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異世界スーパーマーケット一号店、本日開店します!  作者: 黒咲かぐら


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82/110

閉まらない蓋

「椀だけなら、今日売れるだろ」


 昨日の男は、開店前から待っていた。


「値段と使い方が決まっていません」と宗久。


「見れば分かる」


「蓋の留め方が三種類あります」


「閉まるやつをくれ」


 簡単な話に聞こえる。だが、固く締まる器は開けにくい。開けやすい器は布紐が要る。


 男に三つを試してもらう。


 ねじ蓋は閉められたが、開ける時に椀ごと回した。中に汁があればこぼれる。


「こっちは?」


 溝つきの器へ、ベラが布巾の端材で作った輪を掛ける。男は片手で外し、また掛けた。


「これでいい」


「熱い時は、輪も熱を持つ可能性があります」


「まだ売らないのか」


「温かい水で試してからです」


 男は深く息を吐いた。それでも帰らず、卵と塩を籠へ入れた。


 午前中、布工房の職人が端材を持ってきた。


 細い布、厚い布、毛羽の多い布。長さもそろっていない。


「捨てる物だから、好きに持っていけ」と職人。


「代金を払います」と宗久。


「ごみだぞ」


「商品につけます」


 ただでもらった物を器代へ含めれば、職人には何も残らない。布巾が売れるほど端材が出るなら、継続して仕入れる契約にする。


 細い布は濡れると伸びた。毛羽の多い布は、器の縁へ糸が残った。厚い布を二重に縫った輪だけが、温かい水でも形を保った。


「これを十二本」と雨宮。


「十二?」と職人。


「最初は器六個分。洗い替えを含めて二本ずつです」


「百本なら安くする」


「十二本でお願いします」


 器屋のオルバは、溝つき椀を六個だけ売る話に顔をしかめた。


「窯元へ頼むなら五十だ」


「店にある物から、蓋が合う六個を選びます」


「残りはどうする」


「食卓用として、今までどおり売ってください」


 オルバと一緒に二十個を確かめた。蓋を入れ替えず、一組ずつ印を合わせる。溝の深さ、欠け、がたつき。


 七個が条件に合った。


 値段は、食卓用の木椀より高かった。


「選び分ける手間まで取る」とオルバ。


「不合格の器を買わない分ですか」


「違う。お前と蓋を二十回も開けた分だ」


 宗久は値切らなかった。次から同じ基準で選んでもらえるなら、検品の仕事にも代金が要る。


 ただし、毎回二十個から七個しか選べないなら続かない。蓋と椀を同じ印で仕上げ、溝の幅を指一本にそろえられるか相談した。


「窯元へ言ってみる。だが、そろえたら手作りじゃなくなると怒るぞ」


「形が少し違っても構いません。蓋が留まれば」


 全部を同じ見た目にする必要はない。安全に関わる部分だけをそろえる。


「六個では?」


「一個は予備です」


「客へ売らないのか」


「見本にします」


 店へ戻り、生活用品棚へ五個だけ並べた。一個は惣菜窓の見本。一個は落下試験に使う。


 販売価格を決める。


 器の仕入れ、布輪二本、紙帯。検品した七個へ、買い付けにかかった時間をすべて乗せると、町の木椀よりかなり高い。


「汁一杯より高い」とリリア。


「何度も使えます」と雨宮。


「最初の日に払うのは一緒だよ」


 器と汁を同時に買う客には負担が大きい。そこで器を買った当日だけ汁物を少し安くする案が出た。


「値引き分を器へ上乗せしたら同じ」とロアン。


「上乗せはしません」と宗久。


 初回だけ、宣伝費として店が負担する。札には通常の器代と汁物代を別々に書き、安く見せるために一つの値段へまとめなかった。


 腰の高さから、空の器を木板へ落とす。


 乾いた音がして、縁に細いひびが入った。


「壊れた」とリリア。


「木なのに?」とトト。


「木でも壊れます」


 落とした物まで丈夫とは書けない。札には『蓋を布輪で留め、傾けずに持つ』と絵で示した。


 午後、昨日の男が戻ってきた。


「今度は買えるか」


「買えます。ただし、汁物は夕方です」


「椀だけでいい。妻に持たせる」


 男は一個を買い、蓋と本体の印を何度も合わせた。


 その後、汁物を買う予定のない女性も一個買った。


「薬草を煮た物を運びたい」


 惣菜用に仕入れた器が、生活用品として先に二個売れた。


 閉店前、最初の男が戻ってきた。


 手には、買ったばかりの器がある。


「蓋が閉まらない」


 蓋の印と、椀の印が合っていなかった。


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