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第九夜

 


【第九夜】刀堂三兄弟



 


 翌朝、青尉が自然に目を覚ますと、窓からほの白い光が射し込んできていた。

 黄佐の挑発に怒って、部屋に入って、そのまま寝てしまったらしい。いつになく早起きをしてしまった。寝ぼけ眼で目覚まし時計を見ると、早朝の5時を指している。

 青尉は再び布団を被って、目を閉じた。昨日のことを思い出すと、怖いことと驚くことばかりで――辰生が参戦してたことには本当に驚いた。しかも、朱兄と黄ぃ兄が揃ってあそこまで信頼を置くなんて、珍しい。・・・有難い。今度鈴美庵の味噌饅頭、食べたいだけ食わせてやろう。――父さんが怒ったっけな、久々に。・・・まぁ、怒られて当然なんだけど。朱兄、説明して説得すんの大変だったろうな・・・いつもそういうのは黄ぃ兄の担当だから。――そういや、治癒能力者ってすごいな、本当に。黄ぃ兄の傷、まったく元通りに、綺麗に治って・・・本当に良かった。・・・本当に・・・良かった・・・。

 そんなことをつらつらと考えていると、また涙が出てきそうになって、慌てて目を開け頭を強く振った。

 過ぎたことはもうやり直せない。後悔があるなら正せばいい。気に入らないなら変えればいい――自分を。

 そう、俺は、変わらなくちゃいけないんだ――と青尉は心に刻み付けた。守られるだけの存在でなく、狙われるだけの存在でなく、謝るだけの存在でなく――愛情を真正面から受け止め、返せる、そんな強い人間に――朱兄とか、黄ぃ兄とかみたいに。

 青尉は大きく息を吐いた。それから起き上がる。もうすっかり目が覚めてしまった。立ち上がって、ふと気付く。ズボンがかなりしわくちゃになっていた。よくよく思い返してみれば、一昨日から換えていない。しかも左の膝から下が何かどす黒いものに固められている。――・・・あっ、これ、黄ぃ兄の血か!

 これはもう駄目だな・・・わりと気に入ってたのに。思いつつ着替えて、青尉は階段を下りた。

 和室の襖は閉まっている。その向こうから、いびきや歯ぎしりや寝言――「~~って、どうして、鷹の爪・・・? そこは、雀の嘴では・・?」などという意味不明なものがちょうど聞こえた――など、大勢の人の気配がしたが、あえて開けようとも思わなかった。昨日の連中がそのまま泊まっているのだろう。

 ――そういえば、あいつらそのままここに置いておいて、どうするんだろう? 当然と言えば当然の疑問に、今更ながら気が付いた。――黄ぃ兄が何か考えてんのかな・・・。

 首を傾げつつ、冷えた廊下の上を裸足で歩く。何も考えずに歩くと、足音がペタペタと静かな天井に響いて、一層底冷えするようだった。

 喉乾いたなぁ、と、台所の扉を開く。

 そこに、黄佐が座っていた。食卓の上には、淹れたばかりと思しきお茶が、湯飲みから湯気をもうもうと上げている。扉の音に黄佐は振り返り、青尉を見てちょっと目を丸くして、すぐに微笑んだ。

「おはよう青尉。どうした、早いね。」

「・・・目が、覚めたから。」

「そっか。あ、お茶飲む?」

「飲む。」

 黄佐が立ち上がり、青尉の湯飲みを持ってきた。急須からお茶を注ぐ。新しい湯気が立ち上り、冬の朝を少しだけ緩ませた。

「辰生くんと柚姫ちゃんは、昨日、あの後、家まで送っていったよ。」

「あぁ、そうなんだ。」

「うん。さすがに、今日まで学校休ませちゃ悪いし。」

「確かに。・・・本当、よく来てくれたよな。」

「ちゃんとお礼言うんだよ?」

「分かってるよ、そんなこと。」

 ふと、会話が途切れて、それからしばらくの間、2人とも黙ってお茶を飲んでいた。空白を埋めるように、何かの鳥の鳴き声が響く。

「・・・油断してたんだよね、正直。」脈絡なく、黄佐はそう言った。「撃つはずがない、ってどっかで思い込んでた。そんなこと、分かんないのにね。」

「・・・。」

「心配かけてごめん。でも、ありがと。」

 ほんの少しだけ恥ずかしそうなのを、誤魔化すように苦笑しながら、黄佐は言った。

 青尉は何も返せずに、かろうじて首肯だけはして、俯いた。黄佐のこういうところを、青尉は強いと思い――羨ましく思うのである。『自分は確実に心配された』という自信と、その心配を真っ向から受け止められる度量が。そして、それをきちんと返せるところが。

