭に一発で沈んだ。

 処理に困って村まで持っていくと、狩人たちが喜んで引き取ってくれたものだけれど。


「みんなこれどうやって食べてるの?」

「えーっと……あまり食べませんけれど、煮たり?」


 そういえば魔物の類はあまり食べるものではないのだっけ。


「あーっ、あるじさまっ」


 と、腰に小さくない衝撃を受ける。意外と柔らかい。


「もー、置いていくなんてつめたーい」


 腰に抱き着いてきたのは、吸血鬼の少女だ。そういえば、この子も名前すら聞いていないんだよな。

 さらさらの金髪をツインテールにして、黒いワンピース姿。

 翼を納めた今は、吊り目がちな赤い瞳と口元から覗く犬歯が吸血鬼らしさを表現している。

 心なしかつやつやとした肌を見て、昨晩の事に顔に血が上るのを感じた。


「気持ちよさそうに眠っていたから。朝食は?」

「えー、昨日の夜にあんなにもらったのにー。朝から続き、する?」


 ぽっ、と、頬に手を当てる姿。かわいらしさに自覚的なそれも、彼女がすると嫌味には見えない。

 そう。吸血鬼の食事というのは、主として魔力。

 廃城にあるような土地の魔力というのは、言ってみれば未調理の食材。他の生物、血液などから得られる魔力が吸収に良いのだ。と、昨晩囁かれた。

 だから、俺が熊や彼女を切ったとき。腹が満ちたような気がしたのは気のせいではなかったようだ。

 この刀も魔族の一種だという話だけれど。力を貸して魔力のおこぼれを貰う共生生物のようなものか。

 名前がないのも味気ないので、コテツと呼ぶことにした。魔剣っぽいのでムラマサと迷ったのだが、血に飢えていそうだったので。

 本人……本人? もそれを聞いて悪くない。という目をしていた。ように思う。知らんけど。


「そういうことではなくて、普通の」

「あの……」


 ああそうだ。ハイジの事を忘れていた。

 ハイジはまた、信じられないようなものを見るような目で、吸血鬼の少女を見ていた。

 まぁ、気持ちはわかる。彼女もまた白とは正反対の雰囲気の美少女だ。黙っていればミステリアスと言ってもいい。


「えー、だれー? 美味しそうだけどー」

「ステイステイ」


 だんだんと読めて来た。この子、欲で生きているような性格だ。

 小狡さや計算高さも覗くけれど、それが余りにも真っすぐなものだから、憎めないというかむしろ眩しいというか。


「わわわ私はもう帰りますね! お納めください!」


 顔を真っ赤にしたハイジは逃げるように走り去っていこうとして、マイペースなロバに引きずられていた。


「なーに、あれ?」

「さぁ……」



※※※


 さて、吸血鬼の少女。彼女の扱いをどうしよう。ということで、白を交えて話そうということになった。

 書庫で調べ物を続けている白だったが、声をかけるとちょこちょこと駆け寄ってきた。


「それで、眷属、ってことだけれど、具体的にはどうするの?」

「えーっとねー。別に何かするってわけじゃないけどー」

「魔族同士の争いの時には戦力になる。と思うよ」


 白の言う通り。領土争いというものは人間社会には欠かせないものだけれど、魔族も変わりはないようだ。

 というのも、勇者もいれば、王国もある。強力な敵を前には手を組んで対抗しなければならない。

 個別の能力に優れる魔族たちは、人間社会よりもなお、連携よりも個々人の武力が重要と見ていた。当然だけれど。

 その時、誰がその集団を束ねるのか。


「そりゃ、強いやつでしょ」


 あっけらかんと吸血鬼の少女が言うが、つまりそういうこと。

 魔族たちは領地や資源を巡って争うのではなく、強力な魔族を従えることを目的に争いを仕掛ける。


「まー、ときどきやりすぎちゃうこともあるけどねー」

「なんか経験がありそうな言い方だけど」


 てへっ、というような顔をする吸血鬼の少女。

 まぁ、あの勢いで襲い掛かってくるんだから、ヘッドハントのつもりでヘッドをハントすることもあるだろう。


「君にも眷属っているの?」

「君なんてつめたーい。あるじさまとわたしの仲でしょー?」


 ぎゅっと腕に抱き着いてくる彼女。当ててんのよ。というやつ。小さくてもやわらかいものが腕に当たる。

 白に見せつけるような態度だ。焦る。上下関係、というものにこだわる彼女のことだ。白に対する競争意識がないわけがなかった。


「そうだね。名前をつけても良いんじゃない?」


 白はどこ吹く風、という様子でそう言った。少しほっとした。

 急に修羅場のような関係になってしまったが、仲良くしてほしい。

 吸血鬼の少女は少しだけむっ、とした様子を見せたが、切り替えてこちらに向き直る。


「そーそー。名前、つけて。あるじさまを刻み込んで~」

「元の名前とかないの?」

「むかしはむかし、いまはいま~。あるじさまから名前もらいたいな~」


 そういうものなのだろうか。白を見れば、うん、とひとつ頷いた。


「それじゃあ……クロエ。とかどうかな?」

「不思議な響き~。でもいいね。クロエ。クロエ、ね」


 呟くと、何かを確かめるように、クロエは目をつぶった。再び目を開けた時、試すように魔力の爪を伸ばして見せる。

 戦うつもりがない。というのは分かるけれど物騒な。しかし、昨日、戦ったときよりも何というか、強固に見えるのだけれど。

 と、尋ねてみると、心底びっくり、というかちょっと呆れたような目を向けられる。


「名づけの呪法も、知らないの?」


 白! 解説!


「強力な魔力を持った魔族が名づけを行ったものは、相応の力を得る。名づけの呪法と呼ばれるけれど、そのものに意味を見出す。という行為が他の者に影響する。祝福、といってもいいかな」

「それで自分の魔力が少なくなる。なんてことは?」

「一時的にはあるだろうね。けれど、どちらかというと魔力を混ぜる。というような行為に近いのかな。名づけをした側も、同様の利点を得られるから」


 なるほど? 分かったような分からないような。

 ともかく、俺が名前を付けたものは、一定の力を得る。ということらしい。

 道理でスケルトンのゲンさんやレイスのミタさんなんかも、名前を呼ぶと元気そうというか嬉しそうなわけだ。

 いまでははっきりと他のスケルトンやレイスと区別が付くようになっていた。


「何にでも名前をつければいい。という訳ではなくて、術者がはっきりと認識することが必要、みたいだよ」

「ふーん?」


 見分けのつかないそこらの小石に名前をつけても駄目だ。ということか。


「はー、ほんとにあるじさまって世間知らずなんだね~」


 少女あらため、クロエがやれやれ、と首を振った。仕方ないだろ、この世界では赤子も同然なんだから。

 それでは、名前を決めたところであらためて、これからどうするか決めようか。と、口を開きかけたとき、なにやら表から叫ぶ声がした。既視感があるな。


「領主さまー!!」


 あっ、やらかした。

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