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第八夜-4


☆5


 ・・・これは、お葬式だ。

 青尉はやけに冷静にそう思った。彼が人の死に初めて触れたのは、小学校2年生の時のことだった。それ以来、お葬式には行ったことがないから、今見ている夢はその時のものだろう。

 慕っていた母方の祖父が亡くなったのだった。

 目が熱を持っているのが分かる。自分はこの時、ずっと泣いていたのだ。死というものを理解していたのかといわれると、そういうわけではない。そうではないのだが、元気溌溂としていた祖父が力なく横たわっている、その光景がどうしようもなく怖かった。

 性懲りもなく、いつまでもいつまでもぐずっていると、母がやってきて、頬を両手で包み込んだ。

 ――ほら、いつまで泣いてんの。

 ――自分が何で泣いてるのか、分かってて泣いてるの?

 ――分からないんだったら泣いちゃダメ。

 ――分かるんだったら、泣く以外にやれることがあるはずよ。

 ――いい、方法はいくらでもあるんだから。何か少しでも嫌なことがあったら・・・。


 青尉はゆっくりと目を開け、すぐに閉じた。部屋の照明が思っていた以上に眩しかったからだ。頭が重たくて全身が痛い。そして寒い。真っ先に、起きたくない、と思ってから、自分が横たわっていないことに気が付いた。両足を前に投げ出して座っている。こんな状態で寝ていたのか、これじゃあ背中も痛くなるわけだ。納得したところで、渋々、灯りに慣らしながら瞼を開く。

 それなりに広い部屋だった。そこに人がたくさん、と言っても十数名ほど、全員壁際に沿って、やや不可思議な体勢で座り込んでいた。全員がこちらを見ている。青尉はなんとなく、彼らの顔に見覚えがあるような感じがしたが、学校の関係者ではないな、と確信したところで思い出そうとするのをやめた。活動し始めた脳味噌が寒さを感知して、身震いする。リノリウムの床が冷たい所為で、寒さを助長しているようだった。

 青尉は、すっかり固まってしまった背中や首筋をほぐしながら、壁に背を預けた。左腕は相変わらずギプスで固定されたままで、正直とても邪魔くさい。右手を見ると、金属の輪っかが2つ掛けられていた。片方は、腕輪のようだった。わりとゴツイ見た目で、何やら複雑な幾何学模様が彫り込まれている。もう片方の金属は、手錠だった。本来両手に掛けられるべきそれは、ギプスの所為でそう出来なかったからだろう、隣にいる別の人の手首にもう一方の輪っかが掛かっていた。

 なんだか頭がボーッとしている。考えなくてはならないことがあったはずなのに、それをすっかり忘れてしまっているような感覚がした。

「なぁ。」

 隣から声が聞こえて、青尉は緩慢に振り返った。自分と手錠で繋がれている男。体の前で、また別の手錠に両手を拘束されていて、座りにくそうにしている。やはり、見た覚えのある顔だった。それが、気遣わしげでありながら、どことなく複雑そうな、気まずげな表情で青尉を見ている。

「大丈夫か、お前。」

「・・・」一瞬、何を問われたのか分からなくて、青尉は首を傾げた。「・・・え?」

「いや、え、じゃなくて。」

「・・・。」

「・・・大丈夫じゃなさそうだな。こりゃ末期だ。」と、男は肩を竦めて、「ここはM=C第一支部だ。なんでお前みたいに強いのが、こうもアッサリ誘拐されてくるんだよ――ってああ、あれか。能力封じか。ま、あれはどうしようもねぇよな・・・。」

 男のその言葉に、青尉は自分が寝る前――安穏と眠りに落ちたわけではなかったのだということ――を思い出して、瞬間的に覚醒した。そのまま勢いで立ち上がりかけ、「っと。」「うわっ!」手錠に阻まれ尻餅をついた。

「いってぇーな馬鹿っ!」突然引っ張られた男が罵り声を上げた。「お前、手錠が掛かってんの、さっき自分で確認してただろうが!」

「あぁ、うん・・・忘れてた。悪ぃ。」

「はぁ? ったく。」

 変なところ抜けてるな・・・――と顔をしかめる男。そのしかめっ面を見て、「・・・あ。」ようやく青尉は思い出した。「あんた、M=Cの・・・。」

「今頃気が付いたのか。本当にボケてるな。」

「なんであんた、捕まってんの?」

 男は苦虫を噛み潰したように「ユウレカに占拠されたんだよ。」

「ユウレカ――」

 腑抜けた声でオウム返しにし、青尉はぼんやり、辰生から聞いた情報の記憶を手繰り寄せた。確か、過激派で能力独占主義の、研究組織・・・だったよな?