 黄佐は俯いた弟の頭を、1度だけ、軽く叩くように撫でた。黄佐は朱将から、すべてを聞いて、怒られていた――もし黄佐が死んでいたら、青尉がどうなっていたと思うか、と。青尉が碓氷を殴り、おそらくそれは黄佐の所為だ、と。それなのに何故からかって怒らせたのか、と。

 また、しばらくの間を空けて、今度は青尉が口を開いた。

「――・・・こっちこそ、ごめん・・・色々と・・・。」

「いいんだよ、別に。――青尉が無事で、何よりだ。」

 それだけで最高の結末だ、と言わんばかりに笑う黄佐を見て、青尉は再び、心に刻み込んだ。――変わろう。変わるんだ。強くなりたい。強くなる。今よりもっと・・・何が起きても、今度こそ、誰も傷つけないで済むように。

 青尉は残っていたお茶を一気に飲み干した。

「・・・ところで、黄ぃ兄?」

「何?」

「あいつら、うちに残しておいて、何すんの?」

 そう聞くと、黄佐はとびきり悪い笑顔を浮かべた。「――そうだね、青尉には先に話しておこうか・・・俺が立てた、最高の計画を。」

 武力が朱将で、能力が青尉なら、黄佐の恐ろしさはこういうところである。黄佐の弾んだ声が語る、綿密な計画を聞いて、青尉は心底そう思った。


☆1


『stardust・factory』の山瀬。

『マッド=コンクェスト』の沢木。

『ユウレカ』の碓氷。

 この3人を前にして、黄佐が要求したのは実に簡潔なものだった。

「今後一切、刀堂青尉と彼に関係する人物・場所・その他あらゆる物事に対して戦闘・勧誘などの干渉をしないこと。こっちの要求はそれだけだ。」

 3台設置したビデオカメラと、ボイスレコーダーに、要求が書かれた紙。ペン。和室の中央で、刀堂兄弟と前述の3人が向かい合い、その他の人々(ギャラリー)は車座になって一連を見守っている。

 黄佐が淡々と述べる。

「要求を呑んでくれた暁には、それぞれにメリットとなることを提供する。まず、『stardust・factory』には、1つ、青尉が他のどの組織にも入らないことを約束する。2つ、今回の『マッド=コンクェスト』と『ユウレカ』の武力衝突を未然に防げた件――すべてそちらの指示のもと行ったものとすることを許可する。おまけに3つ、立場向上のための裏工作を少しだけ手伝ってあげよう。以上3点を挙げる。」黄佐は唾を飲むことすらせず、続けて沢木に目線を移した。「『マッド=コンクェスト』には、第一支部を解放してあげたお礼として、要求を呑んでもらいたい。」

 そう言うと、速美が何か言いたそうに身じろぎしたが、空気に飲まれて口をつぐんだ。

「それが1つ。他に、2つ、配下組織『マッド=グレムリン』の解放。3つ、青尉が独立を保つこと。以上3点を。続いて『ユウレカ』には、1つ、やはり、青尉が独立を保つことを挙げる。2つ、拘束した『ユウレカ』職員をすべて解放。及び、この件に関して法的措置を取らず、不問とすること。」こちらも襲撃しているため多少はお互い様だが、それを差し引いても、拉致監禁・拷問・発砲は、警察沙汰にはしたくないはずだ。「そして、3つ――」これが一番重要だ、と黄佐は言葉に力を込める「――この件でこちらが手にした“情報”一切を、他組織に対して進んで開示しないこと。以上3点を確約する。――異論がなければ、書類にサインを。本部と連絡を取りたければ、この場でご自由にどうぞ。」

