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115.いっちゃんを探して


「いっちゃんどこ~~~~? ご飯の時間よ~~!」


 朝の離宮に、私の声が響き渡った。

 苺ジャムが乗った皿を手に、いっちゃんを呼びながら歩き回る。


「……今日もこないわね……」


 離宮内部を歩き、外壁をぐるりと一回りしてみたけど……。


「苺ジャムでつっても出てこないとは、やはり離宮近くにはいなそうですね」


 こちらも苺ジャムの皿を手にしたルシアンが、小さくため息をついている。


「レティーシア様に受けた恩を忘れ、まさかの家出でしょうか?」


 ここのところちょくちょくと、どこかへと出かけていたいっちゃん。

 行き先が気になっていたが、昨日からはついに、ご飯の時間にも姿を現さなくなっている。

 少し心配になっていると、


「いっちゃん、こっちにもいないみたいです」

「確認ご苦労様。助かるわ」


 ぱたぱたと、レレナが走り寄ってきた。

 表情は冴えず、唇を噛みしめている。


「……いっちゃんがいなくなったのは、私のせいかもしれません……」


 侍女服の裾を握りながら、レレナが震える声で呟いた。


「私がつれてきたメランが嫌になって、いっちゃんは出てっちゃったんですよ……」


 黒猫のメランは、いっちゃんを追いかけまわしたことがある。

 いっちゃんは逃げ回り、私の腕の中に飛び込んできていた。


「……私、それは違うと思うわ。確かにいっちゃんとメランの初対面は穏やかじゃなかったけれど、それ以降は大きな騒ぎも無く、少しずつだけど馴染んできていたわ」

「でもそれは、いっちゃんが我慢してただけじゃないですか?」

「う~ん、いっちゃんも、多少の我慢はしてくれてただろうけど……」


 もしいっちゃんがメランや何かに、大きな不満を持ち続けていたとしたら。

 無言で家出する前に一度、私へ不平不満を伝え改善を求めていた気がする。

 実際いっちゃんは私に対して、『ぴよちゃんが無暗に突撃してこないようにしてくれ』と要求をしていた。


「この国で、苺料理が食べられる場所は限られているわ。少なくとも私の知る限り、この離宮以外で苺料理がありそうな場所は無いもの。苺料理に目のないいっちゃんが、メランが気に食わないという理由だけで、こちらに声もかけず家出するとは考えにくいのよね……」

「……じゃあ、いっちゃんはどうして家出を……?」

 

