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第四夜-2

☆2


 教室の前に着く。青尉は閉め切られた扉に右手を伸ばし、ふと、躊躇いを思い出して硬直した。消えたと思っていた憂いが、本当はただ影を潜めていただけなんだと知る。―――何か言われたらどうしよう。何て言われるんだろう。ずっと黙っていたけど、能力者に憧れをもっている辰生たつきは、俺のことを知って何て言うんだろう? ―――そう思うと、青尉は一歩も動けなくなってしまった。恐怖に似た感情が心と一緒に身体を縛る。教室の前で立ち尽くすなんて不審でならないが、そんなことも気にならないほど青尉は怖がっていた。こんな感情を持ったのは久々である。

 青尉は大きく大きく深呼吸をした。折れた肋骨の痛みは無視。息はすべての源である。吸気と一緒に泣き言を飲み込み、呼気と一緒に恐怖を吐き出す。―――ほんの少しの勇気を。そうだよ、ただ扉を開けるだけだ。勇気は少しでいい。

一気に、扉を引き開けた。

 音が人の目を惹く。

 静寂。

 沈黙。

 視線の檻に閉じ込められる。

 異様な空気に青尉は思わず、足を止めてしまっていた。小さな勇気が尻尾を巻いて逃げ出し、頭が真っ白になる。―――やばい、やばいやばいやばい、どうしよう。帰りたい。帰ろう。

 じり、と青尉が後退りした。

 その時。

「青尉ぃーーーーっっっ!!」

「っ?!」

 飛び上がるように椅子から立った辰生が、他人の机の角にごんごんと自分の足腰をぶつけながら、しかしまったく気にした様子もなく、青尉へと駆け寄ってきた。

 呆気にとられて動けない青尉の目の前にまで来ると、辰生は青尉の右肩を掴んで揺さぶった。

「青尉! お前、怪我ひっでぇなっ! こんなに食らってたのかよ! 信じらんねぇ! すっげぇなオイ! なんでこんなに食らってて歩いて帰れたんだよ! っつーか、アレ? 動画を見た限りだと・・・お前まさか、最後の方この状態で戦ってたのか? 何っつー無茶してんだよお前はよぉ。わざわざ挑発するようなことばっかしてるしさぁ。見てるこっちの肝が冷えるっての! ってかさぁ、お前さぁ、戦い方むちゃくちゃ過ぎんだよ! きっとあれだ、格ゲーのやり過ぎだな。映画見ろよ映画。アメリカとかのアクション物。CG使ってることも多いけど、あれは一応人間がやってるから、再現可能だし怪我も減るはずだぞ。―――・・・ん? あれ、どうした青尉。具合でも悪いのか?」

 青尉は目を見開いて呆然自失していた。辰生の声は聞こえていたが、パフォーマンスが低下している脳はそれを理解するのに手一杯で、動作が疎かになる。そして、内容を理解したら理解したで、やはり青尉の動作は停止するのであった。―――思っていたのと違う。違い過ぎる。

 辰生は青尉の眼前で手を振ってみたが、まったく反応が無い。

「おーい、青尉ー? どうしたよオイ。おーい、起きてるー?」

 それでも反応が得られなかったので、辰生は青尉の目と鼻の先で諸手を打ち鳴らした。

「っ・・・!」びくっ、と肩を震わせて我に返った青尉。「・・・あ、うん。なに?」

「お前、大丈夫か?」

「うん・・・だいじょうぶ。」

 魂が抜けたような声で言われても説得力は皆無だ。辰生は半眼になった。「・・・大丈夫なように見えねぇんだけど。」

「あー・・・えっと、大丈夫だよ、本当に。ただ、ちょっと・・・」と、青尉は小声になって、「・・・気が抜けただけだから。」

「気が抜けた? って?」

「いや、その・・・」辰生の追及に青尉は、気恥ずかしいような、居たたまれないような、情けないような、そんな気分になって、顔を背けた。「・・・何って言われんだろうなー、って、考えてたのと違ってたから。」

