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第八夜-5


☆6


 朱将と辰生が、勝手口から家を出て、拓彌と良平に合流したのは、午後1時10分頃のことだった。場所は家からそう遠くないところにある、アパートの屋上である。拓彌と良平は、その給水タンクの陰に身を潜め、ここより1階分ほど低い隣のアパートを見張っていた。

(「おう、朱将、こっちだ。」)

(「あー・・・確かに、いるな。」)

 男が5人、家のある方に向かってカメラを構え、何かを撮っている。彼らは普通の大学生のようなラフな格好をしていたが、談笑する気配は無く、映画同好会やバードウォッチング部のようなものでないことは明らかだった。そのすぐ足元にパソコンが置かれていることから、映像は撮ったそばから別の場所へ送信されていることが察せられた。

(「さっさと制圧するぞ。映像については、黄佐に言われた通り、頼む。」)

(「はい、了解っす。」)

(「よし、行くぞ。」)

 そう言うや否や、朱将は弾丸のように飛び出して、1階分の高さなどものともせず、一息に隣の屋上へ飛び移った。

「あー、これ、俺らの出番はねぇな。」

「そうッスねぇ。」

 拓彌と良平はあっけらかんとそう言って、ポカンとしている辰生の肩を叩いた。

「あれが農高の赤鬼ってやつよ。慣れろ。」

「常識とかゆーのは捨てた方が楽だぜ。」

「あ・・・えーと・・・はい。」

 あっさりと制圧された隣の屋上で、朱将が『早く来い』と手招きした。


 朱将に指示され、気絶させた監視者たちを車へ運んでいく拓彌と良平。最近こんなことばっかやってるなぁ俺ら、との呟きは誰の耳にも届かなかった。それを尻目に、辰生はパソコンに指を置いた。

「あー、ばっちり写されてましたね。あ、どうやらコイツら、ユウレカの人間らしいですよ。」と辰生は独りごちながら、素早くキーボードに指を走らせ、30秒と経たない内に、「よし、これで、少し前のを繰り返し流し続けるようになりましたんで、一安心です。ついでに、中のデータ片っ端からコピーして・・・なんか怪しいのとかあったら報告します。あ、あと、GPSとか入ってる可能性があるんで、携帯とかパソコン類は全部ここに置いてったほうがいいと思いますよ。」

「あぁ、分かった。・・・にしても、すげぇもんだな。」その手際の良さたるや、プロのようだと朱将は思った――何のプロだか知らないが。「あんたが来てくれて助かった。俺はそういうの向いてねぇし、黄佐にもそこまでの技術はねぇから。」

 素直に褒められて、辰生ははにかむように笑った。「いやぁ・・・パソコンいじるのは趣味なんで・・・。」

「青尉と、話し合わねぇだろ。あいつもパソコンの類は苦手だし。」

「そんなことないっすよ。確かに、パソコンとかネットの話は全然しませんけど――」いや、していたかもしれない。それもかなり一方的に。でも、「――少尉は、どんな話も律儀に聞いてくれるんで。本当、良い奴です。」

「当然だろ、俺らの弟だからな。」

 間髪入れずに断言されて、――ブラコンなのは青尉じゃなくて、お兄さんたちの方かもしれない。なんて、言ったら殺されそうだけど――辰生は「ははっ、そうっすね。」と頷いた。「・・・ん? 何だこのファイル・・・?」

「おし、撤退するぞ、辰生。」

「あ、はい!」

 あとで黄佐さんに聞いてみよう。やけに厳重に保管されていたから、もしかしたら、とても良いものを見付けてしまったのかもしれない・・・あんち・ぷしちく・そにく・・・和訳したら何になるんだろう? ――万全の仕掛けも施した辰生は、意気揚々と立ち上がった。


☆7


「データの復旧はどう?」

「もうしばらくかかりそうです。」

「えー、マジでー。」

 碓氷はあからさまに非難する声を上げた。部下たちがパソコンの残骸の中で、申し訳なさそうに項垂れる。

 本っ当、面倒なことしてくれたよねぇ。――碓氷は床に散らばった破片を蹴って、頬を膨らませた。――沢木、って言ったっけか。あいつがこんな風にばらばらにしないでくれれば、もっと早くここからおさらば出来たのに。

 本来の計画を脳内で反芻して、碓氷は溜め息をつく。APSの実験を兼ねてM=C第一支部を制圧、次いで刀堂青尉に関するデータを奪取、M=C本部が出てくるより早く痕跡を消して撤退――の予定だったんだけどなぁ。物理的にぶち壊してくれたおかげで、データ復旧にかなりの時間がかかりそうだと分かって・・・。