「あぁ、能力を封じられた所為でな。お前だってそうだろ?」と、男は青尉を憐れむように見た。「能力者じゃないお前なら、俺たちでも捕まえんのは簡単だ。」

「・・・。」青尉は、複雑な心境になって黙り込んだ。――捕まえる、って、そんな野生動物か犯罪者みてぇに言ってくれるなよ。それに、もし俺が能力者じゃなかったなら、捕まえる必要なんてないはずだ、そうだろ?

「俺は、沢木剛(さわきごう)。M=C第一支部のリーダーだ。」と、男―沢木は、溜め息混じりに言った。「まさかこんな状態で話すことになるとは・・・残念だよ。お前がさくっとうちに入っていてくれれば良かったのに。」

 散々繰り返してきた議論だ。改めて言うことは何もない、と青尉は沢木を睨んだが、沢木は平然と続けた。

「うちは基本的に、面倒事に慣れてるからな。というか、自分から面倒事を起こして、その回収をして回ってるから、たぶん、七大組織の中では一番、場数を踏んでる。戦力も揃ってるし、能力者のバランスもいい。それに――」と、青尉の方を一瞥して、「――アフターケアも万全だ。」

「・・・アフターケア?」

「お前、戦うの嫌いだろ。」

 沢木は断定の口調でそう言った。青尉は咄嗟に反応できなかったのだが、そのおかげで動揺を見せずに済んだ。遅れた動揺が到着した時には、青尉はすでに沢木の言葉を理解していて表情を固定している。戦うのが好きな奴なんてこの平和な世の中のどこにいるのだろう、と考えかけて、自分の一番上の兄のことを思い出し、考えを翻した。そうだった、朱兄は確かに喧嘩が好きだった――大人数に囲まれながらも嬉々として、鬼気を放って、人を殴る兄の姿を、何度か見たことがある。拓彌や良平に呼ばれて参戦することも多かったが、自分から首を突っ込むことがほとんどだった――どうして、好きなんだろう。そういや、聞いてみたことなかったな。

「別にうちには、組員は全員テロに参加しなきゃならない、なんて決まりはないんだよ。そこらへんは自由だし、それぞれの意思を尊重してる。はっきり言って、その辺は他の、ユウレカとか星屑とか、そんな奴らよかずっとホワイトだぜ。」独り言のように、青尉の方を見もしないで、沢木は喋り続ける。「うちがお前をしつこく勧誘してたのは、基本的には全体のバランスを崩さないためだ。・・・そりゃあ、まぁ、上層部が何を考えてるかなんて、俺は知らねぇけど。そもそも、うちが結成された理由だって――」と、言いさして、「――いや、それは別にどうでもいいか。ともかく、うちは案外“まとも”なんだ。分かってくれよ。」

「・・・能力者だって時点で――」――まともじゃないだろ、と言おうとした青尉の言葉は、突如開いた扉に遮られ、喉の奥に引っ込んでいった。

「やあ!」

 ハイテンションで入ってきたのは白衣の男だった。青尉は彼にも見覚えがあった――この間、街中で道案内をしてやった男だ。

「お目覚めのようだね、刀堂くん! 体調は如何かな? あ、この間はありがとうね親切に! 僕はね、碓氷(うすい)って言うんだ。よろしく! ご存知の通りだと思うけれど、この国唯一にして最高の超能力研究機関『ユウレカ』の幹部なんだ! いやぁ、君に会えて本当に嬉しいよ!」碓氷は誰にも口を挟ませない速さで――誰にも、挟む気力など無かったが――言葉を紡いでいく。「君の能力って本当に不思議で研究のし甲斐があっていいよねぇ、わくわくしちゃう! 能力だけじゃない、君自身も不思議だ! 能力が効きにくいような性質も見られたし、反面、反能力音波に対する強い拒絶反応! そう、もしかしたら!」

