第八夜-6
☆9
時限式でブレーカーを落とす仕掛けは案外簡単に作れる。ピッキングだって簡単だ。針金2本で十二分。窓を割って入るのも考えたが、少々派手すぎる。――それに、そういうのは朱兄とか青尉の役割だから、ね・・・っと。――妙に慣れた手つきで鮮やかに鍵を開けると、黄佐は室内に黒い物体を投げ込み、自分も一緒に飛び込んだ。
パンッ、と強烈な閃光が弾け飛んで部屋を蹂躙した。あらかじめ遮光ゴーグルを着けていた黄佐にダメージは無いが、室内の人々は完全に目を潰されたようである。
想定せぬ奇襲に怒号が飛び交う。相手は全員武装していたが、さすがに、視界を遮られた状態で乱射するような馬鹿ではなかった。
乱射してくれても良かったんだけどなー俺が楽になるから。――などと黄佐は一瞬だけ思った。もとより、そんなこと期待すらしていなかったが。――にぃしぃろー・・・9人。オッケー、情報通り! さっすが辰生くんだね、頼りになるなぁ。――黄佐は手近な男を掴んで軽く投げ落とした。鳩尾の辺りを踏みつけながら、2人目に向かって踏み込む。低く振るった踵を相手の脛に突き刺し、怯んで屈んだ頭を掴んで膝を叩き込んだ。倒れたソイツの腰元から特殊警棒をするりと抜き、3人目の手から拳銃をはたき落とす。返す刀でこめかみに一撃、すれ違いざま鳩尾にもう一撃。
3人を沈黙させたところで、閃光弾の効果が切れてきたらしい。残った6人が黄佐を視界に収め、銃口を向ける。入っているのは実弾ではなく、ゴム弾だが、当たれば相当痛く、しばらく動けなくなることは必至だ。
が、黄佐は構わず踏み込んだ。――3、2、1・・・!
引き鉄が引かれる――一瞬前、バツンッ、と音を立てて照明が落ちた。
今度は暗闇が部屋を塗りこめた。
狙いを乱されたゴム弾が、黄佐の遥か頭上を飛んでいった。一瞬早く暗視モードに切り替えていたゴーグル越しに、慌てる連中を見て、黄佐はほくそ笑む。思わず吹きそうになった口笛を抑え込んで、銃を叩き落とし、相手を投げ飛ばす。落とした銃を拾って、鳩尾にゼロ距離で打ち込む。相手は防弾ベストを着ているのだ、これくらいは平気だろう――まぁ、肋骨の1本くらいは折れるかもしれないけど、それぐらいは、ねぇ?
二発目、三発目で5人目、6人目の銃を正確に打ち落とし、警棒で殴って黙らせる。さらに7人目へ沈黙を与えたところで、
「――っ。」
黄佐は背後から首を絞められて息を詰まらせた。――やっべ、完全に入ってるわコレ・・・。首に回された腕は、もはや指一本も入れる隙間が無い。しかもこの人締めるの上手いな綺麗に頸動脈だ・・・じゃなくて、やばい、このままじゃ落とされる。バックチョークから逃れる方法って何があったっけ? 前に投げる? いやいやいやいや朱兄並みの筋肉が無いとそんなん無理! あとは、あとは・・・あああああこれだっ! ――焦った黄佐の脳内で、少し前に見た昔の映画のワンシーンが再生された。瞬間、黄佐は相手の腕にかけていた手を放して、ふっと腰を沈めると、相手の両足を掴んで―体重を後ろに掛けながら―思い切り前に引っ張った。もろとも背中から倒れ込んで、その拍子にチョークが外れた。すかさずマウントを取って顔面に拳を打ち込む。二発ほど殴って完全に沈黙したことを確認すると、
「動くな!」
後頭部に銃口が突き付けられていた。
「これには実弾が入ってるから――」
などと話す間は撃たれないから、と、黄佐は振り返りざまに銃口を横に払った。反射的に引き鉄が引かれて閃光が瞬いたが、それは見当違いの床に風穴を開けたのみ。悪人ってどうして口上が好きなんだろうね? と黄佐は常々思っている。喋ってる暇があるんならとっとと足でも腕でも撃てばいいのに。銃を叩き落としてそのまま組み付く。先程の意趣返しのように、黄佐は完璧なチョークスリーパーを決め、きっかり7秒で相手を落とした。
