汁物の器
温かい汁を四杯売るには、蓋つきの器が四つ要る。
「店で貸せばいい」とネネ。
「返ってこなかったら?」と雨宮。
「次に来た時、返してもらう」
「次が半年後でも?」
旅人も来る。名前を書けない客もいる。保証金を取れば会計が増え、返却された器を洗えば排水も増える。
「最初は売ります」と宗久。
生活用品の棚に置き、必要な客が器だけでも買えるようにする。買った器へ、その日の汁物を入れることもできる。
「汁を買うために器まで買わせるの?」とリリア。
「家でも使える物だけ仕入れます」
ロアンに案内され、町の器屋へ向かった。
店先には、木椀、陶器、水差しが天井まで積まれている。店主のオルバは、宗久の話を聞くと、蓋つきの木椀を十二個並べた。
「全部同じだ」
見た目は同じだった。
蓋を入れ替えると、三つは閉まらない。二つは緩く、持ち上げただけで外れた。
「同じではありません」
「職人が一つずつ削る。少しは違う」
「少し違うと、汁がこぼれます」
オルバは椀を取り上げた。
「食卓で使う物だ。振り回す物じゃない」
「店から家まで運びます」
「なら布で包め」
布も売っている。だが、蓋が緩い物を布で押さえさせれば、客は両手を使う。
宗久は水を入れて試したいと頼んだ。
「売り物を濡らすのか」
「試す分は買います」
三種類を一個ずつ買い、店へ戻った。
売場に置く前に、普段どんな器を使っているか客へ聞いた。
深い木椀を使う者。平たい陶器へパンを浸す者。鍋から家族で直接分ける者。蓋つきの器を持っている客は十人中二人だけだった。
「汁を買うためだけに新しい器は買わない」と、荷運びの男。
「毎日使えるなら買う」と、子どもを連れた女性。
「木は匂いが残る。薬草と肉を同じ椀へ入れたくない」と老女。
丈夫で、洗えて、汁物以外にも使える。店が決めた一つの形を、全員が欲しがるわけではない。
「何種類も置く?」とリリア。
「最初は一種類です。ただ、選ばなかった理由も残します」
一つはねじると蓋が止まる。二つ目は紐を掛ける溝がある。三つ目は蓋が深くかぶさるだけだった。
水を半分入れ、歩く。普通に持てば、どれもこぼれない。
雨宮は水の量を増やし、縁から指一本分を空けた。満杯では運ばない。売る汁物の量も、この線までにそろえる。
「器が大きければ、同じ値段で多く入る?」とトト。
「同じ量です」
「大きい器を持ってくる意味ない」
「こぼれにくくなります」
量を器に合わせれば、会計のたびに値段が変わる。持参器でも、店の器でも、木杓子一杯半に決めた。
トトに籠を持たせ、その中へ器を入れる。
「走らないでください」
「分かってる」
三歩目で、トトは乾物棚へ肩をぶつけた。
深くかぶせる器の蓋が外れ、水が籠へ広がる。魚缶は濡れても拭ける。紙に包んだ塩は売れなくなった。
「走ってない」
「歩いても、ぶつかります」
床を拭き、濡れた塩を販売品から外す。
ねじる蓋は漏れなかった。ただし、年配の客には固くて開けられない。溝へ紐を掛ける器は開けやすいが、紐が別に要る。
「器と革紐を一緒に売る?」とリリア。
「革紐は濡れたら洗いにくい」とベラ。
布紐なら洗える。だが一号店ではまだ扱っていない。
雨宮が、生活用品棚の火口布を見た。
「布巾の端材で、輪を作れませんか」
布巾を作る工房なら、切れ端が出る。輪にして器へ掛ければ、結び方が分からなくても蓋を押さえられる。
「器だけの仕入れでは済まないな」とロアン。
「汁を安全に持ち帰る商品を作ります」
その日の夕方、汁物の販売は休んだ。
焼き卵パン八個だけを並べる。前日、器を持ってきた三人には事情を説明した。
「今日はないのか」と蓋のない陶器を持ってきた男。
「器を売れる形にして、明日もう一度試します」
「昨日も待った」
「すみません」
男は帰りかけ、生活用品棚の試作品を見た。
「その椀、いくらだ」
まだ値段はついていない。
器代だけではない。布輪、紙帯、検品で外す分。割れた時の損失もある。
安く見せるために必要な費用を抜けば、売るほど困る商品になる。
汁物を売る前に、器だけを欲しがる客が現れた。




