17.ストレンジ
「ねぇ、もしかしてわたし、馬鹿にされてる?」
クロエ先生も真顔になるレベル。
「いや、本当にできないんだってば」
「はぁ……私、こんなのに負けたわけ……」
どうしてこんなことになっているのか。話せば短くなる。
「え~、あるじさま~、魔法を教えて欲しいの~?」
クロエが体をしならせて上目遣いでこちらを見る。
「秘密の~、個人授業、する?」
遠慮しておきます。
かくかくしかじか、といった具合で、俺、白、ハイジのメンバー総勢でクロエ先生の魔法講座が始まった訳だ。
「そもそも~、誰でも元々、魔法は使えるはずだよ~」
まさか、あるじさまが魔法を使ったことないと思っていなかったのだけれど。そう言ったクロエは少し遠くを見ているようだった。
魔法使いというと、本を読んで研究をしているような知的なイメージを持っていたのだけれど、クロエの説明はかなり感覚的。
「体の力を抜いて~、お腹の底を意識するの~。首の力を抜いて~。そうそう、力んじゃダメ~」
といった具合。話を聞いていると、意外と教え上手なのかもしれないな。と思うのだけれど。
これが、できない。できないのだ。
「考え過ぎだよ~。もっと頭を空っぽに……」
「そうじゃなくて~、もっとぐだ~っとした感じで」
「あるじさま~硬くなるのは~」
「……なんで?」
そして冒頭に戻る。
結局、マンツーマンの指導になっているのだけれど、その横では話を聞いていた白たちが見様見真似で練習を始めていた。
「あ、できた」
と言ったのは白。掌の上には大きな雪の結晶が舞っている。
「白っちは~教え甲斐があるね~」
良い子良い子。といった具合に、クロエが白の頭を撫でている。
傍からみていると美少女二人の絡みに眼福、といった具合なのだが、撫でられている白の無表情な様子は少し浮いている。
いつの間にか、仲良くなってくれたようで俺としてもとても嬉しいよ。
「あ、私もできました」
「えらい! 人間なのにえらい!」
ハイジの指先にはライター大の火が浮いている。クロエはかいぐりかいぐり、とハイジの頭を抱える勢い。
「それに比べてあるじさまは……」
めちゃくちゃ冷たい目が注がれる。ふふ、クロエの尊敬度メーターがゴリゴリ減るのを感じるぜ。初めからそんなものあったかどうかは定かではないけれど。
「ねえちょっと雑魚って言ってもらえる?」
「はーァ?」
ごめんなさい。
「ざーこ、ざーこ。だいたい、身体強化に魔法は使えてるんだから~、外に出せない訳ないのに」
要は体の使い方と同じだ。とクロエはいうのだけれど、存在しない器官の感覚なんてどう考えればいいんだ?
うんうん唸っている俺の前では、白が器用に雪の結晶を育てている。
「うーん。白っちは細かい操作も得意そうだね~。魔力にも余裕があるようだし~」
白は運動をする方には見えないし、俺の味方だと思っていたのだけれど、どうやらそうでもないらしい。
ハイジの方は、といえば、指先から火を出したまま固まっている。
「ここここれってどうやって止めれば良いんですか?」
「んー。力を入れて~、魔力の流れを切る感じ~?」
うーむ。まったくイメージができない。
「仕方ないな~、あるじさまは~」
はい。と手渡されたのは、いつぞやの熊から取り出した魔石。
「これを握って~、力を込めるのをイメージしてみて~」
本当は子供に教えるときなんかにやる方法なんだけど。とクロエは言う。
「もー、投射魔法とか使わないのは~、そういうプレイかと思ってたのに~」
クロエと戦った時のことを言っているのだろう。まったくそんな発想はなかった。言われてみれば、剣を使うときには自然に魔力をつかっていたのだけれど、それは体を動かすことの延長のような気がした。
どうにかしてその感覚を思い出そうとしたところで、クロエに指で頬を押される。何?
「ま~た無駄なこと考えてる~。あるじさま? 息をするときにいちいち何か考えてる?」
「えっと……戦っている時には?」
だー! 声を上げてクロエが頭を抱える。
「そういうとこ! そういうとこだよ! こんなの何も考えないでできるの!」
「と言われたってなぁ……」
頭が固い自覚はあるけれど、感覚派の言葉はいまいちわからない。むしろ憧れに近い感覚さえあるのだけれど……あれ?
