空の肉棚
「冷蔵棚を二倍にすれば、肉の売上も二倍になる」
本社の計画書には、そう書かれていた。
宗久は現在の肉売場を見た。干し肉、生肉、燻製肉。棚には空きがある。
「今の棚も埋まっていません」と雨宮。
「棚が小さいから、仕入先が持ってこないんじゃないか」と久瀬。
「先に聞きます」
肉を納める狩人と牧畜家を集めた。十人へ、来週から倍を納められるか尋ねる。
手を挙げたのは一人だけだった。
若い狩人が椅子を蹴るように立った。
「獲物を持ってこいと言われたから来た。今度は毎週同じ数にしろと言うのか」
「同じ数でなくて構いません。少ない週を、前の日までに知らせてほしいんです」
「森へ入る前に獲れる数が分かるものか」
そこでボルツが、狩人の前へ四枚の木札を置いた。猪、角兎、大鹿、何もなし。狩りへ出る予定の日に札を裏返すだけなら、獲物の数を約束せずに済む。
「店が知りたいのは肉の未来じゃない。棚を空ける日だ」
出店審査で一号店へ厳しかった肉商人が、今は仕入先へ店の事情を説明していた。
「何もなし、も出していいのか」
「隠して当日に持ってこない方が困ります」
狩人は『何もなし』の札を一度裏返し、黙って持ち帰った。
「獲れれば持ってくる」と狩人。
「獲れなかった日は?」
「ない」
「それでは数量を決められません」
牧畜家は、肉を増やせば乳が減ると言った。子を育てる家畜まで早く売れば、翌年の数も減る。
「棚だけ来ても、置く肉がない」とリリア。
「日本の肉を入れる案もある」と久瀬。
門を通す費用、温度の違い、現地で知られていない部位。安定はするが、値段は今の倍になる。
宗久は計画書の余白へ書いた。
『棚の増設前に、週ごとの供給量を確認』
本社が送る棚は断らない。ただし、一度に二台は動かさない。最初の一台を肉と魚で分けて使い、何が足りないか確かめる。
「魚まで入れるの?」
「肉だけで空けておくより、冷やす必要がある商品を並べます」
フェナが白い卵を運んできた。
「卵も入れる?」
「白い卵は今の保管方法を変えません」
冷蔵棚が増えたからといって、何でも冷やせばよいわけではない。
夕方、一週間分の納品予定が集まった。肉は現在の一・三倍。魚は一・五倍までなら増やせる。
二倍には届かない。
翌日、本社から追加の紙が届いた。日本産の冷凍肉を週二箱送れば、計画値には届くという。
試算の値段を見た客役のリリアは、札を見ただけで棚から離れた。
「この肉一包みで、白根菜がいくつ買える?」
「六つです」
「祝いの日でも迷う」
久瀬も値札を見て腕を組んだ。日本では安定した商品でも、この町では高級品になる。しかも、何の獣のどの部位かを絵から作り直さなければならない。
「非常用に一箱だけ置く案は?」
「停電した時、最初に守れない商品になります」
宗久は日本産肉の欄へ線を引かず、『祭礼時のみ再検討』と書いた。使わないと決め切るのではなく、使える条件を残した。
宗久が本社へ返す数字を書いていると、雨宮が隣へ椅子を寄せた。
「断る文ではなく、使い方を変える文ですね」
「棚は必要です。二倍の肉があるという前提だけ違います」
店の外で荷車の音がした。
若い狩人が帰ったあと、ボルツだけが店に残った。
「日本の肉を入れるなら、先に言え」
「祭礼時の候補です。通常販売はしません」
「候補でも同じだ。あいつらには、自分の肉が要らないと言われたように見える」
宗久は計画書を閉じた。値段と供給量だけを比べていた。棚へ並ぶ前の商品にも、作る側から見れば居場所がある。
「明日、狩人たちにも計画書を見せます」
「数字を見せれば怒らないと思うなよ」
「怒る理由を、こちらが知らないまま進めないためです」
翌朝、若い狩人は戻ってきた。日本産肉の値札を見るなり、鼻で笑った。
「こんな値段なら、俺の肉を二包み買える」
「祝いの日なら買う人もいるそうです」
「祝いの日に、誰が育てたかも分からない肉を食うのか」
宗久は返せなかった。日本側には産地も工場も記録されている。だが、現地の客が知りたい「誰の獲物か」は書かれていない。
狩人は猪の木札を机へ置いた。
「次の猟で獲れたら、一頭分だけ持ってくる。部位を分けるところまで見せろ」
空だった棚に入る最初の肉は、日本からではなく、昨日怒って帰った狩人の獲物になるかもしれなかった。
本社の冷蔵棚は、返事を待たずに一台届いていた。
荷ほどきを手伝ったポルカが、空の棚をのぞき込む。
「何もないのに、冷たい」
「冷やすだけでも費用はかかります」
「じゃあ、肉が来ない日は止める?」
宗久はすぐに答えず、魚売場と白乳の箱を見た。空いていることは無駄だが、何でも詰めれば売場の区分が崩れる。
「止める日と、ほかの商品に貸す日を記録します」
空の棚にも、役目を決める必要があった。
だが箱を開けると、中の棚板はすべて同じ高さだった。
骨つき肉は、一段にも入らなかった。




