冷やさない魚
干物は、生魚より軽かった。
「冷蔵棚へ入れなくていい」と干物屋。
「何日持ちますか」と宗久。
「雨が降らなければ十日」
「雨の日は?」
「五日くらい」
くらいでは、販売期限を決められない。
干物を三枚買い、乾物棚、倉庫、入口近くへ一枚ずつ置いた。重さと匂いを毎日確認する。
「十枚持ってきたのに、三枚しか買わないのか」
「残りは試験後です」
「祭りは明日だ」
祭り需要へ間に合わせるため、安全確認を短くすることはできない。だが、干物屋には今売りたい理由がある。
「店の外で、作り方を見せてください」と宗久。
試食ではなく実演。干した日、塩の量、魚の開き方を客へ説明し、注文だけ受ける。商品は干物屋の店で渡す。
「一号店では売らない?」とリリア。
「今日は紹介です」
店先に魚を開く絵と、干す棚の絵を並べた。干物屋が話し始めると、祭り用の魚を探す客が集まった。
干物屋は一枚を半分に割り、その場で配ろうとした。
「生ですか」と宗久。
「干してある」
「加熱は?」
「家では焼く」
「では試食にできません」
干したから、そのまま食べられるとは限らない。客へ見せる分と食べさせる分は違う。干物屋は不満そうに半分を戻し、代わりに焼いた時の匂いを説明した。
「焼けばすぐ食べられる?」
「火は通せ」
「塩抜きは?」
「この薄いのはいらない」
客の質問から、同じ干物にも厚さと塩分の違いがあると分かった。
一号店で扱うなら、一種類ずつ札が要る。
翌朝、三枚を確認した。入口近くは湿り、匂いが強い。倉庫は乾いているが、客が選べない。乾物棚の一枚は状態が変わらなかった。
乾物棚で五枚だけ販売する。
棚の下には塩がある。干物から落ちた粉と、袋入りの塩が混ざらないよう、浅い木箱へ入れた。肉や魚に触れた木箱は、ほかの商品へ使わない印もつける。
「乾いてるのに、魚扱い?」とシャルナ。
「乾いても魚です」
虫よけの香草を近くへ吊るす案は、匂いが商品へ移るためやめた。代わりに蓋つきの網箱をガルドへ頼む。
生魚と同じ魚の絵では、冷たい商品と間違える。リリアが太陽と煙を描き足した。
「煙は使ってない」と干物屋。
「じゃあ太陽だけ」
「曇りの日も作る」
屋根の下に吊るした魚の絵へ直す。
五枚は夕方までに売れた。二人は肉の煮込みも買い、一人は魚缶と比べて干物を選んだ。
「魚缶が売れなくなる」と久瀬。
「選べるようになっただけです」
缶詰は長く持ち、開ければ食べられる。干物は火が要るが、価格が安い。生魚は調理の自由がある。役割は同じではない。
「客が干物を選んだ理由も聞く?」と雨宮。
「全員には聞きません。迷っていた方だけ」
安さ、軽さ、明日まで置けること。祭りだから珍しい物を買った者もいた。五枚完売だけでは、翌週も五枚売れるとは決められない。
閉店後、干物屋と仕入れ契約を作った。
製造日、魚の種類、塩の量。雨が続いた日は納品前に再確認する。最初は一日五枚。
「祭りが終わったら売れないぞ」と干物屋。
「だから五枚です」
翌日、干物を買った老女が一枚を持って戻った。
「固くて噛めない」
傷んではいない。薄いから食べやすい、と店が勝手に思っていた。
干物屋は水へ戻して煮る食べ方を見せた。ネネが惣菜室で一枚だけ試し、白根菜と煮る。焼いた時とは違い、塩が汁へ出るため追加の塩はいらなかった。
売場へ『焼く』『水で戻して煮る』の二枚の絵を置く。老女には返品ではなく、同じ製造日の薄い一枚を調理法の説明つきで交換した。
「食べ方まで店の商品か」と干物屋。
「知らないままでは、次に買えません」
試験で分かったことは、干物屋の店にも同じ絵札で掲示する。説明を一号店だけの武器にはしなかった。
冷蔵棚を使わない三十九番目の商品が、乾物棚へ加わった。
交換した干物を煮ている間、老女は惣菜窓から離れなかった。
「若い頃は、この食べ方を知ってたよ」
「忘れたんですか」とリリア。
「売る人が焼けと言うから、焼く物になった」
商品札が食べ方を教える一方で、書かなかった食べ方を消していた。宗久は『焼く』を大きく、『煮る』を追加するだけの札をやめ、二枚を同じ大きさにした。
干物屋は不満そうだった。焼く香りで売ってきたからだ。
「煮る札を出したら、焼く客が減る」
「減るかもしれません」
「それでも出すのか」
「選んだ結果なら」
翌日、五枚のうち三枚は煮る客が買った。干物屋の予想どおり、焼く客は減った。それでも返品は一枚もなかった。
その横で、魚缶の客が蓋を開ける道具を探していた。
食品が増えるほど、食べるための道具も足りなくなっていた。