男が崩れ落ちたのを見届け、室内に動ける者がいないことを確認すると、黄佐はにっこりと笑って、無線機の電源を入れた。
「はい、ポイント11、制圧完了、っと。」
☆10
『はい、ポイント11、制圧完了、っと。』
「ポイント11の制圧、了解しました。損害および不足物資は?」
『損害無し。Fが残り2発だから補給お願い。10分で完全撤退する。次のポイントのサーチよろしく。』
「任務了解!」
辰生は刀堂家の居間で、2台のパソコンを前に、タブレットを片手に、携帯を傍らに、長距離用無線機を装着して、あらゆる情報の集積と共有の役を担っていた。どうして一般農家に長距離用無線機があるのかと言うと、その昔、脚本を書くための実験と称して母・紫が大量に購入してきたからである。そんなことなど知らなかった辰生だが、『なぜ、あるんだろう・・・まぁ少尉の家だから、何があっても不思議はないか。』と自分の中で勝手に納得していた。
得た情報は小まめに整理しながら、再確認を繰り返す。――朱将さんがさっき警察署に向かって・・・黄佐さんがポイント1、3~5、8、11を制圧。拓彌さんたちが2、6、7、9を制圧、10と交戦中・・・うん、優勢だから大丈夫だ。残り5か所で次は12ね、えーっと、情報を黄佐さんに送信っと。あとは――
「良平さーん。」
「おうッ! 任務ッ?」
「はい。黄佐さんにFを3つ運んでください。」
「了解ッ!」
地図の上に赤いバツ印が次々書き込まれていく。いずれも、ユウレカおよびM=Cの戦闘員たちの潜伏先だ。ここを9時までにすべて潰してしまえれば、組織間の武力衝突が発生したとしても、かなり小規模に抑えられる――はずだ。ついでに、朱将の交渉が上手くいったら、これらの作戦行動をすべてstardust・factoryの手柄として、恩を売ろう、とのことである。
しかしものすごいスピードで進んでいくものだ、と辰生は改めて感服した。味方だから安心していられるが、絶対に敵には回したくない。というか、どうして、黄佐さん1人の方が早く制圧できるのだろう? いくら能力封じの音源を持っているとはいっても・・・。
先程、ユウレカのパソコン内で発見した、あんち・ぷしちく・そにく――『ANTI・PSYCHIC・SONIC』は、黄佐が手を叩いて喜んだほど重大なものだった。和訳されると、その重大さに辰生もすぐに気が付いて、黄佐とハイタッチを交わした。
――即ちそれは、能力封じの音波ファイル。
辰生は『電光会議室』をちらりと覗き込んだ。さっきから話題は、辰生が提供し解析を求めた、能力封じ音波のファイルに関する考察一色になっていた。一秒で5、6個の発言が流れていくから恐ろしい。だというのに、だ。
>1527:ハンニバル やはりこれまでの見解で正しかったんですよ!
>1528:bbsb 能力は第六感である、という捉え方か。
>1529:bbsb ということは、このファイルは閃光弾みたいなものか。
>1530:ハンニバル 能力は視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚に次ぐ第六の知覚であるという説が断然有力になりまして、それならば、閃光弾のような感覚で、音によって能力を封じることも出来るということですね!
>1531:ハンニバル あっ、bbsbさんの繰り返しになってしまいましたね。すみません
>1532:bbsb お気になさらず。
>1533:M&Ms ねぇねぇ、能力封じに名前付けにゃい?