「ほら~、できるじゃ~ん」
気づけば、手の中にある魔石が内から光を放っていた。おっ、と思って意識すると、その光がまた小さくなっていく。
「ね? 考えるだけ無駄無駄~。主様はしばらく、それ握ってて~」
魔石を握っていると、光ったり、光らなかったりするのだけれど、その感覚がいまいちよく分からない。
力を込めようと思えば光らず、無理かと思えば光り出す。なんとなく体を何かが流れるような気がするのだけれど……。
目を周りに向けてみれば、どうやら白は氷、ハイジは火、といった具合で使える魔法は決まっているようだ。
「クロエも投射するような魔法は使っていなかったようだけれど」
「ん~? わたしは無属性魔法が好きかな~。いちお、他のも使えるけれど」
無属性魔法、というのは魔力そのままで使う魔法だと言う。魔力というのは生命の基礎となるもの。
だから回復魔法のように見えたのも、生命力を補うための無属性魔法。ということになるらしい。
広く言えば、俺やクロエの使っていた身体強化、武器の強化、クロエの翼まで無属性魔法の類。
「いちおう~、みんな元から得意な属性~ってあるけれど、素質があればなんでも使えるかな~」
ハイジはちょっと無理かもしれないけれど。とはクロエの弁。
ライター替わりの火の魔法。それから誰でも使えるという簡単な無属性魔法。そのあたりが限界。
「あるじさまの名づけで~、力があるみたいだけれど、もともとがね~」
「いえ、魔法が使えるだけで十分です。というか……ちょっと恐いのですけど」
急に魔法が暴発したらボヤ騒ぎになるだろう。
「ほらー、気を逸らさない~」
えいっ、と指先から放たれた魔弾が俺の額で弾ける。強めのデコピン。いたい。
「あっ」
気が抜けた一瞬。何かが繋がった気がした。止める間もなく、手の内にある魔石へ力が流れていく。
「えっ」
と声を上げたのはクロエ。
俺の手の内には見る見るうちに光があつまり、それは槍のような姿をとっていく。
それだけの変化に限らず、なにやら周囲に風が吹き始めたような……。
白やハイジの使っていた魔法とは明らかに違う。今まで見た中では、熊に対して冒険者が撃っていた魔法の雰囲気が近いだろうか。
「やばいやばいやばい」
明らかにただならない様子にクロエが慌て始め、右往左往する。
「それ、はやく外に放り投げて!」
「え? そうは言っても」
放り投げる。という感覚がつかめない。というかどこから?
どうやらまずい状況だというのは分かったけれど、急なことに頭が追いつかない。
「緊急事態!」
クロエはなりふり構わず、爪で窓を切り裂いた。割れるガラス。砕け散る窓枠。崩れる壁。あとでミタさんとゲンさんに謝っておこう。
「は~や~く~!」
「えぇ……」
なんだかよくわからないけれど、とりあえず、見様見真似の槍投げのフォーム。
「よい……っしょ!」
外に向かって投げ出された槍は、思ったよりも遠く、遥か先まで真っすぐに飛んでいく。すごいスピード。どこまでいくんだろう。
そして、それが点になり、目で追えなくなったころ。
爆発した。
それはもう見事な大爆発。空に向けて投げていてよかった。と本気で思う。
なんというか、花火、では効かないな。十キロは先の空中で爆発したのだけれど、空間が丸ごと消し飛ぶような。
遅れて、轟音が城に届く。衝撃波が目に見えるほどだった。
「ネットで見た火山の噴火、思い出すなぁ……」
思わず現実逃避をしてしまう。
爆心地近くの木々の絨毯が、衝撃の余波でへこむように見えた。驚いた鳥たちが飛び上がり、空を埋めるばかり。
こんなの、もはや天災だ。まじまじと自分の掌を見る。
「消滅するかと思った……」
床に大の字に寝っ転がったクロエが生気のない声で言う。初めから生きてないんだっけ。
「あるじさま、しばらく、個人レッスン。寝かせないからね」
はい……。




