転生スキップ
俺の記憶の始まりは、そんなに古いものではない。
気づいたときには廃城の玉座にいて、近くには白い少女がいた。
どうやら忘却魔法というやつがあるらしく、自分にそれを掛けたのだ。というのは、その白い少女が教えてくれた。
俺が目覚めると同時に開いていた本を閉じ、自らを白と名乗ったその少女は、どこか浮世離れした雰囲気を漂わせ、ふわふわとした長い髪に全身真っ白なゆるい服、青灰色の瞳の奥には、理知的な輝きを隠しているようだった。大きく表情が動くことはないが、かわいらしい顔立ちをしている。大人びて見えるが、年のころは頑張って中学生くらいか。
実際、何を尋ねても、おおよその事は教えてくれる。その彼女がなぜ、俺のそばに居るのか尋ねれば、自分はあなたの持ち物なのだ、というような答えが返ってきた。
記憶はないにも関わらず、彼女の返答は全てが真実だという確信があるのは少し不思議ではあったが、いまのところ唯一の情報源だ。信じるしかあるまい。というよりも、心の奥底が勝手に信用している。
おぼろげな記憶の中で、どこかこの世界の異物だという感覚だけがぬぐえず、自分はもっと違う場所にいたのだ。という実感と、その感覚を目の前の少女に覚えるのも、きっとそういうことなのだろう。
「それで、ここはどこなんだろう?」
「その質問に対する回答は用意できてないよ。多分、どこかの廃城だと思うけれど」
ようやく、彼女の表情が動く。すこし困ったように寄せられた眉と、尖らせた唇は、答えられないということに不満を持っているようだった。
とりあえず、質問を変えよう。
「ところで、俺は何者なんだろうか」
「あなたの種族はヴァンパイア・ロード。吸血鬼の王とか言われているみたい」
ヴァンパイア。彼女の口からあまりにも現実とかけ離れた言葉が出て来たことに虚をつかれる。
同時に、自分の中の常識というものを思い出していた。自分のことは分からずとも、日常的なことは思い出せる。記憶喪失とはそういうものだ。とどこかで聞いた覚えがあった。
前世、というべきものだろうか。自分が地球の上の、日本の、ごく一般的な人間であって、そんなファンタジー生物だったことはないというのは確かなようだった。
「ヴァンパイアっていうと、あの血を吸って、一般的には人間に敵対するホラー映画とかの?」
「だいたいそうだと思う」
どこからか持ち出してきた本をぱたぱたと振って埃をはらいつつ、彼女は簡単に答えた。
見た事も無い装丁を施された本は、見た事のない文字で書かれているようで、けれど、その文字を追いかけることはできるようだった。埃をまき散らすんじゃない。かびてるようだし体に良くないよ。
おそらく白も、ただの人間ではないのだろうことはわかるが、本人も精霊のようなもの? と曖昧な答えが返ってくるだけで、不思議な少女は不思議な少女のままだった。そういうものなのだろう。
さて、ここがどこか分からない。というのならば、見て回るしかない。上を見上げれば、天井の裂け目から青空が見えた。玉座のような場所から立ち上がり、立てかけてあった如何にも呪われています。という風情の刀……そう、刀だった。妙に持ち馴染みする和風のそれ。触らない方がよかったかもしれないと思ったがそれは後の祭り。白曰く危険はないと思う。
でも、少し刃を抜いて見たら大きな目玉がこんにちは。とこちらを向くのは、ろくな代物ではないと思うな。
廃城。
この場所を表すのに、それ以上の言葉は必要ないように思えた。
多くの城がそうであるように、山の上に建てられたそこは、実用的な、外敵を拒む城というよりは、装飾を目的にしたものに思えた。ところどころ苔むして、埃っぽく薄暗い。蜘蛛の巣張り放題。暗いな、と思わなかったのは、自分の目の方がよくなったのだと途中で気づいた。これもヴァンパイアとかいう特性のお陰なのだろう。
……城を徘徊するレイスに出会った時には、心臓が止まるかと思った。
半透明で脚が地面についてない、ひらひらした布を着た、いかにも幽霊という風情のやつだ。
その時に気づいたのだが、そもそも心臓が動いていなかった。HAHAHA。ヴァンパイアジョーク。
思わず刀を抜きかけたら、レイスの隊列が蜘蛛の子を散らすように逃げていったと思ったら、柱の後ろからこわごわとこちらを覗いていた。
どうやら彼女ら? は害のあるものではなく、この城の同居人であるようだった。
いたずらに恐がらせたことを謝ったが、果たして通じていただろうか。
その後もどうやって動いているものか片手を上げて気さくな挨拶をしてくれる骸骨だとか、最敬礼で迎えてくれる動く鎧とか。静かな廃城と思っていたものは、意外と多くの同居人が生活しているようだった……みんな生を活していないな。




