26.突撃! 1
平和である。実に平和だ。
窓から差し込む日差しを浴びながら、そんなことを考える。
最近は行商人がやってきたり、ハイジが庭に花を咲かせたりと、廃城にしては随分と賑やかになった。
廃城というのも、そろそろ失礼な気がしてきたな。俺の城なんだけど。
「何読んでるの?」
「地理の本」
向かいに座っていた白が顔を上げた。
「地理?」
「うん。この辺りのこと、少し知っておこうと思って」
白の手元には、分厚い本が広げられている。
地理かあ。
そういえば、俺はこの世界に来てから、自分の住んでいる土地についてほとんど知らない。
村があって、森があって、山がある。以上。
地理の授業だったら赤点だな。
「面白い?」
「それなりに」
「そっか」
白が再び本に目を落とす。
俺も何か読もうかな、と考えたところで、廊下から足音が聞こえてきた。
「クライム様ー」
「はーい」
扉から顔を出したのはハイジだった。
「お客さんですよ」
「お客さん?」
「はい。おじいちゃんが連れてきました」
ペーターが?
村長がわざわざ連れてくるということは、何か事情があるのだろう。
あまり面倒な話じゃないといいんだけど。
「どんな人?」
「冒険者さんたちです。前にもいらっしゃった方みたいですよ」
ああ。それなら心当たりがある。
随分と懐かしい顔ぶれじゃないか。懐かしいというにはそれほど経っていない気もするけれど。
「白も来る?」
「……うん」
白が本を閉じた。
※※※※※
「お久しぶりです。ドラ……クライム様」
「ああ、久しぶり」
客間に入ると、四人の冒険者が立ち上がった。
先頭に立っているのは、剣士のウィルヘルム。
その後ろに、斧使いのゲッツと弓使いのハロルド。
そして、フードの奥から小さな角を覗かせているのが、魔法使いのエーリカだった。
以前、テンペストベアに襲われていたところを助けた冒険者たちだ。
クライムと呼んでくれ。と言ったことも覚えていてくれたらしい。
あの時は格好をつけようとして、随分と変なことを口走った気がする。思い出したくない。
「ご無沙汰しておりますじゃ、領主さま」
「ああ、ペーターも。わざわざありがとう」
「いえいえ。こちらの皆さまが、どうしても領主さまにお目通りを願いたいと申されましてな」
ペーターが長い髭を撫でる。
しかし、こうして改めて顔を合わせてみると、何やら妙に緊張されている気がする。
ウィルは背筋を伸ばしているし、ハロルドは部屋の中を落ち着かなさそうに見回している。
ゲッツだけは比較的いつもどおりだろうか。
「まあ、座ってよ」
「……では、失礼します」
四人が揃って腰を下ろした。そんなに畏まらなくてもいいのに。
そう思ってから、前回の別れ際に自分が何と名乗ったかを思い出す。
ヴァンパイア・ロード。クライム・ドラクロワ。
うん。
相手が緊張する理由は、十分にあった。
白は俺の隣に座ると、何も言わずに本を開いた。
ウィルがちらりと彼女を見る。友好的、というよりも警戒、に近い視線だ。
もっとも、白は特に気にした様子もない。
すこし気になったけれど、警戒する気持ちも分からないでもない。仕方ないことだろう。
「お茶をお持ちしますね」
ハイジが部屋を出ていく。
「それで、今日は何の用?」
俺が尋ねると、ウィルは一度ペーターに目を向けた。村長が頷く。
「実は、少々厄介なことになっておりまして」
厄介事。
あまり聞きたくない単語である。
※※※※※
「魔物が増えている?」
「はい。こちらの領地から山を一つ越えた先に、いくつかの村があります」
ウィルが机の上に地図を広げた。
おお、地図だ。
さっき白が読んでいた本と違って、こちらは随分と実用的な感じがする。
「この街道は、以前から商人たちが利用していた道です。ところが最近、魔物の出没が相次いでいまして」
