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3.路傍の

 どこか、腹の満ちたような気持ちがした。

 刀についた血を落とすか、と刀身を見れば、ぼう、と光るような鉄の地肌に、ぎょろりと生えている目があった。

 血などついていない。心なしか、その剣についた瞳が満足そうに笑っているように見えた。


 何か気に障る。思い通りとでも言ってそう。やはり妖刀のたぐいだったか。

 目玉剣のせいにしたところで、実際には自分がノリノリだったことはよく覚えている。

 ごっこ遊びの悪ノリが過ぎただろうか。その目に見られていることが少し恥ずかしくなって、剣を鞘へと納めた。


「一撃……だと」


 後ろから聞こえてきた声に我に返る。

 先ほどの冒険者の一人が、抜いた剣もそのままに唖然とした顔でこちらを見ていた。


「あんた一体、何者なんだ」

「ウィル、失礼よ」


 剣を抜いたままの戦士風の青年が思わず、といった様子でかけてきた言葉を、遮るようにして止めたのは、フードを被った女性だ。

 そのまま前に進み出て、こちらに頭を下げてくる


「失礼しました。お助け頂きありがとうございます。私達は近くの村に呼ばれた冒険者です」

「いや、これはご丁寧に……ただ通りがかったもので」


 思いがけず腰の低い態度に躊躇いつつ、何とかそう返すと、彼女は頭を上げた。

 フードを取ると、頭には小さな角がある。


「エーリカ、いいのか?」

「大丈夫。このお方は力ある魔族よ」


 仲間内で何やら話しているが、この世界の住人には角が生えたりしているのが普通なのだろうか?


「私はカンビオンのエーリカと申します。失礼を重ねるようですが、名のある魔族の方とお見受けします。お名前を伺ってもよろしいでしょうか」


 そう丁寧に扱われると少し困ったものだけれど。

 カンビオンとは何だろうか。直接聞いて自分の無知を晒すのが得策なのかわからない。

 俺のようなファンタジー種族もいることだし、あの角を見るとただの人ではないということだろう。

 むしろ、他の冒険者たちはどう見ても普通の人間で、やはり普通の人間とそうではないものがいる。ということだろう。


 しかし名前、そう、名前か。考えてみると、自分の名前すらはっきりとしていない。


「ヴァンパイア・ロードのクライム、という」


 とりあえずエーリカの真似をして洋風の名前を言ってみる。ヴァンパイアなんて何か罪がありそうだし。こちらの方が上位の立場らしいのはよくわからないけれど、偉そうな態度を求められているようで、言葉が硬くなった。

 ぱっと思いついて呼ばれても違和感のない名前になったと思う。


「クライム……様? その、御家名を伺っても?」


 エーリカが困惑したような様子を見せる。何か間違えただろうか。彼女は名前だけで、特に家名とかなかったようだけれど。まあいいか、とりあえず何も分からないのだし、勢いで喋ってしまおう。


「ヴァンパイア・ロード……?」

「魔族も魔族、大魔族じゃねえか」

「吸血鬼だけでも手に負えないですよ……ロードって」


 冒険者ABCが後ろで何か言っているがさておき、吸血鬼の家名というと、一つしか思い浮かばない。


「クライム・ドラクロワだ」

「ではドラクロワ様」

「クライムと呼んで欲しい」

「は?」


 適当に思いついたが、ドラクロワと呼ばれるのは違和感がすごい。

 どうしても燕尾服に翼の生えた姿や、顔色の悪いナイスミドルが脳裏をちらつく。


「えーっと、何か理由があるのか……いえ、そう言うなら」


 エーリカの頭の上に疑問符が浮かぶのがわかる。そこはこう、察してほしい。

 ゼロからの異文化交流はやはりつらいものがある。白、ヘルプ。

 頭の中で、廃城にいる白い少女がくしゃみをした。


「あー、俺もさっき起きたばかりでよくわかっていなんだ。もっとこう……楽にして欲しい」


 耐えきれない。耐えきれなかった。空気を読もうにも常識がわからない。

 恥ずかしくて冒険者たちの顔を見ることもできない。はやく廃城に帰りたい。

 いやいや、何を恥ずかしいことがあるだろうか。知らないのだから素直に話を聞くしかないだろう。


「とりあえず、村まで案内してくれないかな」


 ここまで来てただ帰るわけにもいかない。

 呆れたような、ちょっと距離を感じる様子だったが、冒険者たちはおおむね快く応じてくれた。


「こんなに腰の低い魔族の方なんてそうそういませんよ」


 何か裏があるのか、そう疑って当り前だ。と、エーリカは言う。


「裏がない、と分かってもらえたかな」

「もしもクライム様が演技をしていたとするなら、すごい役者だと思いますが」


 その可能性を考えたところで、しょうがない。初めはかちかちに硬い様子だった彼女も、道中話しているうちに、ようやく素直に話をしてくれるようになってきた。


「そもそも、あんな力がある大魔族なんて私達にはどうしようもないっすよ」


 カンビオンと名乗った彼女だが、それは魔族と人間のハーフ、ということらしい。

 冒険者たちの中でも、彼女だけが俺と話しているのはそれが理由だ。やはり人間と魔族、というのは仲がいいものではないらしい。


「永い眠りについていた大魔族、というのは母から聞いたことがあります。私達とは生きる時間の感覚が違うんだって」


 大魔族というものは、とんでもなく長い寿命を持つものらしい。吸血鬼一般の話となると、不死者。殺されることがなければ、消滅することはない。そういうものかー。


 そうこう話しているうちに、村へとたどり着いた。

 先を行っていた、弓を持った冒険者の一人が話を通してくれていたようで、村の前には出迎えの村民が何人か立っている様子だった。


「村長のペーターと申します」


 そう言ったのは中央に立つ、長い白髭の老人だった。

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