 素直で弱々しい青尉の言葉に、辰生は一瞬きょとんとして、

「―――あっははははっ!」

 笑った。

「あははっ、あははははははっ! お前ってほんっと、意外とチキンだよなー。だから“少尉”なんだよ!」

「う・・・。」

「いやぁ、そりゃあな、俺だって何て言ってやろうかと思ってたよ! さっきまではな! でも―――」辰生は一瞬、間を開けた。その間の中に―――あまりの大怪我にびっくりして、その衝撃で聞こうと思っていたことが全部吹っ飛んじまって―――ということを端折って、「―――何か、どうでもよくなっちまってさぁ。」

「―――――」

「それに、敵対して尋問するよりか、自主的かつ積極的な協力を仰いだ方が効率的だろ? っつーわけで、根掘り葉掘り聞かせてもらうけど、正直に答えろよな!」

 満面の笑みで言われた青尉は、いつもだったら嫌そうに顔をしかめて『えー。』という場面であることを忘れて、破顔した。

「わかった、いいよ。何でも答えてやろーじゃん。」

「おお? 珍しいな少尉。どういう心境の変化だ?」

「別に。」青尉は笑顔のまま、素気なく答え、辰生の脇を抜けた。もう教室なんて怖くない。「深い意味はない。」

 そう、別段深い意味はないんだ。ただ―――ただ、ちょっと、友達は大切にするべきだな、と思っただけで。そんなこと、わざわざ言うまでも無いだろう?

「そっか。」辰生はニヤリと笑って青尉の背を追うと、「よっしゃあっ、情報源ゲットだぜっ!」言うなり彼の背中をぶっ叩いた。

「いぃってぇっっっ!!」

 衝撃が全身を貫いて、人目をはばからず青尉は叫んだ。叫んだ拍子にさらに痛みが増して、呻きながら蹲る。

「辰生、お前、な・・・。」

「え、あ、悪ぃ。何、もしかしてお前、肋骨でもやられちゃってんの?」

「3本ヒビ入ってんだよ・・・。」

「え、マジか!」辰生はしまった、と思った。「あー、それは、その・・・知らなかったんだ。本当にごめん。」

「おう・・・いいよ別に。そういうわけで痛いから、頼むから笑わせないでくれよ。」

 真剣な表情で頼まれて、辰生は、あぁ本当に痛いんだな、と思った。酷いことをしてしまった―――しっかし、笑わせるな、か―――「おう、分かった。以後気を付ける。」真面目な顔でそう頷いてから、辰生は教室の隅で固まって弁当を食いながらこちらを窺っている男子連中に向けて、言った。

「・・・よーし、それじゃあ皆ー、今から、笑ってはいけない動画観賞会やろうぜ!!」

―――禁止されたらやりたくなる、それが人間のさがってもんよっ!  

 辰生の意図を汲んだ男子連中は、「「イエーーーイッ!!」」と、銘々に拳を突き上げた。

「はぁっ?! ちょ、お前ら、俺を殺す気かっ!! っ・・・。」

「えー、そんなつもりじゃあないよぉ。ったく、仕方ないなぁ。じゃあ、少尉はケツバットなしでいいよ。」

「そこまでやる気だったのかよ。っつーか、そんなのしなくても、笑ったら充分痛いし・・・。」

「よし、それじゃあ早速、俺様のとっておきから始めようか!」

「ふざけんな馬鹿。ちょ、おいっ。」抵抗空しく、辰生に腕を引っ張られ、踏ん張りの効かない青尉はあっという間に男子の輪の中に放り込まれてしまった。

 それからはもう地獄である。ネットの申し子である辰生が厳選したおもしろ動画で、笑わない奴などいるはずがない。ケツバットの犠牲者はその場にいたほぼ全員、1人につき十数回を数えた。

 青尉は青尉で、笑ったら痛い、笑いをこらえても痛い、という二進にっち三進さっちも行かない状況に歯を食いしばって耐え続けた。時折、堪え切れない笑いと、鈍痛に蝕まれて涙し―――そして、涙が滲んでも、その所為だと言い訳できることを有難く思った。

 

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