赤い紐の肉
肉の煮込みを出したいと申請すると、ネネが骨つき肉を持ってきた。
「昨日の残り」
「昨日は全部売れました」
「狩人のところで残った分」
店では売っていない。いつ切ったかも、どこで保管したかも分からない。
「使いません」
「匂いは平気」
「匂いだけでは決めません」
惣菜用の肉は、朝の納品時に分ける。赤い紐をつけ、冷蔵棚の専用箱へ入れる。販売用の肉が余っても混ぜない。
「売場で売れたら、煮込みが減る」とリリア。
「惣菜用は最初から売場へ出しません」
初回は六杯。骨と端肉、白根菜、塩。汁物用の木椀を持つ客だけに売る。
煮込み始めると、肉の匂いが煙突から通りへ流れた。焼き卵パンより強い匂いに、客が入口へ集まる。
「何杯だ」
「六杯です」
「肉は入っている?」
「一杯ごとに同じ重さを入れます」
目分量では、最後の一杯だけ肉が少なくなる。ネネは煮る前に六皿へ分けた。
骨から取った汁は鍋全体へ使う。骨そのものは商品へ入れない。小さな欠片がないか、ベラと二人で確かめた。
一杯目を渡す直前、雨宮が止めた。
「卵パンと同じ札です」
包み札には卵の絵。煮込みの器へつければ、中身が違う。
リリアが慌てて肉と鍋の札を描く。販売開始は鐘半分遅れた。
「匂いだけ嗅がせて待たせるな」と客。
「すみません」
六杯は完売した。うち四人がパンも買い、二人は翌朝用の卵を買った。
片づけの時、鍋底に肉が一片残っていた。
「七杯目にできた」とネネ。
「一杯分には足りません」
「店長が食べれば」
宗久が口を開く前に、雨宮が小皿を二つ出した。
「半分ずつなら同じです」
二人で味を確かめる。白根菜の甘みより、骨のだしが強い。
「これなら夕飯になる」と雨宮。
「器も必要です」
「そこは、もう売っています」
片づけの途中、ポルカが販売用の肉箱へ赤い紐を結ぼうとした。惣菜用と同じ肉だから、同じ印だと思ったのだ。
「その箱は売場用です」と雨宮。
「でも、暗くなったら色は見えない」
停電した売場を思い出し、全員の手が止まった。
惣菜用の赤い紐には角のある木片。返却用の黄色い紐には丸い木玉を通す。販売用には料理絵の札だけ。目を閉じたポルカが三つの箱へ触れ、正しく言い当てた。
「煮る前から面倒」とネネ。
「煮た後では戻せません」
販売が遅れて列を離れた男も、閉店前に戻ってきた。煮込みは売り切れていたので、端肉と白根菜と塩を籠へ入れる。
「匂いだけ覚えた。家で似たのを作る」
ネネが煮る時間を教えかけたが、家ごとに火力は違う。紙へ書いたのは『肉へ火が通るまで』『骨の欠片を確かめる』の二つだけだった。
ところが、赤い紐を見た年配の男が、注文肉へ手を伸ばさなかった。
「借金の印を肉につける店では買えん」
赤い紐は、この町の一部では返済を迫る印にも使われるという。宗久たちは契約書で農家ごとに色を分けてきたが、客にとって同じ意味とは限らなかった。
「外します」と雨宮。
「待って」とリリア。
リリアは赤い紐を外さず、端へ小さな鍋の木札を結んだ。
「これは借金じゃなくて、煮込みの肉」
「絵を足しても赤は赤だ」と男。
そこへ注文主の女性が来た。赤い紐の包みを受け取ると、迷わず白根菜と塩を籠へ入れる。
「赤い紐は困る?」と宗久。
「うちは分かりやすい。夫に取りに来てもらっても間違えない」
同じ色が、一人には不吉で、一人には便利だった。全て外せば解決する話ではない。
注文肉には赤い紐と鍋札を使い、売場の見本には赤を使わない。男には別の包み紙で渡した。
「客ごとに変えるのか」と久瀬。
「意味が二つあると分かった以上、選べるようにします」
男は包みを受け取ったあと、赤い紐だけを一本持ち帰った。
「孫に、借金じゃない使い方もあると教える」
消すつもりだった印が、別の意味を持って店を出ていった。
惣菜、肉、器。別々に増やした商品が、ようやく一つにつながった。
ただし、次の朝、冷蔵棚の温度札が黄色になっていた。
肉を増やした分だけ、冷え石の持ちが短くなっていた。




