4.アルプスの少女
村長の家に案内されるまでに見た村の景色は、とても牧歌的なものだった。
牧歌的、といっても、一般的な農村などというものを見た事も無いからよくわからないのだけれど。
木組みの小屋がいくつも並び、村を流れる小川には水車が回っている。
牛たちの姿もあり、一面の畑が、集落の外に広がっているような形だった。
村人たちの姿もちらほらと遠巻きにこちらを見ている。母親たちが子供を引き留めている姿が印象に残った。
村の真ん中に立つ、ひときわ大きな小屋が村長の家かと思ったが、そこはどうやら教会だそうで、それよりは一回り小さいものの、他の小屋よりは大きい、それが村長の家だった。比較でしか言えないけれど。
「この度はご足労いただきありがとうございますじゃ。森の魔物には手を焼いておりまして」
家の中は暖炉が目を引いた。絨毯の敷かれた屋内、木で出来た机と椅子。生活水準は悪くなさそう。というのが第一印象。
卓につくと、木でできた杯がおかれた。銀の器とはいかないけれど、そういえば、銀は触れても大丈夫なのだろうか。吸血鬼といえば銀に弱いというイメージがあるけれど。
それを持ってきたのは一人の村娘。顔に浮かんだそばかすと、きつい三つ編み。
「これはどうも」
杯の中身はワインのようだった。昼からお酒? と思ったけれど、お茶というのがないのかも知れない。
「こちらは私の孫でして」
ペーターの孫だというが、俺の頭の中ではハイジ、という名前が付けられた瞬間だった。
そのハイジは一礼するとそそくさと部屋を出ていく。
残されたのは冒険者組と俺、そして村長の総勢六人になる。
「実際ヤバかったんだよ村長さん」
そう話し始めたのは、剣を持っていた冒険者の一人。ウィルと呼ばれている。
俺との会話はエーリカが担当していたものだから勘違いしていたのだけれど、この冒険者パーティのリーダーはこのウィルという青年だったらしい。
そのエーリカの方はまたフードを深くかぶって、俺の前とは打って変わって静かなものだ。
「そしたらこのお方が一撃でさ!」
ウィルは身振り手振りを合わせて、さきほどの討伐劇を村長に語っている。
随分と大げさな話になっているような気もするが、興奮した様子でまくしたてる姿は、また俺の前とは大違い。そのフランクさをちょっとこっちにもくれないかな。
ウィルの話から分かったことは、先ほどの熊はテンペストベアと呼ばれる厄介な魔物だということ。
少し背筋がかゆくなるような恥ずかしい名付けだけれど、そういうのが流行っているんだろう。
俺にとっては一瞬で片付けたモンスターも、普通はなかなか手が付けられないものだったらしい。
それもそうだろう。冒険者組はさておき、目の前にいる村長や村人たちはいかにも普通の人間だ。
元の世界で熊を目の前にしたら死を覚悟するだろうし、それが身長五メートルなんて言われたら、打つ手もない。
この世界の常識、というものは分からないが、この村長が素手で木を切り倒しはじめたら驚きだ。
「何とお礼を言えば良いか。改めてお名前を伺っても?」
「クライム・ドラクロワだ。上の廃城から来た。目覚めたばかりでこの辺りのことはよく分かっていないのだが、話を聞かせてもらえるかな」
ようやく話がひと段落、というところで口を挟む機会ができた。
話し終えたウィルは、俺が口を開くとやっぱり黙りこくって、体を引く。
「ははぁ、ドラクロワ様。私どもも困っていたのです」
何やら感動した様子で話し始めた村長だったが、その話の長いこと長いこと。
何度かワインの杯を変えにハイジが入って来て、少々申し訳なさそうな目くばせを置いていく。
太陽が傾いたことすら感じられるほどの時間をかけて語られたこの村の成り立ちやら歴史やら。
何も知らない身としては、ありがたいものではあったのだけれど。
この先しばらくは村長の話を要約したもので、聞き流しても構わない。
いわく、この世界には魔族と人間、いわゆる人族がいる。それは冒険者たちや村人を見て分かっていたことではあるが、別々の神に作られた存在であり、相いれないものだという教義があるらしい。
