一つの籠
夕方、仕事帰りの男が籠を二つ持った。
一つには、白根菜、乾燥肉、塩、パン。
もう一つには、焼き卵パン二個と、温かい汁の入った器。
「なぜ分けたんですか」と宗久。
「汁がこぼれたら、ほかが濡れる」
正しい判断だった。だが、客が毎回籠を二つ持つなら、買い物は楽になっていない。
汁物を運ぶための場所を、籠の中に作る必要がある。
「器を立てる枠を貸す?」とリリア。
「店の外まで持っていかれます」と雨宮。
「籠につけたまま売る」
「籠ごと?」
ガルドが、壊れた器のために作った木枠を持ってきた。籠の角へ差し込み、布紐で二か所留める。
器を入れても倒れない。使わない時は外せる。
「会計後に外します」と宗久。
「外したら帰れない」とトト。
店の中だけ倒れなくても意味がない。
「器用の持ち手を作る」とガルド。
木枠へ取っ手をつければ、会計後は器だけを提げられる。店内では籠の隅へ固定し、店外では小さな運び台になる。
「売るの?」とシャルナ。
「最初は貸します。会計までです」
「外へ出る時は?」
「同じ物を生活用品として買えます」
また売場が一つの商品につながった。
試作品は二個。温かい汁は六杯。全員には使えない。
「早い者勝ち?」
「必要な方へ貸します」と雨宮。
汁物以外の買い物が多い客、子どもを連れた客、片手がふさがる客。だが、店が見た目で決めれば不公平になる。
入口に試作品を置き、『使う方は取ってください』と絵を出した。
一人目は物珍しさで取ったが、籠にはパン一個しか入れなかった。
二人目は幼い子を連れた女性だった。試作品はもう一つしかない。
最初の男が女性の籠を見て、自分の木枠を戻した。
「俺はいらない」
「使っていて構いません」と宗久。
「片手が空いてる」
店が規則を作らなくても、客が譲ることはある。ただ、それを最初から当てにしてはいけない。
宗久はガルドへ追加を頼んだ。
「何個だ」
「まず六個」
「百個じゃないのか」
「試作品を使った客へ聞いてからです」
「お前が百と言う日は来るのか」
「必要なら言います」
夕方の販売が始まる。
女性は子どもの手を引いたまま、白根菜、果物、石けんを籠へ入れた。最後に焼き卵パンと温かい汁を受け取る。木枠が器を押さえ、ほかの商品へ触れない。
会計台で、雨宮が冷たい商品と温かい商品を分けた。
「白乳も買いたい」と女性。
「温かい汁とは離してください」
冷たい棚から白乳を取り、別の布袋へ入れる。温かい物、冷たい物、濡らしたくない物。一つの店でそろっても、一つの袋へ入れてよいとは限らない。
女性は会計後、店の前で立ち止まった。
右手に汁物の運び台。左肩に白乳の布袋。子どもには焼き卵パンを持たせる。買えた物は増えたが、持ち帰る手は増えていない。
ロアンが白乳の布袋を運び台の反対側へ結んだ。温かい器とは木板一枚分離れる。
「これなら片手で持てる」
「揺れます」と雨宮。
店の周りを一周してもらう。白乳の蓋は緩まず、汁もこぼれなかった。ただし重い。
「家までなら持てる」と女性。
次に作る運び台には、冷たい袋を掛ける穴を反対側へつけることにした。
「袋も必要だね」とリリア。
「使い捨てにはしません」と宗久。
「まだ何も言ってない」
「顔に書いてあります」
焼き卵パン八個と、汁物六杯は完売した。
生活用品棚では、蓋つき器が二個、布巾が三枚、石けんが一個売れた。惣菜を買った客の半分が、翌朝のパンや卵も買っている。
売上だけなら、惣菜はまだ大きくない。
だが惣菜を目当てに来た客が、夕飯と翌朝の分、家で使う物まで一度に選び始めた。
「これが、店長の言ってたスーパー?」とリリア。
宗久は会計台から店内を見た。
青果だけではない。食べ物だけでもない。今日必要な物を、客が歩き回らずにそろえられる店。
「まだ途中です」
「またそれ」
「でも、前よりは近いです」
雨宮が最後の売上札を帳面へ貼った。
「宗久店長が『近い』と言うなら、かなり進みましたね」
「そうですか」
「いつもは足りない物しか言いませんから」
閉店の鐘が鳴る。
客のいない売場には、空になった惣菜札と、商品が減った生活用品棚が並んでいた。
そこへ久瀬が、本社から届いた封筒を置いた。
「喜ぶのはまだ早い。次は肉売場を広げろ、だとさ」
封筒には、冷蔵棚を二倍にする案が入っていた。