 そこは私もわからないところだ。

 答えを返せないでいると、レレナが再び走り出した。


「……私もう一度、離宮の中を探してきますね!」


 レレナの背中が遠ざかっていく。

 獣人だけあって、私より足は速そうだった。


「いっちゃん、本当に、どこへいってしまったのかしら……?」


 心配だが、いっちゃんのことだから、何事も無くするっと帰ってくる気もする。

 今は苺の旬が終わり、初夏から夏へさしかかる時期だし……


「……もしかしていっちゃん、渡り鳥みたいに、また来年の苺の旬の時期に、ここへ戻ってくるつもりとか……?」

「……あの貪欲で食い意地の貼った猫なら、十分ありえそうな話ですね」


 悪態をつくルシアンだったけど、その表情はどこか寂しそうなのだった。


◇ ◇ ◇


 その後いっちゃん不在のまま更に二日が過ぎ、王都城下町へお忍びへ向かう日がやってきた。

 簡素なドレスをまとい、この国の住人に多い、茶髪のカツラを被り軽く変装をする。

 ベールつきの帽子をかぶれば、目元も見えなくなるはずだ。


「……こうして、お忍びで変装するのも久しぶりね」


 昔はよく、クロードお兄様と屋敷を抜け出し遊んでいた。

 ここ数年は忙しくお忍びもご無沙汰だったけど、変装は慣れっこだった。


 これでどこからどう見てもただの平民……とまではいかないけれど。

 下級貴族の令嬢か裕福な平民の娘、といった外見で、私が王妃だと簡単に気づく人はいないはずだ。


「さ、出発しましょうか」


 護衛達と打ち合わせてから馬車に乗り込み、城下町へ出ていった。

 途中で馬車を降りると、隣にルシアンを伴って見物を始める。

 道路に面した窓には薔薇や季節の花が飾られ、人々の目を楽しませている。

 のんびり歩きながら、令嬢たちの間で噂になっている服飾店や宝飾店を覗いていった。


「綺麗な細工物がたくさんあるわね」


 高評価の宝飾店だけあって、陳列されているのは魅力的な品物が多かった。

 金銀に煌めく装飾品が、ビロードの上に並べられている。


「おや、お嬢さんお目が高いねぇ。気になっているその髪飾り、試しにつけてみますか?」


 銀細工の薔薇を指し、店員が話しかけてきた。


「薔薇の髪飾り……」


 はたと呟き、気づいてしまった。

 ずらりと並んだ細工物から、なぜ薔薇を象った髪飾りが目に留まったのか。


 ……無意識に、陛下に贈られた薔薇の髪飾りを思い出していたからだ。

 陛下からいただいた、初めての贈り物だった。

 今日は身に着けていないけれど、箱の中に大切に仕舞っている。


「……すみません。試着は大丈夫です。手持ちの髪飾りを思い出して、つい見てしまっていたようです」

「そうでしたか。では他の品物も、ゆっくりご覧になってくださいね」


 店員の言葉に甘え、装飾品を順番に見ていく。

 もうすぐ薔薇の盛りということもあり、薔薇を象った品物が多いようだ。

 薔薇のレリーフのブローチに、薔薇の細密画の描かれたロケットペンダント。

 小ぶりなものが多めだが、中には実物大の薔薇を金属で象った、立体的な髪飾りもあった。


「高そうね……」


 小さく呟いた。

 材質はおそらく銀だ。

 加工技術の限界か花弁は分厚く、結構な量の銀が使われていそうだ。


 他にいくつか立体的な薔薇の細工物があったが、いずれも金属製で金色か銀色、あとは銅色のものしかないようだった。


「そういえば……」


 金属製の薔薇に、思い出すものがあった。

 離宮に帰ったら確認することにして、次の店へ向かうことにする。

 噂の店をあれこれと見物していると、既に時刻はお昼だった。


「ルシアン、お昼はあれでどうかしら?」


 大きな通りの一角に、ずらりと屋台が立ち並んでいる。

 すぐ購入でき、食べ歩きにもよさそうだった。

 せっかくのお忍びだから、王妃として公爵令嬢としてはできないことをするのが醍醐味だ。


「木の実入りのパンですか。焼きたてのようですね」


 石窯から出したばかりだよ美味しいよー、と。

 売り子の女性が声をあげている。

 二人分のパンを買い、もう一品、豆入りのスープも買ってみた。


「ほんのり暖かくていいわね」

「えぇ、できたては美味しいですからね」


 ルシアンとそれぞれパンを千切ると、薄く湯気が上がった。

 口にすると少しざらついた、素朴な小麦粉の味がする。

 混ぜ込まれた木の実の感触が楽しくて、スープに浸すとしっとりと美味しかった。


「食べ歩きって、五割増しで美味しく感じてお得よね~」


 最後の一滴までパンを浸し味わうと、大通りを散策することにする。

 石畳が整備され活気があり、歩きやすい町並みだった。


「陛下のおひざ元だけあって綺麗だし、暮らしやすそ―――――」

「レティーシア様?」


 視界をよぎった小さな影を、思わず二度見してしまった。

 横道へと消えていった、グレーのその姿は、


「いっちゃん……?」


お読みいただきありがとうございます。

次話は明日、土曜に更新予定です。

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[一言] いっちゃん何してんだろう
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