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1.高い城の

□□□



「くそっ! こんなやつが居るなんて聞いてないぞ」

「愚痴を言ってもしかたねぇだろ。構えろ! くるぞ」


 俺の名はウィルヘルム。冒険者をやっている。

 今俺の目の前には、巨大な熊の魔物、テンペストベアが立っていた。

 名前のとおり、天災級の魔物で、俺が依頼を受けて派遣されて来た空白地帯の村では、とても対処できたものでないだろう。

 本来なら駐留軍の騎士様が束になって戦うような相手だ。


「エーリカ! 出し惜しみしてる場合じゃねぇ! 早く魔法を撃て!」

「いまやってる!」


 冒険者としては中堅どころといった俺のパーティーは、戦士の俺とゲッツ、斥候のハロルドと魔法使いの炎のエーリカ。

 言ってみれば、少々攻撃的な、標準の冒険者パーティと言っていい。唯一の二つ名持ち、炎のエーリカを軸に据えた、火力で敵を押し切る構成だ。

 目の前で派手に炎が爆ぜる。二つ名通りの炎魔法。これで終わってくれればいいものだが。


 叶うはずもない希望をあざ笑うように、熊の咆哮が響く。

 まるでその声に炎が散らされたかのように見えた。


 ハロルドが放った矢が熊の毛皮の上を空しく弾かれるのが見えた。ヘルウルフも仕留める研ぎ澄まされた一発は、テンペストベアの前では子供の投げる石礫も同然といったところだろうか。


「おいおいおい、こんなんどうすればいいんだよ」


 俺が小さく呟いた声は、隣のゲッツに聞こえていたようだ。

 経験豊富なゲッツは、俺が駆け出しの頃から面倒を見てくれた先輩冒険者でもあった。

 彼はただ大斧を握り直し、片目をつぶって見せる。弱音を吐いても仕方ねぇ。そう言っているようだ。


 事実、もはや戦うしか道は残されていない。

 テンペストベアの巨大な体を見上げる。こう見えて、森を駆ける速さは馬にも劣らない。逃げることは不可能と見ていい。


 震える手を誤魔化して、俺は剣の柄を強く握り直した。


□□□


 

 廃城の頂上から見る景色は、なかなかに壮観だった。

 山々の連なる中に作られたこの城よりも高いものはなく、視界の半分以上を空が占めている。

 視線を遠くにやれば、青々とした森や野原、それを裂くようにして流れる川。そして、遥か霞むのは地平線。

 日本人にはあまりなじみのない風景だった。地平には海も山もなく、平坦な草原が広がっている。


 表現する言葉も思いつかず横を見れば、白が豊かな髪を風に遊ばせつつ立っている。

 あまり表情を動かさない彼女だったが、星の煌めきを感じさせる青灰色の目を大きく開いて動かない様子を見るに、この景色は気に入ったのだろう。


 しばらくその景色を堪能したあと、近くを見下ろしてみれば、高みから見るとミニチュアのような建物の並ぶ場所が見えた。村だろう。人の住んでいることを示すように、煙の立つ小屋も見える。


「この場所のことをもう少し調べなければいけないな」

「そうだね。私は書庫を見てくる。あなたのことも分かるかもしれないし」


 俺の事が? と思ったが、そういえばヴァンパイア・ロードなる謎生物に生まれ変わっていたのだった。

 血を吸いたい、とか、日光に焼かれる、といった分かりやすい吸血鬼の特徴はいまの所ないけれど、うっかり十字架に触れて塵になったのではさすがに目も当てられない。


「もしかして、慎重に動いた方がいいのかな?」

「ここで暮らすなら、いずれ調べなきゃいけないし、本の中にためになるものがあるかは確信がないけれど」


 どうする? と、白が首を傾げるのを見る。

 自分の体質に関する不安を口にしてみると、おそらく問題はない。という答えを得られた。


「さっき読んでた本の話になるのだけれど」


 という前置きの下だったが。最初に読んでいたのはちょっとした日記のようなものらしい。


 いずれにしても、白の言う通り周りのことを調べるしかないだろう。

 この廃城には生きている同居人というのもいないようだし、捨てられてから随分と時が経っているようだ。

 人が生きるには食べるものも必要だろうし。いや、どうなんだ?


「そもそも俺って食事が必要なのかな。血とか?」

「その辺りは未知数。人は日記にあたりまえのことを書かない」


 そういうものか。と腕を組んでしまった。

 ともあれ、自分は良いにしても白はそうもいかないだろう。

 精霊のようなもの。という自称ではあったし、いくら浮世離れした雰囲気だとしても、こうしてみると血の通った人間にしか見えなかった。血の通った人間の少女。


 ふと強く吹いた風に彼女の髪が流され見えた、か細く、触れれば折れてしまいそうな首筋にごくり、と唾を飲んだ。


「どうしたの?」


 問いかけられるまで、すこしぼんやりとしていたようだ。何でもない。とちゃんと誤魔化せただろうか。


「吸血鬼は血を吸って眷属を増やす。なんて話もあるけれど、どうなのかな」


 まだわからない。こうして考えると、自分の事に分からないことが多すぎた。

 今の、衝動のようなもの。それが危険なもののような気がして、やはり村を見に行こう、と決めた。


 白を廃城に残し、村へと山を降りていくその道中。


「いったいどういう状況だ?」


 ハイキング気分で山道を歩いていたところ、どうやらただならない場面に出くわした。

 熊だ。くま。

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