6.帰ってきた
ようやく廃城に帰ってきた。
一日も経っていないし、今日初めて来た場所なのに帰ってきた。というのも不思議なものだが。
「おかえり」
「ただいま、白」
こうしておかえり、の声をかけてくれる存在が居るということは、ここが帰る場所ということで良いのだろう。
「何か分かった?」
「うーん、長い話になるけれど。まずは、お腹すいてない?」
と、聞くそばから白のお腹がくー、と鳴る。
恥じらう彼女の姿が、見た目の年齢その通りのようで思わず笑うと、拗ねたように横を向かれた。
「ごめんごめん、村で食べ物をもらったんだ。まずは食べてから話をしよう」
不思議と、というべきか、あまり腹は減ってはいなかった。
村で貰った食料はどれも素朴な味……というか、少し味気なさを感じたけれど、これはこれで。といったところ。
白がリスかハムスター。小動物のように小さな口でパンをかじるのを見ていると、少し抗議するような目で見られた。
「そんなに見られると食べづらい」
「いや、何か白が食事をしているところを見るのも珍しいなと思って」
そう思ったのは確かだが、果たして記憶を失う前の自分と白はどんな関係だったんだ?
「白と俺って付き合いは長いのかな?」
そう問いかければ、うーん、と悩むように、白は体を伸ばして上を見た。
とりあえずと座った玉座の間。すっかり日も落ちてそれでも明るいのは、崩れた天井から覗く、煌々と輝く月があるからだ。
星空は異世界に来てもそう変わりはないな。違う事といえば、周りに明かり一つないこと。月並だけれど、宝石をちりばめたようだ。
「長いと言えば長いし、短いと言えば短い……のかも」
「なにそれ」
「たくさんお話してくれたけれど、こうして顔を合わせてからはそんなに長くはない」
「……白って何者?」
「白は白だよ。ってあなたは言ってくれた」
答えになっていない答えに首を傾げる。白は真っすぐな瞳でこちらを見るだけだ。過去の自分よ、いったいどういうことなんだ。
しかしまぁ、白は白であって、それ以外ではない。というのは確かなことだろう。疑問を先送りにしたともいう。
「それで、今日はどうだった?」
服に散ったパンくずをぱたぱたと払いながら聞いてくる白に、今日の出来事を話していく。
誰かに話す。というのは不思議なもので、自分の考えを解決した訳でもないけれど、まとまったような気がしてくる。
白は俺が話している間、言葉を挟むわけでもなく、じっとこちらを見ていた。まるで、心の奥底を見られているような、そんな瞳。
「私の方で調べていた内容とだいたいあってると思う。村と直接お話できたのは正解だったね」
よしよし。と付きそうな調子だった。
「文献の方はまだ調べきれていないけれど、過去にもこのお城には何人かの持ち主がいたことは分かったよ」
「それで、彼らはやっぱり勇者にやられたの?」
「勇者にやられるだけ、という訳でもないようだけれど……分かったことを話すね」
ヴァンパイア・ロード、ヴァンパイアの上位種で名前の通りの吸血鬼の王。
その発生については詳しいことは分かっていないが、魔力の濃い場所に出現し、そこを領土として眷属を集めることが多い。
その性格は様々だが、時がたつにつれ、力を持つに従って、段々と残忍になり、人族にとって大きな脅威となる。
血をすする。と言うが、魔力を得る事で存在を保っており、それに加えて、嗜好的な食事、そして吸血を好む。
「魔力、っていうのはどういうこと?」
「この世界には濃い、薄い、に関わらず、どこにでも魔力があるみたい。魔族、魔獣っていうのは、そこから生まれる。って書かれてる」
魔王、魔族がどこからともなく現れる。と、村で聞いたときに、モンスターが自然にリポップするのだろうか。と思っていたのは間違いではないらしい。
自分自身もそのようにして生まれたのだろうか。ますます、ゲームのような世界だ。
「時が経つにつれて性格が変わる。みたいな話がよく分からないのだけれど」
そう俺が問いかければ、白はじっとこちらの目を覗いた。
「永遠に生きられる存在、死なない存在にとって、死ぬことって何だと思う?」
哲学的な質問だろうか。何のために生まれて、何をして生きるのか?
何かジョークで返すような雰囲気ではなかった。白の青灰色の澄んだ瞳は、波紋ひとつない底知れぬ湖のようで、真っすぐにこちらを見つめている。
「生きる。ということがどういう意味なのか考えなきゃいけないのかな」
「そうだね。あなたは生きるってどういうことだと思う?」
生きながらにして、死んだように過ごす人々の事をしっている。まるで、自らのように。
生きる。ということが、世界に対して関心を持つ、接点を持ち続けることだとするのなら。
「死ぬ。というのはすべてに興味を失った時?」
人生は死ぬまでの暇つぶしだ。というのは誰の言葉だっただろうか?
もしも死のない存在だとしたら。無限の時間の中で生きるということは、常に意味を探し続けることなのだろうか。
「あなたの答えは、そうなんだね」
否定も肯定もしないまま、白はこちらを見ていた瞳を閉じた。
本を畳むように、両手を合わせる。
「先代の不死者が残した日記。その内容からすると、それ以前のヴァンパイア・ロードもやっぱり、常に娯楽を求めていたみたい」
初めは簡単なものだったのだろう。子供たちが何をしていても楽しいと思うように。しかしその快楽は段々と曇ってくる。
新しいことを探して、強い刺激を求めて、その先にあるものを考えると、自ずとその振る舞いは過激になっていくだろう。
なぜなら、今の俺の感性も、人間とそう変わりはないからだ。この先にあるものを考えて、体が冷えるような気がした。
「でも」
白はその考えを断ち切るように、また口を開いた。
「そんなに考え過ぎることはないと思うよ」
先ほどまでは表情の浮かんでいなかった顔に、ほんの少しの微笑を浮かべてすらいる。
「どうして、そう言えるのかな?」
「だって」
あなたはあなただから。
答えになっていない答えに首を傾げる。白は真っすぐな瞳でこちらを見るだけだ。




