20.ロマエ
浴場に入ってきたハイジの体はぎゅっと強く手に握った布で隠されていたけれど、それ一枚で隠しきれるものではなく。健康的に焼けた肌色があちこちと覗いていた。
肉付きがよく、張りのある肌。むき出しになった太ももが眩しい。
思わぬことにそうして観察してしまった。慌てて天井に目を向ける。
「待て! 早まるな!」
思わずそんな言葉が出たのは、ハイジの表情を見たからだった。
普段、おさげにしている髪は解かれて、彼女のゆるく癖のある髪は胸元と背中に流れている。
それに縁どられた、綺麗とか美人と言われるより、どちらかといえば愛嬌のある顔は、いつもの柔らかい表情ではなく、思い詰めたような暗さと迫力を感じさせた。
間違えて入ってきたのだろう。などと言えなかったのは、ハイジの目がまっすぐこちらを見据えていたからだ。
こんなイベントであるなら、恥じらいに頬を赤く染めて、なんてことを考えるが、どちらかというと血の気の引いたような、暗い表情。ただごとではないのは分かった。
「ミタさん! ミタさん! 来てくれ!」
者ども出会え出会え。の気持ちでレイスのミタさんを呼ぶ。
ハイジがご乱心の様子。俺の事を亡き者にしようというような気ではないだろうけれど。
いや、もう亡き者だったか。
※※※
「それで、一体どうしたんだ?」
兎にも角にもハイジに服を着させ、迷ったものの俺の部屋へと連れて来た。
どんな意図だったにしても、白やクロエの居る場所では話しづらいことだろう。
ミタさんのいれてくれたラベンダーティーをハイジの前に置く。リラックス効果があるとかなんとか。
あいかわらず暗い顔をしたハイジは、椅子の上で小さくなっている。
いつも編んでいる髪は下ろしたままで、普段とは違う姿というのも新鮮なものだけれど。
黙り込んだハイジに、それ以上かける言葉も見つからず、少し離れた席に座り、じっと待つ。
うーむ。気まずい沈黙。
「私って、そんなに魅力ありませんか……」
ようやく口を開いたハイジは、ぽつりとそんなことを言った。
思わずため息を吐けば、彼女はなおのこと顔を伏せてしまう。失望した訳ではないのだけれど。
ハイジのことをどう思っているのか。思えば意図的に考えないようにしていた節があるのかも知れない。
彼女がどんな経緯でこの城に来たのか。という話は聞いていた。
その一方で、俺自身はハイジの事を便利な協力者、というように考えている。
「ごめん。そんな風に思わせていたとは考えていなかった」
ハイジのことを役割の姿としか見ていなかった。というのが本音のところ。
やってきた異世界の住人で、言ってしまえば他人。
モブキャラクターだと思っていた。とまで言うのは、自分の無関心に対する後ろめたさが強すぎるかもしれないけれど。
「ハイジのことは、仲間だと思っているんだ」
反省するべきは、ハイジへの無関心だろう。
「でも私、できることなんて何もありません」
白のように知識がある訳でもなければ、クロエのように強い力がある訳でもない。
開き直って居座れるような性格なら問題なかっただろうけれど、根が真面目なのだろう。そういうところは好ましく思えた。
「そんなことない。俺はこの世界のことに詳しくもないし、クロエはアレだろう?」
この世界の出身という意味ではクロエも同じだけれど、人間社会や人間への理解と言う意味ではまったくあてにならない。たまにびっくりするくらい超越者視点。
ある意味ではよそ者の俺と同じかもしれない。この世界の人間のことをどこか物として見ているような。
「だから、そんな風に焦らなくて良いんだけれど……」
ハイジだって一人の人間なんだ。という当然のこと。
彼女が自分の役割や居場所に不安を持っているのは、見ていれば分かることだった。
もともと、村の期待、あるいは村の不安を背負ってこの城、俺の所へやってきたのは、ハイジの責任感があってのことだ。
それを彼女自身の意志ではなく、村に送られて来たのだ。やらされていることだ。というのは一方的な物の見方だったのだろう。
役割ということに捉われていたのは、俺の方だったのかもしれない。
領主と村娘。気にしていないつもりで、自分の方が立場が上だから、とハイジに強要してしまうということを恐れ、必要以上に距離をとっていた。
「すまなかった。ハイジを、君をそんな風に不安にさせるつもりはなかったんだけれど」
名前だってそうだ。勝手に名付けたハイジという名前。相手を一人の人間として見ていない証拠のようなそれ。反省しなければいけないだろう。
「いまさらかも知れないけれど、これからは君のことをもっと教えてほしい」
私ごときが、というのが口癖のようになっている彼女だが、どんな事を考えているのか、何を知っているのか、どんな風に思っているのか。彼女のことを知りたい。と思ったのは確かだった。だから、ハイジの行動は必要な荒療治だったのだろう。
それまでただじっと話を聞いていたハイジも、ようやく顔を上げる。少しは顔に血色も戻ってきているし、思い詰めた表情も解けて来たように思えるけれど。
生来の口下手は直るものでもなく、多少は考えも伝わっただろうか。
「それにしたって、いきなり風呂に押しかけてくるとはね」
「仕方ないじゃないですか! 全然、こっちの方も見てくれないし!」
ようやく、ハイジのまっすぐな言葉を聞いたような気がした。思わず笑ってしまう。
あらためてしっかりと見たハイジの姿。栗色の髪は手入れが行き届いてなくちょっと荒れ気味、日に焼けた肌にはそばかすが浮いていて、普段から外で働いていたのだろう、健康的に締まった体付き。その外見にも、彼女の真面目な性格が出ているようで、愛嬌のある顔立ちはかわいらしい。
「大丈夫、ハイジはちゃんと魅力的だと思うよ」
そう伝えれば、ハイジは一度上げた顔を再び卓に沈めた。




