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異世界スーパーマーケット一号店、本日開店します!  作者: 黒咲かぐら


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91/110

朝・昼・夕の棚

 増設した冷蔵棚は、朝から満杯だった。


 注文肉、魚、白乳。夕方に使う煮込み用の肉まで入れると、扉を閉めるたび中身が押し合った。


「棚が二倍になったのに、もう足りない」とリリア。


「足りないのは広さだけではありません」と雨宮。


 朝に売れる白乳。昼までに受け取る注文肉。夕方まで残る魚。惣菜用の肉。それぞれ、必要な時間が違う。


 宗久は棚の前へ四枚の札を置いた。


 『朝』『昼』『夕』『調理用』


 文字だけでは、商品を探す客には分からない。朝には白乳瓶、昼には肉包み、夕には沈む太陽、調理用には赤い紐の箱を描いた。


「夕方になったら、札も動かすの?」とポルカ。


「商品を動かした時だけです」


「札だけ残ったら?」


「空です、と見える」


 試しに肉を動かし、札だけ残した。リリアはそこへ別の魚箱を置こうとした。


「空いた場所だと思った」


 札の裏を赤く塗り、清掃と温度確認が終わるまで裏返すことにした。赤い間は、何も入れない。


「肉に時間を書くの?」とロアン。


「置く場所に書きます」


 朝の区画へ白乳と少量の生肉。昼の区画へ注文肉。夕方まで置く魚は一番温度が安定する下段。調理用は蓋つき箱へ分けた。


 開店すると、白乳が先に減った。空いた場所へ注文肉を移そうとして、雨宮が止める。


「棚板が濡れています」


 白乳の瓶についた水滴だった。拭かずに紙包みの肉を置けば濡れる。


 空いたから使えるわけではない。拭き、温度を確認し、札を裏返してから次の商品を入れる。


「客には見えない仕事ばかり増える」とリリア。


「見えないところで混ざると、売場で問題になります」


 昼、注文肉を受け取った女性が来た。


「夕方まで預かって」


「受取時刻は昼までです」


「仕事が終わらない」


 預かれば棚は埋まる。断れば、注文販売の便利さがなくなる。


「夕方受取の枠を、明日から二件だけ作ります」と宗久。「今日は保冷箱へ移します。ただし閉店までです」


「二件だけ?」


「温度を保てる数が二件です」


 誰でも夕方まで預けられるとは言わない。受けた数と場所を先に決める。


 女性の包みへ夕方の印をつけた。会計は受取時。来なければ、勝手に別の客へ売らず、翌日まで残さない。


「来なかった肉はどうする?」とロアン。


「仕入先へ返す契約にします」


「夕方じゃ、向こうも売れない」


 仕入先だけへ損を戻すわけにもいかない。夕方受取を申し込む客から前金を取る案が出たが、受取時に肉が違えば返金が必要になる。


 最初の二件は前金なし。来なかった客には次回の夕方預かりを受けない。その条件を絵札と口頭で伝える。


「信用で始めるの?」


「二件だけだから始められます」


 小さく始めるのは、売れ残りを減らすためだけではない。客と仕入先のどちらへ負担が出るか、確かめるためでもあった。


 夕方、女性は閉店の鐘の直前に駆け込んだ。


「助かった。市場はもう閉まってる」


 肉と一緒に、白根菜、塩、パンを買う。温かい煮込みは売り切れていたが、家で作る材料はそろった。


 閉店後、棚の記録を見る。


 冷え石の消費は前日より少なかった。扉を開ける回数が減り、商品を時間ごとに動かしたからだ。


「冷え石を増やさなくても持った」と雨宮。


「毎日同じ量ならです」


 夕方受取の女性が帰った後、もう一件の肉だけが残った。鐘が鳴っても客は来ない。


 仕入先へ戻すには遅い。宗久が包みへ手を伸ばした時、戸口へ泥だらけの男が駆け込んだ。


「橋で荷車が横倒しになった」


 約束を忘れたのではなかった。だが事情を毎回確かめることもできない。


「次も夕方受取を使えます。ただし二度続けて閉店を過ぎたら、昼受取へ戻します」


 男は何度も頭を下げ、肉のほかに干しパンと火口布を買った。時間の区分は棚を管理するだけでなく、客との約束を管理するものになった。


 そこへ魚売りのデレスが、翌朝の納品札を持ってきた。


「明日は川祭り前だ。魚が三倍来る」


 閉店後、雨宮は二件の受取時刻を帳面へ書きながら、手を止めた。


「事情を聞けば例外にする。聞かなければ規則どおり。どちらも不公平に見えます」


「今日は二人とも受け取れました」


「結果が良かっただけです」


 宗久は返せなかった。客を信じる仕組みは、店員が毎回その人の事情を判断する仕組みにもなる。


 翌日から、遅れる事情は聞かないことにした。閉店後、鐘四分の一までは受取窓で待つ。それを過ぎたら店が買い取り、惣菜へ回す。誰かを疑う規則ではなく、肉の行き先を決める規則に変えた。


 最初にそれを聞いた昨日の男は、泥のついた靴を見て笑った。


「今日は橋が倒れても言い訳しなくていいんだな」


「倒れないでください」


 空いたはずの冷蔵棚が、また足りなくなる予定だった。


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