23.花が咲いたよ
「白は、好きな花ってある?」
聞けば、白は本から顔を上げた。
「花?」
「うん。花」
ハイジに、どんな花にするのか。と聞かれたのだけれど。
俺にはこの世界にどんな花があるのかも分からない。結局、いつものように白に聞くことにした。
「この辺りに咲く花?」
「いや」
それならきっと、すぐに答えが返ってくるのだろう。
「白の好きな花」
「私の?」
「うん」
白は少し考え込んだ。世界のことなら何を聞いても、大抵はすぐに答えてくれる。
けれど、こういうことを聞くと少し時間が掛かるらしい。
「……スズラン、かな」
「スズラン」
それなら俺も知っている。
「白くて、小さいやつだよね」
「うん。鈴みたいな花が下を向いて咲くの」
「ああ。それ」
どうやら同じものらしい。
「白っぽいな」
「そう?」
「うん。白くて、小さくて……なんとなく」
言ってから、何を言っているんだろう。と思った。
花を女の子に例えるなんて。そんなことを平然と言える性格だった覚えはない。
そもそも、自分がどんな性格だったのかも覚えていないのだけれど。
「ちなみに、毒があるよ」
「…………」
「何?」
「いや。そこは白っぽくなくていいなって」
「どういう意味?」
白が少しだけ眉を寄せる。
「なんでもないです」
毒があるところまで似ている。とは言っていない。
※※※
「ありますよ」
翌日。
ハイジに聞いてみれば、あっさりと返事が返ってきた。
「スズランが?」
「同じ名前かは分かりませんけど。たぶん領主さまが言ってる花なら」
城の周りにも生えているらしい。
案内された林の中で見つけたのは、確かに見覚えのある葉だった。
「これです」
「まだ咲いてないね」
「時期じゃないですからね」
なるほど。
それでは仕方ない。
と思ったところで、ハイジがその葉に手を伸ばした。
「あ」
触れたところから緑が伸びる。茎が伸びて、その先に小さな蕾がついた。
白く膨らんだそれが、ゆっくりと開いていく。小さな鈴のような花。
「……本当に咲くんだな」
「だから、咲くって言ったじゃないですか」
聞いてはいた。麦を実らせるところまで見ている。
それでも、目の前で季節を無視して花が咲くのは不思議なものだった。
「これ、持っていっても大丈夫?」
「根ごとなら。でも、毒がありますよ」
「知ってる」
「知ってるんですか?」
「白に聞いた」
ハイジが、少しだけ不思議そうな顔をした。
「白は色々知ってるから」
「それは知っていますけど」
結局、そこに落ち着いた。
※※※
中庭に戻ると、最初に咲いた花はまだそこにあった。
その周りではなく、少し離れた場所を選ぶ。
「ここでいいかな」
「いいんじゃないですか?」
土を掘って、持ち帰った株を植え、土を戻して、水をやる。
そこまでしてから、ハイジが葉に触れた。白い花が咲く。
「おお」
何度見ても、不思議なものだ。時間を操っているよう。
「白さん、呼んできますか?」
「そうだね」
せっかくなので本人にも見てもらおう。
※※※
「咲いたよ」
呼んできた白に言えば、中庭へ出たところで足を止めた。それから、花を見る。
「あ」
小さな声だった。
白はそのままスズランのところまで歩いていって、しゃがみ込んだ。
「どう?」
「……うん」
花を見ている。
「綺麗」
「そっか」
それだけだった。けれど、いつもより少しだけ表情が柔らかい。
「嬉しい?」
「嬉しい?」
オウム返しに聞き返される。
「いや。なんとなく」
「……」
白は少し考えて。
「たぶん、嬉しいんだと思う」
「そっか」
それなら、良かった。そう思ってから。俺は何がそんなに嬉しいのだろう。
花が咲いたのは白だし、咲かせたのはハイジだ。
「……何?」
「いや」
ぼんやりと白の顔を見ていたようで、彼女は抗議するようにちょっと唇を尖らせた。
「他には?」
スズランの隣にしゃがんだまま、白に聞く。
「他?」
「好きな花。ほかにもある?」
また少し考える。
「……勿忘草、とか」
「わすれなぐさ」
それも知っている名前だった。小さな青い花を咲かせるんだったか。
「私を忘れないで、だね」
「……なんだか、俺には妙な名前だな」
「そう?」
忘れないで。
そう言われても、俺には忘れたものばかりだ。自分の名前さえ。
それでも、目を覚ました時から白はここにいる。
「まあ、花に罪はないか」
「ないと思うよ」
白が答える。そういう話でもなかった気がする。
でも、それ以上は考えないことにした。
※※※
「へえ。花増えたんだ~」
いつの間に来たのか、クロエが後ろに立っていた。
「白の好きな花だって」
「白っちの?」
クロエがスズランを見る。
「ふ~ん。かわいいじゃん。白っちっぽいね」
「俺もそう言った」
「あるじさまも~?」
「悪い?」
「べつに~?」
なんだ、その顔は。
「こっちは?」
クロエが中庭の空き地、別の一角を指す。
「まだ。白が好きだって言ったから、今度探そうかと思って」
「へえ」
「わたしは、もっと派手なのがいいな~」
「聞いてないけど」
「聞けばいいじゃ~ん」
聞いて欲しい、という態度を正面からぶつけられるのはすごいことだと思う。
「じゃあ、クロエはどんな花が好きなの?」
「ん~」
視線が中庭を巡る。
「綺麗なの」
「随分と曖昧な……」
「だって綺麗ならいいじゃん。飾れるし~」
実用的なのか、そうでもないのか。そこもクロエらしい気はする。
「これ、ハイジが咲かせたんだよ」
「へえ。そんなことできるんだ」
クロエがハイジを見る。ハイジが、少しだけ身構えた。
「……はい」
「ふ~ん」
それだけだった。クロエの視線はすぐに花へ戻る。
「でも全部白いのは地味じゃない?」
「勿忘草は青いよ」
「じゃあ次はそれにしよ~」
「白の希望だし、咲かせるのハイジなんだけど」
「いいじゃん。わたしも見たいし~」
勝手なものだった。
※※※
結局、中庭を花畑にするのはやめた。
最初に自然に咲いた白い花は、そのまま。
少し離れたところに、白の好きなスズラン。勿忘草は、ハイジが見つけたら増やしてくれるらしい。
クロエはもっと派手な花があってもいい。と言っていた。その辺りは、また今度でいいだろう。
「このくらいでいいんじゃない?」
白が言う。
「そうだね」
何もなかった中庭に、一輪の花が咲いた。
それを残していたら、今度は別の花が増えた。
そのうち、また何か増えるのだろう。花かもしれないし、それ以外かもしれない。
中庭を見る。
白がいて、少し離れたところでハイジが道具を片付けている。
クロエはもう飽きたのか、どこかへ行ってしまった。
いつの間にか、随分と人が増えた……人ではないのも多いけれど。
まあ。
廃城、という呼び方もそろそろ似合わないかもしれない。