>1534:ぱっくまん お前まだその語尾引きずってたのかよ気持ち悪ぃ
>1535:ぱっくまん→りんどぶるむ ポイント15に16が合流。
>1536:ハンニバル→りんどぶるむ ユウレカ内で襲撃情報が回り始めたようです。ポイント12から14が移動を開始。
こっちが頼んだ仕事も完璧なんだよなぁ――警戒を促すようなアラーム音とともに辰生宛の発言が現れて、辰生は素早く「了解しました!」と返した。
同じ内容を黄佐と拓彌たちに送信する。――ポイント15と16はM=Cの潜伏先だ・・・ってことは、ユウレカ内だけじゃなくって、M=C内でも情報が流れ始めたと見て良いな。まぁ、気付かれない内に3分の2を潰せたんだから上々か・・・。こっからは少し、危険になるな・・・。黄佐さんは、あらかた潰せたらそれで良いって言ってたから、ここらが切り上げ時かな。
不意に、携帯が鳴り出したので、辰生は反射的にそれを取り上げた。視線はパソコンに貼り付けたまま、器用に応答する。
「もしもし?」
『朱将だ。交渉成立。山瀬と牧野を連れて、今から帰る。』
無愛想で端的な報告は、辰生が「了解しました!」と返すより早く切れてしまった。しかし辰生は気にした様子もなく、携帯を放り出して「うしっ!」とガッツポーズを決めた。そしてすかさず、無線機に喋る。
「黄佐さん、聞こえます?」
『はーい、なんかあった?』
「星屑との交渉、成立です!」
『お、マジで? おっしゃっ!』黄佐の喝采が聞こえた。『よっし、拓彌さんたちには、今やってるとこが終わり次第帰投するよう伝えておいて。こちらはあと3分で帰投する。』
「あ、補給のために良平さんがそちらに向かってます。合流後に移動願います。」
『そっか。了解!』
辰生は、なんだかわくわくしている自分を自覚していた。――リアル戦略ゲーみたいだ。――そう思ってから、慌てて頭を振って、気を引き締めた。これはゲームじゃない。人命を懸けてやってんだから・・・絶対に、最後の最後まで、一手も間違えられない。いや、間違えない!
再び画面に向かってキーボードを叩き始めた――その時。
「っ!」
けたたましい警告音が鳴り響いた。
「っと、これは・・・あれか!」すぐに警告の内容を思い出して――監視していたユウレカのパソコンに仕掛けておいた罠が作動したのだ。自分以外の誰かが、間違った手順でパソコンを操作した場合、自動的に発動、パソコン内のデータを壊す。また、もし遠隔操作された場合は、それをした別のパソコンにもウイルスを流し込む仕組みだ――辰生は素早く追加命令を下した。ユウレカのネットワークへ侵入を試みるが、「・・・ちっ、隔離された。さすがに、駄目だったかー。」
ま、そう簡単には行くはずがないよね。辰生は頬を掻いて、すぐに気持ちを切り替えた。罠の後始末と追撃への防御策を講じる。情報を制する者は世界を制するのだ。こちらの情報拠点を割り出されてしまったらかなり劣勢に追い込まれてしまう。
「さて、と――」凝り固まった肩甲骨周辺を伸ばして、考えを巡らせる。ユウレカに情報が流れた。監視の再配備、されるかも。ポイント12から14の連中が、M=C第一支部に向かって行ったら、少尉の移送用の人員とみていい。投入された人数的に、M=Cとの全面衝突は考えていない、かな。反能力音波を使って逃げ切る算段だろう。この分だと第一支部は黙っていても解放・・・というか放棄されるし、星屑はこちら側に付いた。あとは、「――少尉だけか。」
