15.おくりびと
「領主さまぁ」
半泣きのハイジが城門の前に現れたのは、クロエが城に戻って来てから数日が経った頃だった。
いつも食材やらを持ってきてくれるタイミングの事で、いつも通りに迎えにきたのだけれど。
「えーっと、どうかした?」
「どうかしたも何もないですよぉ」
ぴえん。とでも後ろにつきそうなハイジは、困り切ったという様子。
「とりあえず、立ち話も何だから、城に入る?」
ハイジが悲鳴を上げそうな存在がわんさかといるけれど。
それでもハイジは弱弱しく頷くと、城の亡者たちもかくや、という足取りで後ろをついてくる。
「あれ~? あるじさま~、そのニンゲン何~?」
新しいごはん? という顔をするんじゃないクロエ。というか、一度会ってるだろうに。
「あ~、この前の子ね。何? 飼うの?」
「クロエにとって人間というのがどういう存在なのか一度話し合う必要があるかな?」
冗談だってば~と八重歯を覗かせながらころころと笑うクロエだったが、とても冗談とは思えない。
というか、完全に何も考えていない本音だったし、ハイジのことも忘れていたようだ。
一方で同じ部屋にいる白と言えば、ちら、とこちらに目を上げただけでそのまま窓際で本を読んでいる。
「興味がない。という意味では二人とも変わらないのかな……」
ため息も出るというものだ。ハイジの方はといえば瞳の暗闇がどんどん深くなっているような様子。
まぁ、捕食者の目の前に出されたらそうもなるだろうか。
「とりあえず俺の客人だから、手を出さないでくれよ?」
「ふ~ん。まぁ、なんでもいいけど~」
ハイジに椅子をすすめて自分も反対側に座ると、背中からクロエがしなだれかかってくる。
意外にも柔らかい感触と温もりにどぎまぎするのでやめて欲しい。嫌ではないのだけれど。
というか、明らかに窓際の白の手が本の上で止まっているのだけれどもはやどうしたらいいものか。
「くっつきすぎだ。離れてくれないかな」
「え~、あ~んなことや、こ~んなことした仲なのに~」
ぐう。
「私、少し書庫を見てくるね」
「あっ、白」
ハイジの話を聞くにあたって白の意見も聞きたかったのだけれど。
「早く素直になればいいのに」
部屋を出ていく白の背中に、クロエが何か呟いたが、聞き返す前にハイジの頭が机に落ちた。
びっくりした。精魂尽き果てた様子の彼女はただならない雰囲気を出していて、何か呪いでもかけられたのかと心配になる。
「領主さまが悪いんですよ……」
聞きようによってはラブコメの台詞だったが、地の底から響いてくる調子は力のない人間を相手にしているはずなのに肝が冷えるような気がした。
「そもそもですね、私、結構覚悟して来たんですよ」
話、というか恨み節を聞いてみれば、そもそもハイジは村から人身御供、悪く言えば生贄のような形で俺のところに送られて来たらしい。
「村長の孫だから。って送り出されて来てみれば、何かとんでもなく綺麗な人がいるし」
気付いたらなんか増えてるし。明らかに上位の存在っぽいし。
「私なんていらないじゃないですかぁ!」
わーん。と泣き出しそうな勢いで机にぐりぐりと頭を押し付けるハイジ。
「いや、生贄とか困るし。俺から村長に……」
村長に言って、穏便にことを済ませよう。と、言おうとしたところでがばっとハイジが顔を上げる。
「やめてください! あれだけ盛大に送り出されてどんな顔して帰ればいいんですかぁ!」
帰るたびに村人たちの視線は冷たくなっていく気がするし、なんだか変な力も身についたし。
言われてみれば、世が世なら魔女なんて呼ばれてもおかしくなさそうだし、人間社会で変な力あっても大変だよね。
「完全に領主さまのもの、みたいに思われてるんですよぉ!?」
ハイジも結構な苦労人なのかもしれない。
※※※
「そう」
とりあえず落ち着くまでハイジには城にいてもらおうということにして、書庫の白に話を聞きにくればこの反応だ。
「もしかして、割とどうでもよかったり」
「ううん、あなたが決めたなら、私はそれでいいと思う」
本から目を上げた白が首を傾げる。本当に不思議そうな顔だ。
「白はどう思う? って聞きに来たのだけれど」
「私はいいのかな。って思うけれど。村とのパイプにもなるし、現地のひとの話は私達にも利益が大きいと思うよ」
それもそうなのだけれど。
現地民のクロエは人間社会一般に興味がないようだし、割と価値観ぶっとんでる。
先ほどの取り乱した様子はさておき、ハイジは常識人の枠だと思う。多分。
「それに」
と、白は本で口許を隠してこちらを見上げる。
「あの子のことも結構気に入ってるでしょ?」
「そう……かな?」
特に意識はしていなかったけれど、別に嫌うような理由もないし。
ビジネスライクな関係だと思っていたけれど、先ほどの話を聞いていると同情というか仲間意識というか。
「いや別に好きとかそういう話じゃないんだけど」
それを聞いた白はふふっ、と笑う。なんとなく無防備なその笑みに、いいな。と思った。
「それ、何の言い訳をしているの?」
「いや、そんなつもりじゃ、というか」
なんとはなしに慌てて答えようとすれば、白のいたずら気な瞳に気付く。
「からかわないでよ」
「ふふ、別にそんなつもりじゃないよ」
大丈夫、分かっているから。そんな言葉にほっとしている自分がいることに気付いた。