「・・・ま、APSの有効性が実証されて、第2計画も同時進行できたからいいけれど。」

 虚空に向けて呟く。

「警察は動けない。星屑もただのクズ。何の脅威にもならない。M=CはAPSがあるから大丈夫。最悪衝突することになっても勝てるのは確実。けどその前に、刀堂青尉を移送したいよねぇ。」考え事を口にしてしまうのは碓氷の癖だ。「部隊編成が整うのって何時の予定だっけ。・・・19時か。んーと、そしたら、その間に出来ることって言ったら採血とあと、何だろう。ここの設備じゃ何も出来ないし。データが直ったらまたちょっと違うんだけどなぁ。ここには能力分析の能力者がいたはずだから、それを使っていないはずがないんだけど。本当、どうしてうちには能力解析能力者いないのかなぁ、研究組織なのに。テレポーターもいないし、不平等だ。いっそM=Cを吸収合併したいくらいだよ。あぁ、そういえば、刀堂家の様子は、っと――うん、変わりないね。びっくりするくらい変わりがないや。・・・無さすぎないか?」

 一時間前に見たものとまったく変わっていない――むしろ、影の位置すら変わっていない映像に、碓氷は強い不信感を覚えた。考えるより先に指が動く。キーボードを叩いて、刀堂家を見張っているはずの部下たちのパソコンに繋げる――と、アラーム音が鳴り響いた。

 罠だ。

「――へぇっ! 誰だか知らないけど、やってくれるじゃん!」

 画面いっぱいに広がったアルファベットを前に、碓氷は冷笑した。素早くネットワークからタブレットを切り離して、ウイルスを隔離する。駆除しながら、碓氷はつらつらと指示を並べ立てた。

「黒崎、一班連れて現場に急行。機器類の回収と監視任務の引継ぎ。」

「はい!」

「データ班はそのまま、復旧をあと30分で終わらせて。」

「はいっ!」

「林ー、上に連絡。人員の配備急がせて。刀堂青尉の移送を18時・・・いや、17時には行う。」

「・・・はい。」

 厄介になってきた情勢を、碓氷は酷薄な目で見ていた。――やめてほしいなぁ本当に。こういうの僕、大っ嫌いなんだよねぇ。大体、悠長にしてる上も気に入らないし。せっかくAPSを開発したんだから、それを使って7大組織全部、傘下に収めちゃえば、丸く収まるのになぁ、馬鹿だなぁ。僕みたいな優秀な研究者を前線に出すってのもアホらしいし。――思いながら、その手はものすごいスピードでタブレットの上を動き回っている。超絶技巧のピアニストのような指さばきが、やがてぴたりと止まった。――・・・っと、はい、駆除解析完了ー。さーて、どこの馬鹿がこんなウイルスを仕掛けてくれたのかなーっと。

 表示された名前を見て、碓氷は動きを止めた。

「――・・・《いず・いっと・ごーすと?》・・・。」

 《幽霊か?》というふざけた名前に、碓氷は聞き覚えがあった。いや、しかし、それはただの噂でしかない、何の信憑性も無い都市伝説じみたものだ。《IS IT GHOST?》――ユウレカ内部に、あるかどうかも定かでない極秘の諜報部局が使用するらしい、工作用のハンドルネーム――

「まさか・・・――」

 ――まさか、内部に、裏切り者がいる?

 生来の癖でも、その考えは声にならなかった。

「・・・碓氷さん。」

「何。」

 林に話しかけられて、碓氷は苛立ちを隠そうともせずに聞き返した。

「・・・部隊の潜伏先が、何者かに襲撃されているそうです。」

「はぁっ?」

「その所為で、配備が滞っていると・・・。」

「はっ。」碓氷は鼻で笑った。「ほんっと、使えない。それで?」

「・・・チームα、β、γがこちらに向かっています・・・彼らと合流し次第、ここを放棄し、刀堂青尉の移送任務に付くように、と。」

 碓氷は高らかに舌を打った。やはり、戦争なんて臆病な上の連中には出来なかったか。「了解。データ班、援軍の到着までに復旧できなかったら全員クビだからね。」

「はいっ!」

 決意を滲ませた声を背に――威勢のいい返事なんかより、結果で示せっての――碓氷は部屋を後にした。


☆8


 警察署内はいつになく緊迫した雰囲気で、老若男女を問わず、刑事やら何やらが慌ただしく走り回っていた。それもそのはず、今日は『ユウレカ』と『マッド=コンクェスト』の二大組織が正面衝突すると噂の日なのである。その話がまことしやかに囁かれ出した今朝から、彼らは様々な局面を想定しての対応に追われていた。

「さぁわしぃろさぁ~ん。」

「西浦、てめぇ腑抜けた声出してんじゃねぇ。」

 澤城の厳しい叱責にも、西浦は1ミリたりとも動じない。もうすっかり慣れているし、何と言われようと二十数年この口調でやってきているのだ、直すには遅すぎる。そしてそれよりも重要なことが彼にはあった。