ウィルが街道に沿って指を動かす。
「護衛を雇っても被害が出るようになり、現在では通行を避ける商人も増えています」
「ふむ」
「我々もギルドから調査を依頼されました。しかし、想定していた以上に魔物の数が多い」
そこでゲッツが口を開いた。
「一匹二匹ならどうにでもなるんだがな。森の中を歩いていると、次から次へと出てきやがる」
「種類もばらばらでした」
エーリカが付け加える。
「本来なら、同じ場所にあれほど集まることはないはずなんです」
「へえ……」
魔物の生態系というやつだろうか。
熊と狼が仲良く暮らしていたら、確かに妙な感じがする。
「それに、村から逃げ出す者も増えておりますじゃ」
ペーターが口を挟んだ。
「こちらの村にも、すでに何家族か身を寄せておりましてな。今のところは何とかなっておりますが、これ以上増えるとなりますと、少々難しくなってまいりますじゃ」
「食料が足りない?」
「それもございます。ですが、住む場所も畑も必要になりますゆえ」
なるほど。
確かに、食料を分け与えるだけでは済まないか。
「そっちの領主は何をしてるんだ?」
何気なく尋ねたつもりだった。
しかし、四人の表情が少し変わった。
「……それが、現在は領主がいないのです」
「いない?」
「以前は強力な魔族が治めていたそうですが、討伐されたと聞いています」
「へえ」
討伐。
また物騒な話になってきた。
「後を継ぐ者も現れず、領地は事実上、放置されている状態です」
「なるほどねえ」
領主がいないと、魔物が増える。そういうものなのだろうか。
隣で地図を覗いていた白が、小さく俺の袖を引いた。
「……縄張り」
「ん?」
「強い魔族がいなくなったから、ほかの魔物が入ってきたのかも」
「ああ、そういうこと」
それなら分かりやすい。
強い熊が住んでいる山に、わざわざ別の熊が引っ越してこないようなものだろう。
……熊の話ばかりしているな。
「それで、魔物を退治してほしいと?」
ウィルが頷いた。
「はい。できれば、調査にもお力を貸していただきたいのです」
なるほど。つまり、以前の熊退治の延長ということか。
それくらいなら、別に構わない。
「いいよ」
「……は?」
「魔物退治でしょ?」
「ええ、そうですが」
「じゃあ、まあ。何とかなるんじゃないかな」
ウィルが固まった。
ゲッツが大きく息を吐く。
エーリカは何やら複雑そうな顔をしている。
あれ。何かおかしなことを言っただろうか。
「領主さま」
そこで、ペーターがゆっくりと口を開いた。
「少々、お待ちくだされ」
「ん?」
「魔物を退治していただけるのは、誠にありがたいことでございますじゃ。しかし、その先のことも考えねばなりませぬ」
「その先?」
「はい。領主さまが隣の領地に赴かれ、魔物を討伐なさったとなれば、向こうの村人たちはどう思いますかな」
「……助かった?」
「ほっほっ。それは間違いございますまい。ですが、次に魔物が現れたときは?」
次? また退治すればいいんじゃないだろうか。
いや。ちょっと待てよ。
「また俺に頼みに来る?」
「左様でございますじゃ」
ペーターが頷いた。
「一度お助けになれば、次も助けていただけると期待する者が現れましょう。あるいは、新しい領主さまとしてお迎えしたいと考える者もおりますまいか」
「いやいや」
思わず手を振った。
「別に領地が欲しいわけじゃないんだけど」
「それは承知しておりますじゃ。しかし、向こうの者たちが同じように考えるとは限りませぬ」
うーむ。なるほど。
困っている人を助けるだけのつもりが、いつの間にか領地が増えていました。そんなこと言われても困る。
そもそも、今の領地だって、俺が積極的に欲しがったわけではないのだけれど。