 そう言って、黄佐は余裕に満ちた笑みを浮かべた。


 結果から言って、要求はすべてそのまま通り、書類には3者のサインが刻まれた。元より、彼らが断れるはずがなかったのだ。すべては黄佐の計算通りに。

 サインがなされた書類を、黄佐は写真に収め、画像データを複数箇所へ保存し、厳重なプロテクトをかけ、それからようやく声に出して笑った。

「わっはっはっはっはっは! これでこっちの完全勝利だ! 青尉!」

 と、青尉に向けて手をかざす。

 ハイタッチを求められて、青尉は――黄ぃ兄はここまで考えて動いてくれてたんだよな、あんな大怪我を負ってまで・・・いくつもの潜伏先を潰して・・・朱兄だって、マッド=グレムリンを倒して、怪我して、徹夜して・・・拓彌さんも良平さんも動いてくれて・・・俺は、俺はいったい、何をしてたんだ? 俺が一番早く、諦めて・・・――すべてに片が付いてから、改めてそのことを実感すると、とてもじゃないが手を出す気にはなれないのであった。

 ところが、

「あーおーい! 手ぇ! 出す! ほら!」しびれを切らした黄佐がついに無理やり青尉の手を持ち上げて、「いぇーい! やったね!」と勝手にハイタッチをした。

「いいんだよ、何はどうあれ、結果は結果! とりあえず丸く収まったことを喜ぼうや! 損害無し! 収益は十二分! やったね!」底抜けに明るくそう言って、黄佐は、まだ少し不満そうな色を残している弟と肩を組んだ。「青尉くーん。喜んでくれないと、皆で頑張った意味が無いんだけどー?」

「っ、ごめっ――」

 咄嗟に言いかけた青尉の頭を黄佐は軽く殴って、「はいアウトー。そこは“ごめん”じゃないでしょう?」

「ごっ・・・――」再び『ごめん』と言いそうになったのをどうにかこらえて、青尉は正解を導き出した。「――・・・ありがとう。」

「よろしい。」黄佐は満足げに笑った。それから皆の方を向いて、「さて、これにて一件落着ってね。それじゃあ皆様、ご協力ありがとうございました! 今後は適宜解散ということで――」

 その時、彼らの背後で和室の襖が轟音とともに開け放たれた。全員がびくりと肩を震わせて振り返ると、

「おう、ナシぁ付いたかっ!」

「父さん・・・。」

 刀堂家の父・軍武いさむがそこに仁王立ちしていた。そして三兄弟を視界に収めていわく、

「終わったのかっ?」

「あっ、はいっ、終わりました!」と黄佐。

「そうか、終わったなら・・・――」軍武はゆったりと腕を組んだ。そして・・・吠える。「――朱将っ! とっとと仕事出ろ! 収穫終わんねぇぞ!」

「うっす!」

 応じるはただ一声。そして朱将は素早く和室から駆け出た。

 咆哮は終わらない。

「黄佐! 青尉! てめぇらはとっとと学校に行け! いつまでさぼる気だっ!」

「はいっ、すんません!」

「ごめんなさいっ!」

 銘々に謝罪し2人も和室から走り出した。その姿に、大組織を相手取って奮戦し、見事勝利を収めた強者の威厳は欠片も無く――。

「青尉、送ってってやるから乗ってけ!」

「いいのっ? サンキュー朱兄!」

「あっ、朱兄! 俺も! 俺も乗せてって!」

「はぁっ? なんでだよ、てめぇは自分で行けるだろ!」

「そう言わずに、頼むよー! 帰りは自力で帰ってくるから!」

「ったく、仕方ねぇな・・・おら、急げ2人とも!」

「「了解!」」

 2階に駆け上がっていったと思ったら、慌ただしく駆け下りてきて、「あ、拓彌っ、お前らには今度きっちり礼するから! ありがとな!」「ユウレカさんと、マッド=グレムリンさん、車とバイクの鍵ここに置いとくから!」「あの、本当、ありがとうございました! ご迷惑おかけしました!」と口々に言い募りながら、3人は靴を履き、玄関を開いた。

「じゃ、いってきます!」

「いってきまーす!」

「いってきますっ!」

「おう、いってらっしゃい。」

 冬の高い青空が、いつものように光り輝いていた。


   ☆完





きっかけをくれた我が親愛なる先生と、友人C様、そして応援してくださったすべての方々と、最後まで付いてきてくれた刀堂兄弟に、心からの感謝を述べます。

ありがとうござました。


井ノ下功





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