四つの部位
「赤いところだけなら、骨はいらない」
男は骨つき肉を指したまま言った。
「店では切れません」と宗久。
「明日の分を頼む」
焼く肉。煮る肉。脂の多い肉。骨のついた肉。これまで一号店では、重さだけで値段をつけていた。
狩人は首をかしげた。
「全部同じ獣だ」
「使い方が違います」
「骨も煮れば食える」
骨まで欲しい客と、肉だけ欲しい客へ同じ重さで売れば、どちらかが損に感じる。
宗久は四つの皿を用意した。赤身、脂身、骨つき、煮込み用の端肉。それぞれに料理の絵を置く。
客へ、どれを欲しいか聞いた。
赤身が五人。骨つきが三人。端肉が六人。脂だけ欲しい者も二人いた。
「捨てていた脂が売れる」と狩人。
「食用にできる処理をした物だけです」
安い端肉を増やすため、良い肉まで細かく切ることは禁止した。切り分けた量の合計が、元の重量と合うかも確認する。
翌日、四種類が少量ずつ届いた。
値札の色を変えるだけでは、文字を読めない客に違いが伝わらない。リリアが鍋、鉄板、骨の絵を描いた。
「脂の絵は?」
「白い四角」
「石けんに見える」とトト。
鍋の底へ塗る様子を足した。
赤身は最初に売り切れた。だが、利益が残ったのは端肉と脂だった。捨てずに売れ、仕入れ値が低いからだ。
「高い肉を売った方が儲かるんじゃないの?」とリリア。
「売価だけでは決まりません」と雨宮。
骨つき肉は一つ残った。
ネネが惣菜室から見る。
「煮れば汁にできる」
「売れ残りを勝手に惣菜へ回しません」
「また?」
「生肉は卵より扱いが厳しいです」
翌日の惣菜原料として使うなら、最初から赤札で分け、消費期限と保管場所を決める必要がある。
今日は値引きして閉店まで売る。売れなければ仕入先へ返す契約だった。
閉店の鐘の直前、食堂の店主が骨つき肉を買った。
「明日の汁にする」
同じことを食堂はできて、一号店はまだできない。
最後まで皿を選ばなかった老女が、閉店間際に戻ってきた。
「歯が弱い。どれなら食べられる」
柔らかい肉、と書くことはできない。同じ部位でも獣の年齢や煮る時間で変わる。ボルツは端肉を指し、「細かく切って長く煮ろ。骨の汁を足せ」と教えた。
宗久は『柔らかい』ではなく、鍋と二つの鐘の絵を置いた。老女は端肉と白根菜を選ぶ。
「店で煮たのも出るのか」
「次の試験で六杯だけです」
「六杯なら早く来ないとね」
商品を分けたことで、惣菜を待つ客まで見えた。
その横で、リリアは値札を描き直していた。入口から見ると、骨の絵は魚の骨にも、鉄板は扉にも見えたからだ。
「絵だけで全部伝えるの、無理」
「だから店員もいます」
札は会話をなくすためではなく、最初の質問を作るためにある。
最初に端肉を取ったのは、裕福そうな客ではなく、食堂の下働きだった。
「これ、本当に一番安い?」
「重さ当たりでは一番安いです」
「昨日は、形の悪い肉って笑われた」
市場では切れ端をまとめて買う者は、金のない客と思われるらしい。値札に鍋の絵を描いても、恥ずかしさまでは消せない。
ボルツが端肉を一包み持ち上げた。
「これは切り損ないじゃない。骨の周りで一番味が出るところだ」
「昨日はそんなこと言わなかった」とネネ。
「聞かれなかった」
「売る人が黙っていたら、客には分からない」
ネネは惣菜用の鍋へ端肉を一片入れた。焼くのではなく、白根菜と煮る。香りが立つまで時間がかかり、急いでいる客は二人帰った。
残った客が小さな試食を口にする。食堂の下働きは、赤身ではなく端肉を二包み選んだ。
「うちの主人にも食わせる。安いからじゃないって言える」
その横で、祝い用に脂身を求めた客は、値段を見て赤身へ戻した。高い部位から売れるという本社の予想は外れた。
夕方までに売れた順は、端肉、骨つき、赤身、脂身。値段の順でも、見た目の順でもなかった。
宗久は惣菜申請の紙を一枚増やした。
次に作るのは、肉を使った夕飯だった。




