朝・昼・夕の棚
増設した冷蔵棚は、朝から満杯だった。
注文肉、魚、白乳。夕方に使う煮込み用の肉まで入れると、扉を閉めるたび中身が押し合った。
「棚が二倍になったのに、もう足りない」とリリア。
「足りないのは広さだけではありません」と雨宮。
朝に売れる白乳。昼までに受け取る注文肉。夕方まで残る魚。惣菜用の肉。それぞれ、必要な時間が違う。
宗久は棚の前へ四枚の札を置いた。
『朝』『昼』『夕』『調理用』
文字だけでは、商品を探す客には分からない。朝には白乳瓶、昼には肉包み、夕には沈む太陽、調理用には赤い紐の箱を描いた。
「夕方になったら、札も動かすの?」とポルカ。
「商品を動かした時だけです」
「札だけ残ったら?」
「空です、と見える」
試しに肉を動かし、札だけ残した。リリアはそこへ別の魚箱を置こうとした。
「空いた場所だと思った」
札の裏を赤く塗り、清掃と温度確認が終わるまで裏返すことにした。赤い間は、何も入れない。
「肉に時間を書くの?」とロアン。
「置く場所に書きます」
朝の区画へ白乳と少量の生肉。昼の区画へ注文肉。夕方まで置く魚は一番温度が安定する下段。調理用は蓋つき箱へ分けた。
開店すると、白乳が先に減った。空いた場所へ注文肉を移そうとして、雨宮が止める。
「棚板が濡れています」
白乳の瓶についた水滴だった。拭かずに紙包みの肉を置けば濡れる。
空いたから使えるわけではない。拭き、温度を確認し、札を裏返してから次の商品を入れる。
「客には見えない仕事ばかり増える」とリリア。
「見えないところで混ざると、売場で問題になります」
昼、注文肉を受け取った女性が来た。
「夕方まで預かって」
「受取時刻は昼までです」
「仕事が終わらない」
預かれば棚は埋まる。断れば、注文販売の便利さがなくなる。
「夕方受取の枠を、明日から二件だけ作ります」と宗久。「今日は保冷箱へ移します。ただし閉店までです」
「二件だけ?」
「温度を保てる数が二件です」
誰でも夕方まで預けられるとは言わない。受けた数と場所を先に決める。
女性の包みへ夕方の印をつけた。会計は受取時。来なければ、勝手に別の客へ売らず、翌日まで残さない。
「来なかった肉はどうする?」とロアン。
「仕入先へ返す契約にします」
「夕方じゃ、向こうも売れない」
仕入先だけへ損を戻すわけにもいかない。夕方受取を申し込む客から前金を取る案が出たが、受取時に肉が違えば返金が必要になる。
最初の二件は前金なし。来なかった客には次回の夕方預かりを受けない。その条件を絵札と口頭で伝える。
「信用で始めるの?」
「二件だけだから始められます」
小さく始めるのは、売れ残りを減らすためだけではない。客と仕入先のどちらへ負担が出るか、確かめるためでもあった。
夕方、女性は閉店の鐘の直前に駆け込んだ。
「助かった。市場はもう閉まってる」
肉と一緒に、白根菜、塩、パンを買う。温かい煮込みは売り切れていたが、家で作る材料はそろった。
閉店後、棚の記録を見る。
冷え石の消費は前日より少なかった。扉を開ける回数が減り、商品を時間ごとに動かしたからだ。
「冷え石を増やさなくても持った」と雨宮。
「毎日同じ量ならです」
夕方受取の女性が帰った後、もう一件の肉だけが残った。鐘が鳴っても客は来ない。
仕入先へ戻すには遅い。宗久が包みへ手を伸ばした時、戸口へ泥だらけの男が駆け込んだ。
「橋で荷車が横倒しになった」
約束を忘れたのではなかった。だが事情を毎回確かめることもできない。
「次も夕方受取を使えます。ただし二度続けて閉店を過ぎたら、昼受取へ戻します」
男は何度も頭を下げ、肉のほかに干しパンと火口布を買った。時間の区分は棚を管理するだけでなく、客との約束を管理するものになった。
そこへ魚売りのデレスが、翌朝の納品札を持ってきた。
「明日は川祭り前だ。魚が三倍来る」
閉店後、雨宮は二件の受取時刻を帳面へ書きながら、手を止めた。
「事情を聞けば例外にする。聞かなければ規則どおり。どちらも不公平に見えます」
「今日は二人とも受け取れました」
「結果が良かっただけです」
宗久は返せなかった。客を信じる仕組みは、店員が毎回その人の事情を判断する仕組みにもなる。
翌日から、遅れる事情は聞かないことにした。閉店後、鐘四分の一までは受取窓で待つ。それを過ぎたら店が買い取り、惣菜へ回す。誰かを疑う規則ではなく、肉の行き先を決める規則に変えた。
最初にそれを聞いた昨日の男は、泥のついた靴を見て笑った。
「今日は橋が倒れても言い訳しなくていいんだな」
「倒れないでください」
空いたはずの冷蔵棚が、また足りなくなる予定だった。




