↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界スーパーマーケット一号店、本日開店します!  作者: 黒咲かぐら


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
90/110

八杯の煮込み

 開店前、増設した冷蔵棚の札は黄色だった。


 販売停止になる温度ではない。だが朝から黄色なら、夕方までは持たない。


「冷え石を二個にする」とロアン。


「電力も二倍使います」と雨宮。


 冷え石を冷やす装置には、一日の上限がある。肉へ回せば、白乳や魚の分が減る。


 宗久は肉を全部出し、保冷箱へ移した。開店時刻を遅らせず、肉売場だけ黄色い紐で閉じる。


「肉を買いに来た」と、注文札を持つ女性。


「温度確認が終わるまでお渡しできません」


「昨日頼んだのに」


 予約しても、安全を飛ばす権利にはならない。女性の名と待った時間を残し、買わずに帰る場合は注文を取り消すと伝えた。


 原因を調べる。


 棚板の穴は塞がれていない。扉も閉まる。冷え石も動いている。


 ガルドが背面へ手を入れた。


「壁に近すぎる。熱が逃げてない」


 売場を広げるため、昨日、棚を壁際まで押していた。後ろへ拳一つ分の隙間を空けると、温度が下がり始めた。


「場所を増やしたのに、通路が減る」とリリア。


「冷やす棚には、見えない場所も必要です」


 通路幅を測る。籠を持った二人はすれ違えない。


 生活用品棚をさらに細くすれば、前の問題へ戻る。そこで注文肉の受取時間だけ、空の運び台を壁へ片づけた。夕方の惣菜販売前には戻す。


 売場は一日中同じ形でなくてもよい。ただし、動かす時刻と置き場所を決める。


 昼前、札が青へ戻った。


 待っていた女性へ肉を渡す。部位、重さ、温度を一緒に確認する。


「煮込みの匂いがした。あれも欲しい」


「今日は夕方に八杯です」


「器は昨日買った」


 女性は肉、白根菜、塩を籠へ入れた。夕方には煮込みを買う。家で作る日と、すぐ食べる日を同じ店で選び始めている。


 夕方、肉の煮込み八杯と焼き卵パン八個を並べた。


 冷蔵棚では赤身、骨つき、端肉、脂身が料理の絵ごとに分かれている。隣には魚と白乳。離れた棚には器、布巾、石けん。


 肉だけを増やした売場ではない。


 客が今夜何を食べ、明日何を作るか選べる売場になった。


 煮込みは八杯完売。卵パンは一個残った。


「肉に負けた」とネネ。


「明日は卵パンを七個へ戻します」と宗久。


「すぐ減らすの?」


「肉の日と同じ数にはしません」


 売れた商品を増やし、残った商品を減らす。両方を記録する。


 閉店後、久瀬が本社への報告書を読んだ。


「肉の売上二倍、とは書かないのか」


「一日だけです」


「相変わらず地味だな」


「続けば書けます」


 閉店作業でガルドは棚の裏へ細い木柵をつけた。壁との隙間へ子どもの手が入らず、上から熱だけ逃がせる。


「銀貨が落ちたら取れない」とトト。


 柵の下には取り外せる浅い受け板を差した。落とし物と埃を毎晩確認する。本社の図面にはない仕事が、棚一台からいくつも生まれた。


 通路も、籠を持つ二人はすれ違えたが、杖をつく客には狭かった。棚の角を斜めにし、商品を一つ置けそうな三角の床をあえて空ける。


「空けた場所も売場なんですね」と雨宮。


 夕方、その場所で杖の女性が一度止まり、煮込みの木椀を両手で受け取っていた。


 惣菜窓では、匂いに寄ってきたクウをネネが鍋蓋で追い払った。八杯分の肉は煮る前に分け、最後の一杯だけ少なくならないようにした。残った汁は商品にせず、店員のまかないへ回す。


 商品、通路、まかない。数えない部分を決めておかなければ、売れた八杯だけが成功に見えてしまう。


 七杯目を渡したところで、鍋の底が見えた。


「八杯あるって書いてあるぞ」


 最後尾の男が札を指す。ネネは柄杓を入れ、黙った。具を均等に分けたつもりでも、煮崩れた白根菜が底へ沈み、最後の一杯だけ肉が少ない。


「同じ値段では出せません」と雨宮。


「汁は同じだ」とネネ。


「同じに見えません」


 調理台の内側で、二人の声が初めて強くぶつかった。客の前で続ければ、ネネだけの失敗に見える。宗久が口を挟む前に、男が言った。


「肉が少ないなら、パンをつけろ」


 値下げではなく、客から代案が出た。だが勝手にパンを付ければ、パン職人との契約と原価が変わる。


 宗久は最後の一杯を販売から外し、試食用の小椀に三つへ分けた。待っていた男と、その後ろで匂いを嗅いでいた子ども二人へ渡す。代金は取らない。


「八杯目は売れません。こちらの分け方の失敗です」


 男は不満そうに受け取ったが、一口飲むと子どもの椀へ自分の肉を移した。


「次は最初に八つへ分けとけ」


 ネネは返事をせず、空の鍋を洗った。閉店後、雨宮が謝りに行く。


「客の前で、ネネさんだけが間違えたように言いました」


「間違えたのは私」


「八杯と決めたのは店です」


 次の仕込みでは、肉だけ先に八つの器へ分けた。ネネは雨宮の分まで木札を置き、八つ目に一番大きな肉を入れる。


「これは多すぎます」


「昨日の分」


 二人の間に残った険しさが、そこでやっと消えた。


 増設した冷蔵棚の札は、最後まで青だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。