辰生は眉根を寄せた。少尉・・・大丈夫だろうか。変に律儀で真面目で傷付きやすい、我が友人は。変なことをされていないだろうか。脅されたり、傷付けられたり、怖い思いをしていないだろうか・・・いや、誘拐されたって時点で、普通“怖い思い”か。誘拐なんてされたことないから分かんねぇけど・・・――想像して、身震いした。辰生の貧困な想像力は、映画のワンシーンを引用しただけだったが、思わず歯を食いしばる。――怖い。これはヤバい。怖すぎる。――M=C第一支部に連れていかれたらしいことが確かになりつつある今となっては、どうしてすぐに助けに行かなかったのか、と怒りさえ覚えるほどだ。
――頼むから、どうか無事で。
信じてもいない神仏を拝むように、一瞬だけ瞑目して、辰生はすぐさま、ブルーライトに目を凝らした。
居間の扉の向こうで、玄関が開き、朱将の声が「ただいま。」と告げた。
☆11
「ただいま。」言うが早いか、朱将は靴を脱ぎ捨てて、和室の襖を開いた。やけに騒がしいと思ったからだ。そこでは案の定、マッド=グレムリンのチビと、ユウレカの男が何やら言い争っていて、
「っ、この野郎、氷漬けにしてや――」
チビが手を振りかざそうとした瞬間、強烈な蹴りが2人の間を稲妻のように走り抜け、柱にぶち当たり、家中を鳴動させ人々に沈黙をもたらした。
「別に、」ポツリと大粒の雨が落ちる。「ただの殴り合いなら止めやしねぇけど。能力はやめろ。次やったら・・・やろうとしたら、脳天にぶち込むからな。」
何をと言わない辺りが、そして言われなくても分かるほどに、恐ろしい。殺気が発言を完全に制し、当事者2人はがくがくと壊れた赤べこのように首を振るしか出来なかった。恐怖政治とはかくあるべし。山瀬が見なかった振りをして天井を仰ぎ、牧野は全身を震えさせてそっと後退った。
朱将はゆったりと足を戻して、ふと気が付いた。
「あぁ、お前、目ぇ覚めたのか。ちょうどよかった。」
「・・・へ?」
ユウレカの男は朱将に肩を掴まれて、大袈裟に肩を跳ね上げた。
「なぁ、ちょっと聞きてぇことがあんだけど――」図らずも手に力がこもる。どちらかの骨が軋む音を立てた。「――うちの弟、刀堂青尉を誘拐したのは、お前らだな?」
背後で聞いていた山瀬が「誘拐っ?」と声を上げた。
「誘拐って君・・・っ!」
「黙ってろ山瀬。てめぇには話してねぇ。――で、どうなんだ?」
再び、骨の軋む音がした。今度はすぐに分かった――掴まれている肩の骨の方が、悲鳴を上げている。肩の所有者である男の方も、悲鳴を上げたくて仕方がなかった。しかし、心拍数の急上昇とそれに伴う過呼吸――即ち、恐怖――がそれを邪魔して、奥歯を鳴らすことしか出来ない。
パキッ・・・と、何かが割れるような音がした。朱将が拳を固めたのだ。
「どうなんだ?」
刀に匹敵する凶器を片手に、言わなければ殺すと視線で明言しつつ、ゆっくりと聞かれて、それでも口をつぐんでいられる猛者がいるのなら会ってみたいものである。男は喉を鳴らして、
「――っ、そ、そうです! そうです僕らが、誘拐、しま、した・・・。」
「そうか。で?」
「はっ、はいっ、はいっ? あの? えっ?」
「どこへ連れて行った?」
「お、ああ、お、お、おそらく、ま、M=Cの、第一支部、だと、思います・・・。」
「へぇ。・・・嘘は、無いな?」
男はものすごい勢いで首を縦に振った。しばらく黙っていた朱将が、「・・・そうか、じゃあいい。」と肩を放すと、男はずるずると畳に崩れ落ちた。手足がわなわなと震えている。男以外の全員が、敵味方を問わず――あぁ、可哀想に・・・まぁ無理もないか・・・――と思った。
朱将は踵を返して、何か聞きたそうにしている山瀬を無視し、居間の扉を開けた。
「辰生。ユウレカの奴から証言取れた。M=Cの支部にいるんだと。黄佐はまだ帰らないのか?」
「あっ、いえ、もうすぐ帰ってくると思います――」辰生は首だけで振り返って、朱将が立ち去るより早く言葉を繋げた。「――M=C支部ですけど、ユウレカの援軍がそちらに合流しようとしています。たぶん、合流し次第、少尉――青尉を連れて移動するんじゃないかと。」
