21.花
その日は、目覚めた時からいつもとは違った。
「ん……朝、か?」
窓に引かれたカーテンの隙間から差し込んだ陽の光が、閉じた瞼の裏まで目を刺す。
普段であれば、レイスのミタさん辺りが朝を報せに訪れるのだけれど。
普段よりも早く起きたものかと思ったが、この部屋に陽が射すということはいつもより遅いぐらいだろう。
「別に灰になるなんてことはなかったな」
陽の光を浴びたからと言って、別に体が燃える訳でも、目に見えて弱体化するものでもなかった。とはいえ、そこまで気持ちが良いとは感じないのは、体のせいなのか、それとも生来の自分の性格なのか。
夜目がよく効き、夜だからと眠くなるものでもないこの体だと、夜を長く使いがちだというのも、朝を苦手に思う理由なのかもしれない。
あるいは、鋭敏な感覚には、昼はうるさすぎるのかも。決して夜が静か、と言う訳ではないのだけれど。
気持ちだけ重く、寝台から体を起こす。
レイスたちがストライキを起こした。と言う訳ではないようで、いつも通りに畳まれた着替えに袖を通す。
洗濯されて綺麗になった服に袖を通すのは気分が良い。
できれば朝からひと風呂、とでもいきたいところなのだけれど。
そんなことを言うとまた、ハイジに苦言を呈されそうだ。
毎日の風呂という習慣ですら、最初はドン引きされた。
贅沢すぎる。らしい。
村でどうしているのかと聞けば、濡らした布で体を拭うだけ、という日が多いとか。
これが冬場になると、髪を濡らすのも控えるらしい。
冬場の風呂ほど気持ちのいいものはないと思うのだけれど……ドライヤーなんてない世界で、冬に髪を濡らすのは命取りになりかねないと言われるとそれはそうかもしれない。
今では、クロエに習った魔法のお陰で、髪を乾かすのもお手の物だけれど。
火が使えるハイジなんか、便利に魔法を使っている。
結局、沸かしたお湯がもったいない。と、情に訴えるような形でハイジも毎日の入浴が習慣になっていた。
ファンタジー衛生環境問題。
やはり美少女には毎日お風呂に入っていてほしい。
これは現代人にとってゆずれない問題だ。
白はもちろんのこととして、クロエは何の抵抗もなく毎日の入浴が習慣になっている。
クロエに関して言えば、元から贅沢な生活というのに抵抗がないというか、むしろ好んでいるというか。
吸血鬼のことだから、そのうち血の浴槽に浸りたいなんて言わないかなんて具合。
クロエは悪女の素質があると思う。今のところ小悪魔、といった風情だけれど。
いや、それは見た目に引っ張られているだろうか。実は見た目通りの年齢ではないとは言っていたけれど……クロエに向かって齢を尋ねるような命知らずな真似は流石にできていない。
朝のまとまらない思考を遊ばせていると、少しは動こうか、という気持ちにもなってくる。
思えば、一人で朝を迎えるというのも久しぶりなことかもしれない。
結局、クロエなり、ハイジなりと朝を迎えるようなことになっている。
はい。今回も駄目だったよ。
覚悟を持った相手に対して、断ることなどできるだろうか。憎からず思っていればなおさら。流されている。という自覚はある。反省。
またしばらく、白の顔を見るのに気まずさがあったのだけれど。
「おはよう」
あくびを噛み殺しながら食堂に体を運んでいけば、その白が卓についていた。
朝日を浴びて白い髪がきらきらと輝いて見える。
「おはよう。あとの二人は?」
「ハイジならもう朝ごはん食べて台所。クロエはまだ起きていないみたい」
そうか、と卓につく。
この城の朝食の時間に関しては自由だ。夕食は自然と集まるのだけれど。
全員起きる時間もまちまちで、自然とそんな形になった。
白も朝は弱いらしく、凛とした姿も、朝は少しぼんやりとしている。
寝ぐせの残った髪で普段よりちょっとボリュームが増えて、なんというかもふもふだ。
朝食はいつも簡単なものになる。
今日は硬いパンにチーズ、ミルクに蒸し肉の冷えたもの。それにりんご。
村で採れるというりんごは、現代で思うような大きなものではなく、小ぶりで、甘くもないのだけれど、爽やかで気に入っている。
「そういえば、今日はレイスやスケルトンの皆を見てなくない?」
「ん。私も今朝は見てないね」
なにか仕事でもしているのかな。様子を見てみようか。
そんな話をしながら朝食を進めていくと、白も起動してきたようだ。
「ちょっと探してみようか」
いつもお世話になっているレイスやスケルトンたちの姿を見ないというのは落ち着かない。とくにやることがある訳でもなし。
白と連れ立って城を歩く。
長い回廊、いくつもの広間、玉座の間、居室、控室、地下の倉庫に水槽。
初めはただただ広く感じたものだけれど、すっかりこの場所にも慣れてきたもので、随分と歩きやすくなった。
部屋や回廊の裏には使用人たちが通るための隠し通路のようなものもある。いわゆるバックルームというものになるのだろうか。
装飾の施されたメインの回廊と比べると質素な作りで、時折、迷いそうになるのだけれど。
「うーむ。みんなどこに行ったかな?」
「あとは外だと思うけれど」
歩けど歩けど城の住人の姿は見なかった。普段ならいつでも一人二人は見るものだけれど。唯一見かけたのは動かない動く鎧のみなさま。いつでもしっかり部屋を守っている。
基本的にスケルトンやレイスたちの動く魔物たちも城の敷地を出ることはないので
、どこにもいないということはないとは思うのだけれど。
基本的に、というところで、お願いすれば水を汲みに行ってもらうことも、荷物持ちに出てくれることもあるのだけれど、たまたま居合わせた村の住民でもいたら恐怖だろう。ハイジも最初は悲鳴を上げていたものだし。
中庭を覗いてみれば、城のスケルトンやレイスたちが集まっていた。
「みんなしてどうした?」
と、聞いたところで、話す口を持たない彼らには答えようがないのだけれど。
何か問題が起きた様子ではなく、こちらを見れば礼をしてくれる。
様子を見てみれば、みな一様に同じ方向を見ているものだから、断りをいれつつすり抜けていく。たまにレイスの体の中を通ることになるのだけれど、ぶつかることはなく、少しひんやり。
「花?」
というのは白の呟き。
城の住人たちが集まった先には、一輪の白い花が咲いていた。
何も特別な所はない一輪の花。
どうしてこれだけみんなが集まっているのか分からないものだが。
しかし、荒れっぱなしだった廃城も随分と綺麗になったものだ。
花なんて咲いてもいなかった中庭に、一輪の花が咲いたことは、もしかしたら彼らには大事なことなのかもしれない。
「柵でも作ろうか」
この花が増えて、花畑になるかはわからないけれど、こうして見ているとそのままにするのも気が引けてきた。
「そのままにしておく方が綺麗、だと思う」
とは白の言葉。
「きっとこれからも、自然に咲く花があるから」
そうかもしれない。いま一輪の花が咲いたように、時が経てば、きっと入れ替わり、この場所にもまた花が咲くだろう。
「みんながどうしたいか、に任せようか」
「そうだね」
しばらく眺めていれば、一人、また一人と城の住人たちも離れていく。
いつしか誰もいなくなった中庭には、いまも花が咲いている。