「今ぁ、朱将くんからメールが来たんですけどー。」

「おぉ、何だって?」マッド=グレムリンやマッド=コンクェストに関する情報だろうか、と澤城は身を乗り出した。

「なんかぁー・・・――」西浦は少しだけ言い淀んで、怒られる前に素早く言葉を繋いだ。「――今から、来るそうです。ここに。」

「はぁっ? このクソ忙しい時にっ?」

「ていうか、もう来てるって――」

 と、言いさしたその時、部屋の扉が開いた。入ってきたのは話題のまさにその人。

「ちは、澤城さんいますか?」

「・・・おう、朱将。」澤城は苦々しい顔を隠そうともしなかった。「何の用だ。」

 朱将はずかずかと部屋に踏み入り、澤城の前まで来ると、単刀直入に言った。「今回の能力者組織の戦争、サツはどう動くんすか?」

 やはりそのことだったか――澤城は無愛想に答えた。

「教えられるわけねぇだろ、機密事項だ。そんなこと聞きに来たのか?」

 朱将は辺りをくるりと見回しながら、

「いや、俺はただ、交渉をしに。」

「交渉?」

 思わず鸚鵡返しにしたのは、“朱将”と“交渉”というワードが上手く結びつかなかったからだ。――“話し合い”に“なぐりあい”ってルビ振るような奴が、交渉だと?

 しかし朱将ははっきりと首肯した。

「あぁ。stardust・factoryの連中って、今います?」

「いるんじゃねぇのか?」

「そっすか。どうも。」と、あっさり背を向けた朱将。

 思わず澤城は声を上げた。「おい、それだけかっ? 朱将! てめぇら一体、何考えてやがるっ!」

「別に――」朱将は半身振り返り、ニヤリと笑った。「――悪いことは、何も。」

 明らかに考えている笑みだと誰もが思った。


 警察署の最奥部、stardust・factoryのために設けられた『特殊事件担当課(仮)』の扉は、思い切り開け放たれていた。閉めるのが面倒くさいのか、そんな暇ないほど忙しいのか、おそらくはその両方だろう。朱将はそれを言い訳に、ノックもせず踏み入った。

「失礼。」

 大声を上げたつもりはなかったのだが、腹の底から出た声は、室内の喧騒を一息に押し流した。

 その場にいた全員の視線が朱将1人に注がれる。

「山瀬はいるか?」

「・・・君か。」一番奥の机に向かって何かをしていた長身の男――山瀬が、振り返って朱将を睨んだ。「何の用かな?」

「この戦争、お前らだけで止められるもんじゃねぇだろ。」

 ばっさりと切り込まれ、山瀬は一瞬言葉に詰まった。事実、stardust・factoryは七大組織の一つとはいえ、まだまだ新参の末端である。ユウレカやM=Cに比べたら、自衛隊と自警団ほどの差があった。が、それを素直に認めるような山瀬ではない。

「そんなことは――」

「止めてやろうか? 俺らが。」

 山瀬を遮って、そう言い切った朱将に、辺りがざわめく。

 山瀬は眉根を寄せた。――手伝ってやろうか、ではなく、止めてやろうか、だと? 青尉くんが出てくるのは確実だろうか、何を考えての提案だ? 確かに、青尉くんがこちらに加わってくれれば、確実に戦争は終わらせられるだろうが・・・あんなに、こちらへ協力するのを嫌がっていた彼らが、何故、突然?

 考え込む山瀬を余所に、朱将は自分の携帯をちらりと見て、室内を見回すと、「――あぁ、いたいた。あんたか。」と、1人の男を指差して、「山瀬、コイツ貸してくれ。」

「へっ? じっ、自分ですかっ?」

 指された方は大いに狼狽えて、縋るように山瀬を見た。山瀬はその視線に応えることなく、朱将を睨み見た。

「・・・何を考えている? 朱将くん。」

 朱将は面倒くさそうに肩を竦めて、

「別に、俺は何も。」――こんなことを考えんのは、黄佐だけだ――「めんどくせぇから簡単に話すぞ。お前らは俺らに治癒能力者を貸して、あとは大人しくしてる。俺らは戦争を止めて、それを全部お前らの手柄にする。っていう提案だ。」

「なっ・・・――」――る、ほど。と山瀬はこっそり舌を巻いた。こちらが正式な課となるための実績を欲しがっていること、しかしそのための戦力が足りないこと、それらを承知の上での提案らしい。あくまで“取引”という形をとってはいるが、これでは実質――。

「別に、乗らねぇってんならそれでいい。こっちだけで勝手にやるからな。ただ、治癒能力があれば何かと便利っつーか、青尉がまともに戦えるようになるから、万が一を無くせるってだけだ。――で、どうする。何なら、お前もくっついてきていいぞ、山瀬。仕事はねぇけど。」

 さぁ、決めろ。と高圧的に言われ、山瀬は溜め息をついた。


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