一方で、この場所はその魔族領。いわゆる魔王の土地であり、そこで生きる人々は、魔族に従っている。
圧倒的に数が多いのは人族であり、先ほどの教義から人間だけの王国は度々、魔族と戦争を起こし、その領土を広げているらしい。
この戦争というのは開戦と休戦を断続的に繰り返しており、今は長い休戦期だという。
では、なぜ魔王領に人族の村が? みんな王国に行けば良いのでは? という話になるのだが、この魔族と人間の領土争い、常に起きているものでもないらしい。
そもそも圧倒的に人数の多い人族は、人族の王国だけで生きていられるほど少なくない。
王国は領土を広げてはいるが、それでも領内の人間を養うだけで精いっぱいだ。
領土を広げ過ぎれば、今度は魔族の反攻にも耐えられなくなり、人を受け入れるのにもどうしても限界がある。
この村はといえば、どうやら結構な辺境の土地にあるようで、王国の支配下には入っていないという。
さきほど、魔王領の人間は魔族に従っていると言ったが、実際には人と魔族は緩い共生関係の中にあって、王国のような思想が先鋭化した集団とは話が違うのだ。と、村長は言った。
この話は魔王領にある人族の村の村長の話だから、少し考えた方が良いかもしれないけれど。
そもそも、人族と魔族の間で数に差があるのに戦争が成り立つのは、魔族ひとりひとりが強力な力を持っていることがある。だからこそ、その魔族を恐れ、人々が集まった王国ができた。とも言える。
「この村も、先代の領主さまがおられなくなってからは、長いこと冒険者の皆さんに頼りきりで」
どうやら前任者が居たらしい。
この世界には先ほどの魔物のようなものも多く、村人たちが安心して暮らすには、王国の下か、魔王の下、というよりも、強力な魔族の支配の下につくしかない。
支配、というと一方的な関係に見えるが、要は守ってもらう必要がある。ということだ。魔族との共生、というのはそういう話。
冒険者と言うのは、そのような魔族や王国の庇護を失った人間たちを助けるための存在らしい。
「先代はどうしてこの土地からいなくなったんだ?」
「それは――、勇者様が現れたからでございます」
勇者。ロールプレイングゲームではお馴染みのやつだ。
ファンタジー世界だと思っていたが、やはりお約束の勇者ってやつがいるのか。
聞けば、この世界の人族の中には、ときおり勇者と呼ばれる規格外の存在が生まれるらしい。
人族と魔族の戦争が断続的になるのは、この勇者の存在が大きいのだ。
何度も繰り返される勇者と魔王の戦い。その多くは勇者が魔王を討つことで終わりを迎える。
前回もそうだった。
多くの魔王軍幹部、強力な魔族たちを討ち取った勇者一行。戦争は終わり、世界は平和に包まれた。
魔族の支配から解放された人々だったが、王国の民や、一部の前線地域、事実、魔族が横暴を働いていたような場所以外では日常は何も変わってはいない。
エンディングのその後の村がこの状況。という訳だ。
しかし、勇者様お助け下さい! みたいなサイドタスク、どうして人間が魔族の下で生活しているのかとか、どうして成り立つのかと思ったけれど、こうして人間の方が数が多くて、横暴な魔族が支配をすればそういうことも起きるか。
「勇者という存在がいるのは分かったが、魔族の方はどうなっているんだ?」
そんな風に勇者に狩られていたのでは、早々に全滅すると思うのだが。
「その、領主さまの方がお詳しいかと思いますが」
いつの間にか領主と呼ばれているような気がするが、その困惑はよくわかる。
魔族本人に魔族ってどうしてるの、と聞かれたらそれは困るだろう。
「領主さまのように、ふと、お偉い魔族の方がいらっしゃるのです」
なるほど、村長もよく分かっていないらしい。
しかし、話を聞くところによると、人族の勇者と同じように、強い魔族や魔王というものが、急に現れる。自分の事を考えてみると、自然にポップするのだろうか。
「永遠に繰り返される、剣と魔法のファンタジー世界」
それが俺の感じた、この世界の在り方だった。
勇者と魔王、その役割を何度でも再現する舞台装置。
そこに何か作為的なものを感じるのは、神の存在を信じるのと同じようなことか。