「じゃあ、どうすればいいかな」
「まずは事情をよくお確かめになるのがよろしいかと存じますじゃ。手を貸すにしても、どこまで関わるかは、その後にお決めになればよろしいでしょう」
それもそうか。
俺は地図に目を落とした。山を一つ越えた先。
随分と近いところで、知らない問題が起きていたらしい。
※※※※※
「ところで、一つ聞いてもいい?」
話が一段落したところで、俺はウィルたちに向き直った。
「どうして俺のところに来たんだ?」
四人が顔を見合わせる。
「ほかにも強い冒険者はいるだろうし、ギルドに応援を頼む手もあるんじゃない?」
「それは……」
ウィルが言い淀んだ。
代わりに口を開いたのは、エーリカだった。
「実際、応援は要請しています。ただ、いつ来てもらえるかは分かりません」
「なるほど」
「それに、調査へ向かった別の冒険者たちが、まだ戻ってきていないんです」
あら。それは聞いていなかった。
「遭難?」
「分かりません。魔物に襲われた可能性もあります」
エーリカは少し俯いた。
「私たちだけで探しに行くことも考えました。でも、同じことになってしまったら……」
そこで言葉を切る。ウィルが後を引き継いだ。
「以前、あなたには命を救っていただきました」
「ああ、まあ」
「正直に申し上げます。あなたがどのようなお方なのか、我々にはまだ分かりません」
おお。随分とはっきり言うな。
「ですが、あのとき、あなたは我々を助け、報酬まで譲ってくださった」
いや。あれは王国に知られて面倒事になるのを避けたかっただけなのだけれど。
「そのことを信じて、お願いに参りました」
ウィルが頭を下げる。ほかの三人も、それに倣った。
困った。そこまで大層な理由で来られると、こちらも何だか断りにくい。
いや、最初から断るつもりはなかったけれど。
「分かった。まずは詳しく調べよう」
ウィルが顔を上げた。
「ありがとうございます」
「ただ、領地を引き受けるとか、そういう話は別だからね」
「もちろんです」
本当に分かっているだろうか。
ペーターを見ると、にこにこと笑っていた。
何となく、この人が一番油断ならない気がする。
※※※
その後も地図を囲みながら話を続けていると、不意に客間の扉が開いた。
「あるじさま~」
クロエだった。
「なにしてるの~?」
「ああ、お客さんが来ててね」
「お客さん?」
クロエがひょいと顔を覗かせる。
その瞬間、エーリカの肩がぴくりと動いた。
まあ、吸血鬼がもう一人出てくれば驚くだろう。
当のクロエは、そんなことなど気にした様子もなく、俺の隣へやってきた。
「ふ~ん。冒険者?」
「そう。以前、森で会った人たち」
「へえ~」
興味があるのかないのか。
クロエは俺の隣に腰掛けると、机の上の地図を覗き込んだ。
「それで、何のお話?」
「隣の領地で魔物が増えてるらしくてね。ちょっと調べに行こうかと思ってる」
「どこどこ~?」
「この辺り」
ウィルが地図の一点を指した。
クロエがその指先を追う。
「……あれ?」
「ん?」
珍しく、クロエが少しだけ目を丸くした。
「ここ?」
「そうだけど」
「ふ~ん」
何やら楽しそうに笑っている。
「クロエ、知ってるの?」
「ん~?」
クロエは地図から顔を上げた。
「ちょっとね~」
「行ったことある?」
「あるよ~」
「へえ。どんなところ?」
クロエがにっこりと笑う。
「ひみつ~」
「なんでだよ」
けらけらと笑いながら、クロエが俺の腕に抱きついた。
相変わらず、よく分からないやつである。
まあ、現地に行けば分かるだろう。そんなことを考えながら、俺は再び地図に目を落とした。
……ところで。
どうしてエーリカは、さっきからクロエをちらちら見ているのだろう。
知り合いだったりするのかな。
まさかね。




