5.アルプスの少女2
「ありがとう、有益な話を聞けた」
「いえいえ、畏れ多い。それで、この後ですが、なにぶん、御歓迎の準備もできておりませんで」
「それには及ばない。俺もまだよくわからないことが多くてな」
一度、城に戻って、文献にあたっている白と話を突き合わせたい。
「そうだ、いくらか食物をくるんではくれないか。城には何もなくてな」
「それはもう喜んで! テンペストベアを討伐してくださったお礼も必ずや」
そういえばそうだった。途中から居眠りしていた冒険者たちも、話が終わったと見て顔を上げる。
「冒険者諸君にも報酬があるべきだと思うが、どうやって支払えば良い?」
「いやいや、俺たちは今回何もしていないですよ」
「ここまで来てくれたんだ。どうやら俺の領民を助けてくれようとしたんだろう?」
今の話だとそういうことになる。領主不在の村を助けるためのシステム、冒険者。
彼らが居なければ、王国や魔族の支配の外にある人々の生活は成り立たないだろう。
「もともと、この依頼で払う予定だった銀貨がありますじゃ」
王国、魔王領、どちらでも使える共用の銀貨があるらしい。いったいどこが銀貨の価値を保証しているんだろうか。
冒険者たちが貰えない、と言いつつも、もらえなきゃ困る。といった顔をしている。
それはそうだろう。どこから来たものか知らないが、辺境の土地まで足を延ばして、その成果がゼロでは生きていけない。
「では、報酬は折半ということで。頭数で割って五分の一をもらおう」
「そういうことならば……」
それとは別に、冒険者組合……組合があるらしい。この村のような場所は各地にあるのだろう。
個人個人で依頼を受けて、なんてしてたら埒が明かない。
その組合から魔物討伐の報奨が出るらしい。今回のテンペストベア、とか言う魔物のものだ。
「これだけの魔物なら、結構な額になりますが」
「俺が冒険者組合からもらう。って訳にもいかないだろう」
目立ちたくないし。先ほどの勇者の話を聞いて、なおさらそう思った。
恐縮した様子の冒険者たちに構わないんだと言って聞かせて、席を立つ。
随分と長い話だった。腰が固まってしまう、ということはこの体ではないようだけれど。
「まだ領主になったつもりはないが、困ったことがあれば言って欲しい。代わりに、こちらも頼らせてもらう」
「ははぁ、どうぞこの村をよろしくお願いいたしますじゃ」
といったやりとりをして、村長の家を出る。空のちょうど真ん中にあった陽も、随分と傾いてきたようだ。
「領主さま!」
声をかけてきたのは村長の孫。ハイジ。勝手に脳内でつけた名前だけれど。手には小包を持っている。
村長に頼んでいた食べ物だ。中を見れば林檎にパン、それにチーズとミルク、だろうか。
リンゴはそのままリンゴだったし、不思議植物ということもないのだろう。人間や牛も元の世界とそう違いがある訳でもなさそうだし。
しかし、探してみたら面白いものがあるかもしれない。魔物や吸血鬼がいるくらいだし。
「このようなものでご満足してはもらえないと思いますが、全て村のものです」
「いやいや、ありがとう。助かるよ」
「本当なら誰かに届けさせたいのですが……明日の朝にはまた持っていきますので」
申し訳なさそうな顔をしている彼女に別に構わないのに。偉い人に直接物を持たせてはいけない。というような考えもあるのだろう。
別に偉い人物になった訳でもないのだが、周りがその役割を求めているような気がする。いけないいけない。初心忘るべからずだ。
ハイジに別れを告げて、村を出ようと足を向ける。なんだかんだと疲れた気分だ。
遠くはないけれど近くもない、山道を登りながらため息を吐いた。
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生きた心地がしなかった。
「お疲れ、ウィル」
「いや、助かったぜ、エーリカ」
テンペストベアと遭遇した時には、最悪ゲッツと俺の二人で壁になって、後衛二人を逃がそうかとも思ったが、その後出てきたクライム・ドラクロワと名乗るヴァンパイア・ロード。