「・・・。」朱将は寸の間考えて、「・・・拓彌たちは?」
「さっき、ポイント10の制圧を完了したと連絡がありました。片付け終了次第、こちらに帰ってくる予定です。」
「怪我人はそのまま帰ってこい。怪我のない奴は動け。んで、そいつらが合流しないように邪魔しろって言っといてくれ。無理のない範囲内で。」
「分かりました!」
明白な返答には信頼がおける。朱将は居間の扉を閉めて振り返り、
「それで、誘拐されたというのは?」
山瀬の当然といえば当然の問いに、顔をしかめた。
「そのまんまの意味だよ。青尉が昨日の夜、ユウレカとかって連中に誘拐された。今から助けに行く。」
「どうして警察に相談しないっ?」
「そりゃ、あんたらがいなければ相談してたんだけどな。」朱将は山瀬を睨むように見た。「それに、相談したところで何も出来ないだろ、お前らには。」
「戦力にはなれる。」山瀬は即答した。
が、それを予期していたかのように、朱将は「いいや、なれないな。」
「何を根拠に。」
「実際問題、お前らは今の情勢をどこまで知ってる? マッド=グレムリンが来た時、お前らは何をしてた?」――聞いてから、朱将は思い出した。そういや、俺が西浦さんに止めといてくれって頼んだっけな・・・まぁいいや。――「能力者たちの潜伏先を片っ端から潰していけるのか? 俺たちみたいに。」
「・・・待て、潜伏先を潰す、ってどういう・・・。」
困惑する山瀬に、朱将は「まぁ、とりあえず上がれよ。お前らは全員そっちな。」と和室を指差した。「そうだ。ここにいる間のルールを伝える。一つ、能力の使用禁止。二つ、電子機器の使用と所持禁止。三つ、一般人と怪我人への手出し禁止。四つ、俺ら刀堂の命令に従うこと。んで、お前らは特別に五つ目、警察権力の行使禁止。以上。守れねぇなら帰れ。」
何故そんなことを命令されなければいけないのか、と思った山瀬だったが、和室の中を改めて見て、納得した。納得した上で、尋ねた。
「・・・おい。どうして、マッド=グレムリンがいる?」
「さぁな。」朱将は平然と返した。「何だ、そいつら、能力者だったのか? それは驚いた。」
「何を白々しい・・・っ!」
「お前の基準で言えば、能力者を倒せるのは能力者だけ、だったな。つまり、俺らみてぇな一般人に倒せたってことは、そいつらは能力者じゃないってことだろ。」
山瀬は深々と溜め息をついた。「意外だな。君は屁理屈なんて苦手だと思っていたのだけれど。」
「それは残念、見当違いだったな。」飄々と言い返し、朱将は玄関先にあぐらをかいた。「山瀬、お前を連れてきたのは、全部が済んだ後にこっちの要求を呑んでもらうためだ。それまではそこで大人しくしてろ。」
「へぇ、随分な言い草だな。何様のつもりだ。」
山瀬が相手だといつもこうなる――朱将くんが相手だといつもこれだ――と、お互いが思いながら、睨み合うのをやめられない。絶対にコイツには負けたくない、という謎の意地が働いていた。
その時。
「朱の大将ッ!」
「朱将さん!」
玄関と居間の戸が、ほぼ同時に勢いよく開いた。何かを言いかけた辰生が、良平を見て口をつぐむ。外から駆け込んできた良平は、辰生には目もくれず、上がり框に両手をついて、
「た、大変ッス! 黄佐がッ・・・!」
「黄佐が、どうした?」
「ええッと、何て言ッたッけ? 何か、幽霊みたいな名前の連中に――」
「ユウレカ?」
「そうッ! それッ! そいつらにッ――」
聞きたくない、と正直朱将は思った。思ったが、聞かないわけにもいかない。聞かずとも分かるが。嫌な予感に全身の産毛が逆立つ。吹き込んできた冬の風が汗を一瞬で冷やして、初めて自分が汗をかいていると気が付いた。
「――捕まッちまッたッス・・・!」