 不意に碓氷が、ずいっ、と青尉へ顔を寄せてきたので、青尉は反射的に後ずさった。その顔面に人差し指を突き付け、碓氷は満面の笑みを浮かべる。

「――君は、この世で初めての“完璧な能力者”かもしれない!」

「・・・はぁ?」

 “最強”の次は“完璧”かよ・・・意味分かんねぇ――と青尉は思い切り顔を歪めたが、碓氷はそんなことなど歯牙にもかけず、両手を広げて天井を仰ぎ、

「そう、完璧なんだよ!」高らかに語り出した。「これまでの研究結果から、能力者とはDNAが進化を重ねていった結果生まれた、ニュータイプの人類だと言えるんだ。超能力の種となる遺伝子自体は何百年も前から人間の中に存在していたんだけれど、発現するには至っていなくて、それが代を重ねることで徐々に配列が組み変わり、今となってようやく、発現するに至ったんだ! 昔からの能力者の家系はまたちょっと違ってそこはほら、近親婚で血を濃くする風習があったりする場合が多いから安定しやすいんだけれど、そうではなくて自然に能力者が現れ始めるということはDNAの配列が定まりつつあるということで、でもまだ過渡期だからか、不安定な能力者が多いんだけれど――君の場合は実に安定している! なんでだろうね? 粗雑な仮説だけど、僕は、君の時点で『超能力者DNAの配列が確定した』と考える! すなわち、君を――君と、君の家系を研究すれば!」

 その言葉に、青尉はピクリと反応した。俺と、俺の家系? つまり・・・俺だけじゃなくて、朱兄とか黄ぃ兄とか、父さんとか母さんとかまで、ってことか?

「発現の過程が解明できるかも――」

「おい。」

 鋭利な刃物のような声が、碓氷の言葉を断ち切った。狭くない室内の空気が一瞬で張り詰めて、気温が急激に下がったようになり、その場の全員が身震いした。それが青尉から発せられる殺気であるとは、誰もがすぐに気が付く。

「俺の家族に手ぇ出したら、ただじゃおかねぇぞ。」

 手負いの獣に睨みつけられ、それでも碓氷は軽薄に口笛を鳴らした。

「ひゅう、さっすが。家族想いだねぇ。そんな君にはこれをお見せしよう。」

「――? ・・・・・・っ、これ――」

 青尉の目の前に掲げられたタブレットには、見慣れた家屋が映っていた――俺の家だ。バイクがたくさん停まっているから、拓彌さんたちもいるのだろう。右上に『13:37』と表示されている。冬場の今なら、とうに昼休憩を終えている時間だ。なのに軽トラがあるってことは、仕事してないのか・・・俺が、ここにいるから? 待て、これをわざわざ俺に見せるということは・・・。

「大丈夫、危害は加えないよ。“今のところは”ね。」

 まるで、タブレットの中にあるものはすべて自分の思い通りに出来るのだ、と言わんばかりの笑顔で――事実、どうとでも出来るようにしてあるのだろう――碓氷が告げる。

「協力、してくれるよね? 刀堂くん。」

 青尉は唇を噛んで、壁に背を預けた。大きく溜め息を吐く。それを肯定の意と取って、碓氷が笑みを深め、「よっしゃー、じゃあまずは採血からだー!」と意気揚々と白衣の裾を翻す。

 なんで俺ばっかり――と、青尉は体育座りになって、膝頭に顔をうずめた。――なんでこんなことになってんだよ。なんで俺には能力なんてあるんだよ。誰がそんなもの欲しいと願った? これさえ無ければ・・・俺は・・・兄ちゃん達も・・・。――青尉は自分の感情の色が見えなかった。悔しいのか、怒っているのか、悲しいのか、あるいはそれらすべてなのか。そしてそれ以上に、理不尽を強要された時の、このどうしようもない無力感と情けなさを、どう扱えばいいのか、よく分かっていなかった。ただ、心が、ゆっくりゆっくり、曲がっていくのを感じる。曲げられて軋む音が聞こえる。派手に折れないのが余計に苦しい。真綿で首を絞められているような閉塞感が――

「・・・・・・くそっ。」

 あまりにも小さすぎる声は空気すら揺らさなかった。その隣で、沢木が何か言いたそうに口を開け閉めしていたが、やがて諦めたようにそっぽを向いた。


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