魔族と言っても、考え方はそれぞれだ。王国生まれの俺は冒険者になってそれを知った。
教会が言うには、冷血非道で残酷な種族。一面ではそれも嘘ではないと思う。
人族より優れた肉体、魔法的な特性を持った彼らは、生まれながら特権的な階級にいると言っても良い。
人間の事をよくて家畜、悪くすれば害虫のような扱いをする魔族もいる。そもそも、種族が違うのだ。
その中でヴァンパイア、というのは人にかなり近い種族。
生き血をすするという彼らは弱いものであれば、人間の社会の中に紛れ、生活している者もいるという。
実際、さっきのヴァンパイア・ロードも、見た目や感じる力などは冒険者の俺らとそう変わりはなかった。
黒い髪に赤い瞳、確かに身なりはよく、貴族様のような服を着ていたし、いかにも魔剣というような変わった曲刀を提げてはいたが、翼や角がある訳でもない。
おそらく、種族として実力を偽装するのが得意なのだろう。そうなると、何も知らないという言葉もどこまで信用して良いものか。
赤い瞳、ということに気づいたときには、悲鳴を上げそうになった。
明らかに異質なものなのに、魔族だと知ってそれと考えてようやく気付いた。これも認識を阻害するような力なのだろう。
冒険者というのは、人間を守るもの。人族本位の組織であり、そこは揺らがない。言ってみれば、魔族からすれば敵と見られてもおかしくない。
実際、過去の勇者の中には、冒険者から生まれた者も少なくないらしい。
何の気まぐれか、俺たちの命を救ってくれたヴァンパイア・ロードだったが、気が変われば俺たちを切り捨てるのも簡単だろう。
目の前で見た力は圧倒的なものだった。魔法なんて一つも使わず、一撃でテンペストベアを両断するような生物とは戦えない。
敵対するつもりはない。そんなつもりでカンビオンのエーリカを前に出した。
魔族との混血になるエーリカは、人族の社会では浮いた存在だ。
いつも被っているフードは、その特徴である角を隠すためのものだし、本人は語らないが、あまり良い思いはしていないだろう。
それでも冒険者の側にいるのは、その力を買われてのもので、魔族にもいろいろいる。と俺が知ったきっかけの一つだ。
「話の分かる大魔族でよかった……というべきなのか?」
「ひとまず、助かっただけで良しとしましょう」
一つだけある村の宿、というよりも宿泊所に近いだろうか。その寝具に体を投げ出す。
人の言葉を話す猛獣。しかもその猛獣は指先ひとつで俺たちの首を飛ばせるのだ。下手な事を言える訳がなかった。
幸い、魔族の事をよく知る半魔のエーリカが居てくれたからいいものの、村長と合流してからはひとまず助かったが気が抜けない。という気持ちが強かった。
この辺りを領地とする大魔族であれば、自分の領内の人間を容易く害しはしないだろう。そんな目論見だった。
「……しかし、あの村長も肝が据わっているよな」
「魔属領の村長なんて、ああでもないとやってられないんじゃないのかしら?」
ヴァンパイア・ロードを目の前にしてああも長々と話を続けられるその根性は、俺にはない。
「まぁまぁ、あのヴァンパイア・ロード様のお陰で、俺たちも儲けさせてもらったんだ。悪いやつじゃないと思うぜ」
というのはゲッツの弁。
確かに、依頼の報酬もさることながら、テンペストベア討伐の褒賞というのはなかなかのものになる。
それを易々と渡すということは、大魔族というのは俺たち冒険者と価値観が違うのだろうか。
「恩を売られた……ということじゃないですよね」
斥候のハロルドが弱弱しい声で言うが、俺にはわからん。
わからんのだ。
クライム・ドラクロワというヴァンパイア・ロード。ひとまず約束の通り、王都には報告をしないでおこう。
その約束を破った時、何が起きるか考えたくもなかった。
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